表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/56

印刷機

 さて、地下牢へやってきた。

 毒島は「ウソだろ?」という顔をしている。しかし互いの安全のためだ。許容していただきたい。


 するとかつて餓鬼がいた檻の中に、見知らぬ少年がくつろいでいた。

「よう、帰ってきたのか」

 藁の布団に寝そべり、偉そうな態度で声をかけてくる。

 ジョン・マルハシだ。人間に戻ったらしい。まだ子供だ。十二歳ほどだろうか。

「ちょっと見ないうちに印象が変わったな」

「そうか? ま、少し太ったかもな」

 頭にツノがある。しかし髪も生え揃っているし、顔つきもそこらの少年と変わりがない。ツノ以外は人間そのものだ。なぜか半裸なのはひとまずおくとして。

 俺は隣の檻を開き、毒島を促した。

「新しい入居者だ。仲良くしてやってくれ」

 するとジョンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ああ、かわいがってやる」

 いや、なにもするな。問題は起こさなくて結構。


 檻を閉めると、今度は毒島から抗議が来た。

「まさか、ずっとここに閉じ込めとくってことはねぇよな?」

「食事は提供します」

「おめー、まさか騙しやがったのか!?」

「事前に説明したでしょう。ツノが取れるまで我慢してください。酒ならすぐ持ってきますから」

「おう」

 酒が欲しかっただけらしい。しかしまた酒瓶を運ぶためにリヤカーと地下を行ったり来たり……。無用な重労働だな。


 *


 居間へ戻ると、鈴蘭が縄で縛り上げられていた。

「あなた! 助けて! お家騒動よ!」

「はっ?」

 騒動なのは見れば分かる。

 主犯は小梅と龍胆だろう。両名ともすました顔で茶をすすっている。

 俺は鈴蘭の近くにしゃがみ込み、これ以上騒がないよう頭をなでた。彼女はその手にじゃれついてくる。なんだか犬をあやしている気分だ。

「小梅、事情を説明してくれ」

 俺の言葉に、小梅はかすかに溜め息をついた。

「姉さまが悪いの。また龍胆さんにいじわるするから」

「じゃあ仕方ないな」

 予想が的中した。というより、それ以外の可能性が想定できない。


 鈴蘭はエビのように激しくびちびち跳ねた。

「ちょっとあなた! 妻である私を差し置いて、あんなちんちくりんの言うことを鵜呑みにするのですか? お願いですから、正気に戻って! あの頃の優しいあなたに!」

「どの頃だよ。まずは君が正気に戻ってくれないか」

「はい、戻りました」

 びちびちをやめた。

 言えば素直に聞いてくれるんだよな……。数分で忘れるけど。

「すずさん、俺たちは、これから力を合わせて敵と戦わなきゃならないんだ。そんなことじゃ困るよ」

「天命ですか? そんなの無視すればいいだけのこと。どこかへ逃げ出して、ふたりだけの楽園を見つけましょう?」

「わがまま言ってると君も地下牢に放り込むぞ」

「知ってます? それ、ドメスティック・バイオレンスというのですよ」

「すまないが、文明は滅んだんだ。そういう先進的な言葉は忘れてくれ」

「あの、でしたらせめてあなたの部屋に……。あと縛り方も、もう少しいい具合に変えていただけると……」

「……」

 俺は返事をあきらめ、彼女を引きずって居間を出た。


 部屋に転がすと、彼女は潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。

「で、このあとは? 縛ったままお仕置きしてくださるの?」

「えっ?」

 衣服がはだけて美しい肩があらわになっているだけでなく、裾もめくれあがって肉付きのいい太腿まで見えていた。というより、足をバタバタさせて自分から露出させたようだ。

 やわらかな薄手の羽衣の上から、麻縄がキツめに食い込んでいる。両腕を胴体ごと縛られているから、足さえ抑えれば自由にできる。

 いや、抑える必要なんてない。いまの彼女は、みずから仰向けになり、大開脚していた。垂れ下がった布でいちおう隠れてはいるものの……。

 鈴蘭は呼吸を荒げた。

「はぁ、あなたがこんなに乱暴な夫だったなんて知りませんでした……。いえ、いいのです。あなたになら、なにをされても……」

「すずさん……」

「ふふ。いいんですよ。また欲しがりでおねだりしちゃう鈴蘭を抱いてくださるの? それとも本当は不服なのに、弱みを握られてやむをえず体を許してしまう鈴蘭? あなたのご要望に応じて、どんな鈴蘭でも演じて差し上げます」

「……」

 縛り上げられ、やや苦しそうに目を細めているのが最高にそそる。

 綿密な脳内シミュレートの結果、事を終えるまで最速で三分といったところか。ミスがなければ、小梅たちに気づかれる前に終わらせられるかもしれない。


 などと思案していると、ドスドス足音を立てて小梅が乗り込んできた。

「ほら、人間! 終わったら居間に戻る! 姉さまはそこで反省!」

「……」

 決断が遅れたせいで、計画はご破算になった。一瞬の躊躇が生死を分ける。それが戦場の掟だ。


 *


 居間へ連行された俺は、囲炉裏のそばに腰をおろした。

 小梅は怒ったようにドンと湯呑を置く。もう少し優しくして欲しいところだが、茶を出してくれただけマシかもしれない。

 彼女は腰をおろすなり、こう切り出した。

「話はだいたい聞いてるよ。悪いやつを倒しに行くんでしょ? 小梅は武器がないし、行っちゃダメだって言われたから、我慢してお留守番するけど……。もし行くにしても、父さまの帰りを待ってからにしたほうがいいと思う」

「たしかにな……」

 万全を期すなら、彼女の言葉に従うべきだろう。

 しかし山吹と菖蒲はいまなお苦しめられている。それを思えば、悠長に構えていることなどできない。


 龍胆が静かに切り出した。

「けど権兵衛さん、いつ戻ってくるか分からないのでしょう?」

「うん。なんだか大事な集まりに呼ばれたみたい……」

「時間をかけるのは得策ではないと思います。いちど交戦した以上、敵もなんらかの手を打ってくるでしょうし」

 彼女の意見にも一理ある。あの強盗は、己の力を過信して素手で挑んできた。しかし槍で串刺しにされて、武器の重要性をイヤというほど理解したはずだ。次回は確実に武装するはず。


 俺は熱くて渋い茶をすすり、しばし思案を巡らせた。

 素早く準備を整えて電撃戦に出るか、あるいは権兵衛を待つか……。

 居場所は特定できている。動物園だ。敵も天女を閉じ込めておきたいだろうから、場所を変えたりはしないはず。

 もし時間を与えれば、バリケードを築いたり、罠を仕掛けたりするかもしれない。

 のみならず、女が十人近くいるのなら、そのにおいにつられて餓鬼どもが集まっている可能性もある。

 過酷な戦闘を想定しておくべきだろう。


 いや、わざわざ敵の牙城に攻め込む必要があるのだろうか。

 あの強盗、天女を探してあちこち歩き回っている。おびき出して仕留めるという手もあるのでは。ただし出現場所を特定できないため、むやみにうろついてこちらが消耗する可能性もある。そこを襲われたら状況は不利。


 人より賢ければ、こんなことで悩まなくていいのかもしれない。

 しかし俺の頭では、せいぜいこの程度の想定が限界だった。


 *


 結論が出なかったため、俺は話を切り上げ、地下牢へ酒瓶を運び始めた。

 少し遅くなってしまったから苦情でも言われるかと思ったが、そうでもなかった。

「おい、タマケン。そっちの小僧と話したんだが、もしかしたらイケるかもしんねーぞ」

「えっ? なにがです?」

 隙間から酒瓶を差し込むと、続きは隣のやつから聞けとばかりに追い払われてしまった。


 ジョンは相変わらず寝そべっていた。

「プリンタだよ。設計図はいくつかチップに入ってるから、材料さえあれば一通りのものは揃えられる」

「えーと、つまり……設計図を印刷したいのか? 書くものが欲しいなら用意するぞ」

「いや、設計図はもうあるんだよ。俺のチップにな」

「じゃあプリンタいらないじゃん」

 するとジョンは足をバタつかせてケタケタ笑いだした。

「ああ、そうだったな。俺が悪かったよ。旧時代の人間は、2Dプリンタしか見たことがないのか。俺が言ってるのは3Dプリンタだ」

「バカにするな。それくらい二十一世紀にもある」

「とにかく、そいつで人工知能を印刷して、まずはネットワークを作る。スピーカーも用意できるぞ。音楽が聞きたいんだろ?」

「えっ?」

 人工知能を印刷?

 さすがになにを言ってるのか分からんな。パソコンを作るってことか。

 ジョンは得意顔になった。

「その気になれば、プリンタでプリンタも作れるぞ。調理器も、ロボットも、拳銃もな。ま、自動車みたいなデカブツは工場まで行かないとムリだけど。印刷ショップに行けば、好きなだけ作れる。まずは電力を確保する必要があるが」

「電力……」

 導線や永久磁石はそこらに落ちてそうだから、コイルを作って発電すること自体は難しくなさそうだ。しかし安定的な電力を供給するとなると、専門の知識が必要になる。悪いが俺はそこまで詳しくない。

 いっそ棒をぐるぐる回して人力で発電するか。

 いや、水車や風車という手もあるな。ノウハウは皆無だが。


 ジョンが肩をすくめた。

「そう難しく考えるな。エタノールさえ用意できれば、そこらの施設で電気は作れる」

 この「エタノール」という語に、毒島がビクリとなった。

 あるんだよなぁ、そこに。

 分かってるとは思うが、助け「合い」の精神で行くぞ。

 ジョンはふたたび笑った。

「地方に行けばバイオエタノールの生成工場があるはずだ。トウモロコシでも放り込めば、好きなだけ生成できるだろ。それか、すでに加工済みのが倉庫にあるかもしれない。飲むわけじゃないし、使用期限が切れてても大丈夫だろ」

 クソの役にも立たないおじさんと違い、この少年はじつに見込みがある。問題は、その「地方」とやらがどこにあるのか、だが。

 役所辺りで地図を手に入れる必要があるな。いやコンビニでもいいか。もし地図が紙なら俺にも読める。データならお手上げだが。


 ともかく、文明再興の手がかりが見えてきた。

 銃があれば餓鬼を掃射することもできるし、車があれば腰を痛めて酒瓶を輸送する必要もなくなる。人類の遺産はすべて有効活用させてもらうとしよう。

 なにより、調理器も作れるらしいじゃないか。それさえあれば、二度とゲロをすすらずに済む。いまとなってはゲロに抵抗もないけど。


 ひとりじゃできなかったことが、仲間の力でどんどんできるようになる。やはり共存こそが発展への道ということか。

 いや、まあ、俺にとって彼らは有用だが、彼らにとって俺がどうだかは分からないが。そのうちなにかの役には立つはずだ。たぶん。リヤカーも運べるし。うん。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ