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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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31/56

ままごと

 夕刻、俺は薪割りを終え、母屋へ戻った。

 肉体労働を継続しているせいか、心なしか疲れにくい体質になっている気がする。いや、努力の結果ではなく、天女たちから恵んでもらうメシの恩恵かもしれないが。


 居間で茶をいれていると、風呂の準備をしていた小梅が戻ってきた。

 特に会話もないかと思い、俺はちらと顔を見ただけで済ませたのだが、小梅はずんずん近づいてきた。

「ねえ、人間……」

「ん?」

 いよいよ日も暮れようという頃合い。

 闇の濃くなった室内で、小梅はじっとこちらを見つめてきた。長いまつげで、くりくりとした瞳。おとなしくしていれば愛らしい顔だ。

 小梅はネコのように、必死でこちらを覗き込もうとしている。

「人間ってさ……」

「なんだよ」

「あの、人間って……」

「うん……」

 なんだ? まさか、愛の告白でもするつもりか?

 いまこの家でそんなことをすれば、必ず死人が出るぞ。暴れ出しそうなやつがひとりいるからな。

 小梅はずっと距離を縮めてきた。

「人間って、姉さまと結婚したの?」

「えっ? まだしてないけど……」

「けど、するつもりはあるの?」

「分からないけど……。でもたぶん、結婚するとしたらすずさんと、かな」

 なんか妙な返事になってしまった気がするが。しかし不誠実なことを言うつもりはない。人間と天女の結婚がどういうものなのか分からないし、そもそも社会がぶっ壊れているので結婚がどう定義されているのかも不明である。死ぬまで一緒にいる気があるのかと問われれば、それは素直にイエスと言えるが。

 小梅はまず、なんともいえないような表情で「ふぅん」とつぶやき、さらに距離を縮めてきた。

「じゃあさ、人間は小梅の義理の兄さまになるんだよね?」

「そうなるな」

「分かった。じゃあ人間のこと、いまから兄さまって呼ぶね。小梅たち、これで家族だよね?」

「う、うん……」

 なにも分かっていないような顔でぐいぐい来るが、それが逆に怖い。


 不意に、小梅が「ひゃっ」と跳ね上がった。

 なにかを見たのだ。

 いや、それがなんなのか、俺はもう見なくても分かるが。

 縛られたままの鈴蘭が、廊下からもぞもぞ這い出してきたところだ。足は縛られていないのだから、普通に歩いてくればいいものを。

「お待ちなさい、小梅。たしかに姉さまは健太郎さんと夫婦めおとの契を結びました。しかし姉さまは、実家との縁を切ってひとりで嫁いだようなもの。つまり姉さまと健太郎さんは夫婦ですが、小梅とは無縁の関係。気軽に兄さまなどと呼ぶことは、この姉さまが断じて許しません」

 縁を切ったなら自分だって「姉さま」じゃないだろ、というつっこみは野暮だろうか。

 小梅もきょとんとしている。

「縁を切ったなら、なんでこの家にいるの?」

「家をもらった上で縁を切ったのです。つまりあなたは居候なのです。分かりますね?」

 また例のアレが始まった。権兵衛が存命だというのに家をぶん取るなんて、それこそお家騒動じゃないか。

 小梅もうんざり顔だ。

「分かりました。鈴蘭さん。勝手におうちにあがりこんでしまい申し訳ありませんでした。今日から小梅は、納屋をお借りして寝泊まりします」

「……」

 小梅が深々と頭をさげると、鈴蘭は猛ダッシュでやってきた。

「待って小梅! 姉さまを捨てないで!」

「離れて! 小梅、もう姉さまの妹じゃないもん!」

「ごめんなさい、小梅! 姉さまがどうかしてたの! 捨てないで!」

「いや、捨てられたの小梅のほうなんだけど」

「小梅、さびしいこと言わないで。お詫びに姉さま死ぬから!」

「そういう重いのも困るし……」

 極端なんだよなぁ。

 しかし今度という今度はかなりショックだったらしく、鈴蘭はめそめそ泣き出してしまった。これで妹の大切さを再認識してくれるといいんだが。

 小梅はやれやれといった顔で、鈴蘭の頭をなでた。

「もう、姉さまったら。ワガママ言ったらこうなるんだから。今回は許しますけど、あんまり自分勝手なことばかり言わないでくださいね」

「うん」

「あと、兄さまを困らせないこと」

「うん」

「龍胆さんともケンカしないこと」

「うん」

 信じていいのだろうか。鈴蘭、いつも返事だけはいい。

 小梅はよしよしとぽんぽん叩いてやった。

「じゃあさ、仲良しのしるしに、三人で一緒にお風呂入ろ? せっかく家族同士なんだしさ」

「それはダメよ!」

 鈴蘭はガバリと顔をあげた。眼球が血走っていて悪霊みたいな顔になっている。

「なんでダメなの?」

「なんでって、若い娘が男とお風呂なんて、あなた、絶対アレなことになるでしょ?」

「アレって?」

「なんて子なの!? それを姉さまに言わせる気? はしたないわね! どうせ穴という穴をつかって夫を籠絡する気なんでしょ!」

 やめなさい。

 小梅も顔を赤くしている。

「なんでそういうこと言うの! 小梅、ただ家族が増えて嬉しいって思ってるだけなのに!」

「ああ、小梅! 待って! 行かないで!」

 しかし小梅はぷりぷり怒った様子で行ってしまった。

 当然だな。


 残された鈴蘭は、しばらくめそめそ泣いていたかと思うと、ずるずる這ってこちらへにじり寄ってきた。

「慰めてください」

 気の毒なくらい弱りきった表情をしている。

「いいけど……。基本的に、ぜんぶ君が悪いぞ」

「分かってます。分かってますけど、どうしてもダメなの。誰かにあなたを取られそうな気がして……」

「なんでそんな……」

 過去に酷い目にでも遭ったのだろうか。思えば彼女は、夢に母親が出てくることさえ許容できない様子だった。他者を排除していないと安心できないようだ。

 鈴蘭は顔をこすりつけて俺の服で涙を拭いていたので、やむをえず縄をほどいてやった。せめて自分の服で拭けと言いたい。

 だが自由になった鈴蘭は、こちらにしがみついてさらに泣きじゃくった。

「ふぇぇ」

「そんなに泣かなくても……」

「違うんです。だって、久しぶりに会えたんですよ。なのに私のことをほったらかして、みんなの相手ばかり……」

「ごめん」

 たしかにそうだ。帰宅してからというもの、鈴蘭との接触は、廊下を引きずって部屋に放り込んだきりだった。しかし冷静に思い返しても、俺が悪いとは思えない。鈴蘭が異常な行動をとらなければ、普通に会話できていたはずだ。

 抱きしめていると、次第に鈴蘭も落ち着いてきた。

「今日、一緒にお風呂入ってくれます?」

「いいけど」

「夕飯も私のを」

「うん」

「寝るのも一緒に……」

「分かった」

 俺だって鈴蘭と仲良くできるのは嬉しい。しかし本当はそれどころじゃないはずだ。戦うべき悪いやつがいて、そいつに苦しめられてる人たちがいる。自分たちだけイチャついている場合じゃない。


 *


 夕飯は鈴蘭から提供された。味はいいのだが、やたらねとねとした不気味な食感だ。龍胆のと比べると完成度が低い。


 そして風呂だが、小梅の猛反発により、結局は別々に入った。

 女性たちを先に入らせて、俺は最後にした。


 居間へ戻ると、小梅だけが囲炉裏にあたっていた。

 風呂上がりだから髪もおろしているし、浴衣姿だ。

「あれ、みんなは?」

「部屋」

 小梅の返事はなぜか呆れ気味だ。

 この調子だと、たぶん鈴蘭は俺の部屋にいる。

 俺は腰をおろし、小梅の出した茶を受け取った。この煮詰まった渋い茶も、だんだんクセになってきた。

「兄さま、小梅の部屋で寝ない?」

「えっ?」

「別に変な意味じゃないよ。龍胆さんもいるし」

 空き部屋はいっぱいあるはずなのに、彼女たちはなぜか同じ部屋で寝泊まりしている。

 小梅はずずっと茶をすすった。

「だってさ、姉さまワガママばっかりなんだもん。たまには懲らしめてやらないと」

「気持ちは分かるけど」

「兄さま、なんでそんなに姉さまにあまいの? 言われたこと、なんでも聞いちゃうし」

「なんでもじゃない」

「悪いことしても全然怒んない」

「そうかな? けっこう言ってる気がするけど」

 感情を爆発させたりはしないが、言うべきことは言っているつもりだ。まあどうせ聞いてくれないだろうから、諦めているのは否定しないが。

 すると小梅はすんと済ました顔になり、腰をあげた。

「小梅、もう寝るね。火の始末お願い」

「分かった。おやすみ」

「おやすみなさい」

 すたすた行ってしまった。

 もっとなにか言いたいことがあったのかもしれない。しかし言ってもムダと判断したのだろう。なんだかそんな態度に見えた。


 *


 灰をかぶせて囲炉裏の火のおさまったのを確認し、俺は自室へ入った。

 浴衣の鈴蘭が正座して待っていた。

「遅い……」

「ごめんごめん」

 部屋は薄暗いが、彼女のシルエットがいつもと違うことは分かった。髪型がツインテールだ。いや、おさげか。小梅みたいな髪型をしている。

 この話題に触れるべきか……。

 彼女はこちらをじっと見つめている。

「あの、ほかに言うことは?」

「えーと、イメチェンした?」

「私、薄々ではありますが、あなたがロリコンではないかと疑っていました」

「はっ?」

 唐突になにを言い出すんだ。

 鈴蘭はいたって真面目な顔だ。というかマジすぎて目つきが危なくなっている。

「よって小梅の髪型を真似てみました。こんなおぼこい姿でも似合ってしまうのですから、美人というのは罪……いえ重罪。天を追われるのもやむなし。あなたもそうは思いませんか?」

「えっ? うん、まあ……」

 薄暗いが、とても似合っているのは分かる。しかし子供っぽいというよりは、あざといお姉さんに見える。

 彼女は両手を開き、受け入れるような体勢になった。

「さ、ではヤりましょう」

「はい……」

 ヤるのに異論はない。しかしこの雑な流れはなんなのだ。ヤれればいいのか。こっちはいいが。


 なるべく雰囲気を出そうと思い、そっと寄り添って横倒しになると、彼女は素早い体捌きで馬乗りになってきた。本当に、一瞬の出来事だった。柔術の経験者だったのか。

 彼女は上から告げた。

「では選んでくださいな。おねだり鈴蘭か、イヤイヤ鈴蘭か。ほかにご要望があれば、言ってくだされば応じます」

「イヤイヤで馬乗りになる女がいるのか?」

「そのときは下になりますから」

 あんな体捌きを見せられては、こっちが上になったところでまったく征服感がないのだが。

 俺は手を伸ばし、彼女の頬に触れた。

「今日は演技ナシってのは?」

 すると鈴蘭は、あきらかに不満そうな表情を見せた。

「またそれ? 私が薄っぺらで中身のない女だということはご存知のはず……」

「分かってるけど」

「それに、素の私なんて、あなたちっとも愛してくれないでしょう」

「そんなことない」

「ありまぁす! 男はみんなそう! 演技してるときは興奮してくれるのに、素になった途端、死体とでもヤってるみたいな顔になって!」

 しかし完全にスイッチの切れたマグロみたいになる鈴蘭サイドにも問題があるぞ。

 俺は彼女を引き寄せた。

「そうやって素直に怒ってくれるのは嬉しいよ」

「ちょっとキザね。そうやって強引にすれば落ちるとでも……。いえ実際のところ落ちますけども……」

 別にカッコつけているつもりはない。ただ、彼女が周囲にキツく当たるのは、俺に対して言いたいことを言っていないからではないかと思ったのだ。互いに腹の底を知らないから疑い深くなる。いまの俺たちの関係は、対等じゃない。

「すずさん、俺の嫌いなところを言ってみてくれ」

「顔」

「あの、それ以外で……」

 いや待て。顔? 顔が嫌いなの? だったら、なんでこんなことができるんだ。

 彼女は耳元でくすくすと笑った。

「ふふ。怒りました? もちろんウソです。でも怒らせると、あとでいっぱいお仕置きしてくれるから」

「君のそういうところ、好きになれないな」

「ええ、もっと嫌ってください。嫌われたほうが、楽ですから」

 冗談とも本気ともつかないことを言う。


(続く)

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