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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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32/56

hello, world

 鈴蘭に翻弄された挙げ句、夢の中で義母に説教されるといういつもの工程を経て、俺は疲労から回復せぬまま朝を迎えた。

 鈴蘭は熟睡している。口を半開きにして寝乱れている姿さえ艶めかしい。かつての男たちも、彼女の美貌にはさぞ惚れ込んだことだろう。


 俺も寝顔を堪能していたかったが、しかしやるべきことがある。

 日がのぼりはじめたかどうかという肌寒い時間帯。

 皆を起こさぬようそっと母屋を出て、旅の準備を始めた。

 戦闘だけであの強盗を制することはできない。ロープだけでなく、捕獲用の網がいる。蔵にはトラバサミもあった。使えそうなものはなんでもリヤカーに載せた。

 しばらくすると、井戸へ水を汲みに来た小梅と遭遇した。

「兄さま、なにやってんの?」

「戦いの準備だよ。だいたい揃ったと思う」

「えっ? もう行くの?」

「ああ。みんなが起きたら出るつもりだ」

 すると小梅はなにも言わず、ただ苦笑して、井戸を使い始めた。


 *


 居間で座していると、まずは龍胆、続いてけだるけに鈴蘭がやってきた。

 俺はふたりが口論を始める前に、こう制した。

「今日出る。ふたりとも、支度してくれ。俺の支度は済んでる」

 これに龍胆は「いつでも」と応じた。

 鈴蘭も声は発しなかったものの、こくこくとうなずいて応じた。まだ疲労が残っているみたいだ。


 その後、地下へ行き、朝から飲んだくれている毒島を連行した。

「んだよ、おめーはよ。昨日の今日でもう出発かよ」

「あんたの案内人も救出するんだから、ちっとは協力してくださいよ」

「協力だぁ? するよ。するけど、そういうことは事前に言っといてくんねーと……」

「急遽決まったんです」

「なにが急遽だ。決めたのおめーだろ」

「……」

 仰る通り。俺が決めた。それもひとりで、勝手に。


 なんだか旅行の当日にひとりだけ張り切ってる人みたいになってる。

 しかしいいのだ。

 時間をかけるべきでないことは明白。であれば、あとは「いつ出発するのか」でしかない。もちろんいまです!


 *


 小梅とかさねに見送られ、俺たちは出立した。

 リヤカーを引く俺と、それぞれ武装した鈴蘭、龍胆、そして歩きながら酒をかっくらう毒島。四人パーティーだ。ちょっとしたRPGのようでさえある。同じルートを行ったり来たりする点も含めて。

 しかし一般的なサラリーマンだって、同じルートを行ったり来たりするのが基本のはず。だからこれも類型的な労働と言えなくもなかろう。


 さて、餓鬼に遭遇せぬまま、荒川の手前まで来た。

 各人の間にささいな口論があったほかは、これといった問題も起きていない。いや精神攻撃としてはじゅうぶんすぎる効果だが。


 路地裏にリヤカーを停め、俺たちは足を休めることにした。

 あらためて景色を眺めると、絵に描いたような廃墟だった。崩落しかけたビル群。路上には瓦礫や廃材。あとはなんだか分からない植物のツタ。さっき痩せた野良犬を見た。


 俺は答えが返ってこないのを承知しながら、誰にともなくこう尋ねた。

「滅んじまった世界に、わざわざ過去から人間連れてきて、天の人らはなにがしたいんですかねぇ」

 鈴蘭も龍胆も無言。

 毒島はウイスキーを飲むのに忙しい。

 事実を知りたくば、アノジとやらを締め上げないとダメかもしれない。あるいは龍胆の言っていた図書館とやらに潜入するか。

 俺は話題を変えた。

「で、ここから敵の本拠地まではそう遠くないわけだけど……。どなたか、提案はございますか?」

 どうせロクな案は出てこないだろうという諦めが、つい言葉の端に出てしまった。

 毒島は顔をしかめている。

「印刷ショップに行くんだろ?」

「えっ?」

「おめー、もう忘れたのか? 俺の貴重な酒を燃料にして、使えそうな道具をプリントするんだろうが」

「いや……ホントに? いまできるんですか?」

「たぶん電気屋に発電機があるから、そいつを台車かなにかで運んでだな。プリンタを動かして、あとはもうヤり放題よ。一般雑貨なら、特別な設計図ナシでプリントできるらしいからな」

 信じられない。なにが一番信じられないって、この男が作戦のために酒を提供するということだ。それも自発的に。

 彼は目を細めた。

「おい、タマケン! 交換条件だぞ! 作戦が成功したら、あの畑のトウモロコシで酒作ってもらうからな!」

「そんなノウハウないですよ。それに俺の畑じゃないし」

「黙れ。そこはウソでも『うん』と言えよ。俺のやる気に関わる」

「分かりましたよ。約束します」

 とんだ役者だな。


 電気屋はすぐ見つかった。この手の店はメシの調達が見込めないこともあり、ずっと無視してきたのだが、よくよく考えれば宝の山だったかもしれない。

 そもそも動かすための電力がないと思い込んでいた。だから発電機を探すという発想もなかった。

 とはいえ、浸水と経年劣化で、ほとんど稼働しないだろうとは思うのだが。


 ゆがんだシャッターの隙間から侵入し、俺たちは奥へ奥へと進んだ。

 もちろん薄暗い。

 しかし「薄暗い」で済むものなんだろうか。闇でないとおかしい。俺たちは、うっすらと床の発光していることに気づいた。

 毒島も眉をひそめた。

「これ、電気じゃねーか?」

 あるいは感圧式の蛍光塗料か。

 しかし床一面が発光しているところを見ると、どうも電気らしい。

 毒島が壁のパネルに目をやった。

「環境に配慮して太陽光発電も使ってるとよ」

「英語読めるんですか?」

「はっ? これくらい分かるだろ」

 この時代の日本語は、基本的には文字をただローマ字に置き換えたものだが、横文字だけはいきなり英語になる。たとえば「アルコール」なら「ARUKORU」とはならず「Alcohol」と表記される。

 しかも「太陽光発電」に至っては、なんの略かは知らないが、パネルをどう読んでも「PV」としか書かれていない。「環境」は「KANKYO」なのに。

 なんともムカつく表記である。

 漢字も併記されているかと思えば中国語だから読めないし。

 俺に対する配慮が欠けていると言わざるをえない。


 案内板によると、家庭用プリンタも販売しているとのことであった。

 電気が来ているのになぜか停止したままのエスカレーターを足であがり、三階までやってきた。

 ほとんどの商品は床に転がっているし、棚も崩れ放題だ。

 プリンタのコーナーはすぐに見つかった。しかしデモンストレーション用の展示品は、内部が凝固した水槽のようになっていた。

「おーおー、完全にぶっ壊れてんな。だが、電気は来てるんだ。そこらの商品につなぎ直せば動くだろ」

 酒を失わずに済むと知った毒島は、とても前向きに行動していた。

 人は誰しも、大事なものを守るためなら英雄になれるのかもしれない。


 しかし見渡す限り、無事そうな商品はなかった。どれも棚から落ちて破損している。

 この店は諦めたほうがいいかもしれない。

 などと俺が無気力になったところ、毒島はスタッフ用のドアを開けて中に入っていった。在庫をあさるつもりだ。もしそこなら商品も梱包されてるはずだから、無事に残っているかもしれない。というより展示されてるのは全部見せものであって、実際に売る商品じゃなかったのかも。

「おい、タマケン! いいのがあったぞ! 手伝え!」

「はいはい」

 なんだろうな「いいの」って。


 スタッフルームに入ると、彼は洗濯機ほどの箱をポンポン叩いた。

「どうだ、いいだろ? デカいしな」

「はぁ」

 とりあえずデカいのを見つけたってだけか。たしかにこれならいろいろなものが作れそうだ。


 カッターなどで箱をサバき、適当なコンセントにつないで電源を入れた。

 いくつかのインジケータが点灯。赤や黄色、緑など。しかし表記も英語だし、なにをどうすればいいのか分からない。

 毒島が目を細め、難儀そうに紙のマニュアルを読んだ。といってもペラ一枚だが。

「えーと、これがオフラインのアラートで、あとはマテリアルが足りてねーと……。ああ、材料入れろってよ。たぶん店に揃ってるから、適当に持ってきてくれ」

「分かりました」


 マテリアルはカートリッジになっていて、金属材料、ゴム、樹脂などに分かれていた。それらをショッピングカートに投げ込み、俺はスタッフルームへと搬送した。

「えーと、この2ピントってのが対応してるんですかね?」

「2パイントだな。まあいい、突っ込め」

「はい」

 クソ恥ずかしいミスをしちまった。

 カートリッジの挿入スロットは種類ごとに色分けされていたので、俺は迷うことなくマテリアルをセットすることができた。

 赤と黄色のライトがほぼ緑に変わった。


 プリンタには小さな液晶ディスプレイしかない。

 毒島はその表示を覗き込み、溜め息をついた。

「本来は、体内に埋め込まれたチップを経由して操作するらしいな」

「毒島さん、チップ入ってないんですか?」

「残念ながらな。あっても古すぎてアクセスできないだろ。ま、いくつかプリセットを選べるらしいから、いまはそれで我慢するしかねぇよ」

 いちおうボタンでも操作できるようになっている。しかし最小限の機能しか使えないのだろう。ジョンも連れてくればよかった。

 俺は後ろからマニュアルをチラ見したが、写真がないからまったくなにも読み取れなかった。「詳細はWEBで」ということらしい。世界がオフラインになったときのことも考えて欲しいもんだ。

「武器はないんですか?」

「どうもねぇようだな。あの小僧を連れてくりゃよかったぜ」

「たしかに」

「んんっ!?」

 毒島が食い入るようにマニュアルを覗き込んだ。

 なにかを見つけたらしい。彼は俺たちに説明するより先に、四つしかないボタンを必死で操作し始めた。ディスプレイにはナンバーしか表示されないから、なにが起きているのかさえ分からない。

 かと思うと、いきなりプリンタのシャッターが降り、内部でギューンと稼働し始めた。


「毒島さん、なに作ったんです?」

「人工知能だ」

「えっ?」

「アシスタンスを搭載した小型ロボットだよ。いいか。俺たちと会話できるんだぞ。そいつにはチップが搭載されてる。つまりそいつに仕事させりゃ、俺たちがチマチマ操作する必要もなくなる」

「なんと……」

 なるほど。細かい作業は人工知能にやらせる時代か。

 つまり俺たちは、自律するパソコンのようなものを手に入れる、というわけだ。そいつに命じれば、武器を作ってもらえるかもしれない。


(続く)

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