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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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29/56

歓待

 呼吸を繰り返していると、次第に体が震えてきた。

 むやみに力んでいたせいかもしれない。顔面にコンクリ片を叩きつけられそうになったのだ。体がこわばるのもやむをえない。この異変が、交戦中に来なかっただけよしとしよう。


 かつて槍だった棒きれを捨て、俺は山吹たちの武器を回収した。

 間違いなく彼女たちの所持品だ。シンプルなシルエットながら、磨き上げられたなめらかな表面。血痕が付着しているものの、傷はひとつもついていなかった。材質は不明。あまり重くない。

 せっかくなので、銃剣を槍の代わりに使わせてもらうとしよう。刀でもいいんだが、重たくて動きづらい鎧との相性がよくない。ためしに構えてみたら、弾丸が飛んで商店の壁に小さな穴を開けてしまった。

「……」

 いや、驚くべきことでもないのかもしれない。彼女たちの持ってる石で、俺も火を起こせたのだ。この銃も似たようなものなんだろう。


 リヤカーを整理していると、毒島も渋い表情で戻ってきた。

「いやー、危なかったな。まさか追っ払えるとは思えなかったぜ」

 このクソ野郎……。

 俺は出かかった苦情を片っ端から飲み込み、ようやくこう応じた。

「あんたが協力してくれたら、もっとスムーズに事が運んだと思うんですがね」

「そう言うな。みんなの邪魔にならないよう、泣く泣く身を引いてやったんだろうが」

「物は言いようですね」

「だろ?」

 これをドヤ顔で言いやがる。

 まあいい。蹴り倒されたのは俺がマヌケだったせいだ。その代わり、龍胆が敢闘賞モノの大活躍を見せてくれた。最終的に助かったのだ。いまはそれだけで結構。


 その龍胆は道端にしゃがみ込んでいた。

「あの、ごめんなさい。足が震えちゃって……」

「感謝してるよ。君は命の恩人だ。リヤカーに乗ってくれ」

「えっ? でもそれじゃあ……」

「言ったはずだぜ、助け合いだって。その代わり、またピンチになったら助けてくれると嬉しいな」

「はい……」


 もちろん俺ひとりでリヤカーを引くのは容易ではないから、今度という今度こそ毒島にも後ろを押してもらった。

 いつまでも現場にとどまるわけにはいかない。

 できる限り早く帰宅せねば。

 戦力を整え、強盗の居場所を特定し、仲間たちを救出するのだ。正義感だとか、善意だとか、そういうんじゃない。ムカついたからだ。あいつはぶちのめしてやらないと気がすまない。


 各人、思うところがあるのは間違いなく、しばし無言のまま進むこととなった。

 荒川を越えたところで、俺はリヤカーを民家のガレージへ運び込んだ。

 自動車もあるにはあるのだが、錆びついているし、窓ガラスは割れているし、タイヤは外れているし、到底使い物になりそうもなかった。そもそもキーもないし、燃料だって空に違いない。

 武器を手に内部の安全を確認したのち、二階に部屋をとった。


 餓鬼に囲まれるのはいい。対処できる。

 怖いのは、例の強盗に追跡されることだ。

 あいつは天女をさらうのを目的としているから、家に火を放ったりはしないだろう。となると、もし来るにしても、ノコノコ乗り込んでくるはずだ。


 兵糧丸を齧りながら、俺は壁に背をあずけ、一日の疲れを癒やしていた。

 鉄の小手で受けたとはいえ、真上からコンクリ片を投げつけられたせいで、さすがに左肩が痛い。とはいえ、のたうつほどではないが。たぶん寝れば治る。

 龍胆は毛布に包まって、ベッドの上で小さくなっている。押し寄せる恐怖と戦っているのかもしれない。

 毒島は寝そべってウイスキーをちびちびやっている。緊張感というものがまるで感じられない。たぶん命と酒以外に失うものがないせいだろう。

 ともあれ、英気を養うことができるなら、いまは手段などどうでもよかった。


 *


 俺はいつの間にか眠りに落ちていた。

 なぜそれが自覚できたかというと、例のアノジが久しぶりに現れたせいだ。

「人の子よ、話がある」

「なんです?」

 平安貴族のような格好の、あいかわらず愛想のない冷淡な態度だ。

 できればツラも見たくない。

 俺の返事がぞんざいになるのもご容赦願いたい。

 アノジはしかし表情を変えない。

「昼間、汝らが遭遇した男、我らが懸念しておった存在であることが分かった」

「懸念? なんの話でしたっけ?」

「外来種の死肉を喰らった餓鬼の成れの果てよ。よもや人の姿をとっておるとは思わなんだ」

「……」

 アレがそうなのか。

 どうりで異様な能力を持っていると思った。女の肉を食うなんて品のないことも言っていたしな。やってることが餓鬼そのものだ。さいわいなのは、知能のほうも餓鬼レベルのままということか。

 アノジは事務的な態度でこう続けた。

「汝にアレの駆除を命じる」

「ジョークを言うなら笑えるヤツにして欲しいな。駆除だって? 死なねーヤツをどうやって駆除するんだ?」

「なにか思案せよ。どうあっても死なぬのであれば、動けぬようにして穴に埋めるのでも構わぬ。とにかく対処せよ」

 こいつ、自分がやるわけじゃないからって無茶なことを言ってるぞ。

「なんか道具貸してくださいよ」

「あまえるな。手前で用意せよ」

「なんだよそれ。報酬は上乗せしてくれるんでしょうね?」

「言葉を慎め。言われずとも検討しておる。汝はくだらぬことに頭を使わず、ただ命に従えばよい」

「はいはい」

 まあどっちにしろあいつはぶっちめる予定だったから、報酬がプラスになるだけ儲けモノではあるんだが。

 しかしアノジの物言いも納得いかない。

「ただ、あいつの居場所が分からないんで、なんかヒントくれるとありがたいんですがね」

「その点については助力できる。おおよそではあるが、場所の特定は可能だ。その知識を汝に授けよう」

「おおよそ?」

「ではくれぐれも頼んだぞ」

「えっ?」

 一方的にそれだけ告げると、アノジはすっと消え去ってしまった。


 *


 朝、目覚めると同時に溜め息が出た。

 知識とやらを授けてくださったおかげか、ぼんやりとした位置情報が頭の中にあった。某動物公園のあたりだ。飼ってるとは聞いていたが、まさかホントに檻の中にぶち込んでるとはな。


 こっちはロクに眠れなかったというのに、毒島は酒瓶を抱えて爆睡中。

 さすがのアノジも、こいつの夢の中には出なかったらしい。酔っぱらいだから話が通じないと判断したのか、餓鬼のなりかけだから忌避したのかは分からない。


 代わりに、龍胆が毛布を抱きしめたまま近づいてきた。

「おはようございます。昨夜、上から命令がありました」

「俺んとこにも出たよ」

「どうしましょう……」

 どう、とは。

 クソ真面目にいまから直行するつもりなのだろうか。

 いや、それは認められない。

「まずは家に帰るよ。戦うのは、準備を整えてからだ」

「分かりました。従います」

 俺のはべつに命令というわけではないのだが。まあ素直に聞いてくれるのなら、こちらもそれ以上はなにも言うまい。

 彼女はまだもじもじしている。

「あの、朝のごはんはいかがですか?」

「体は大丈夫なの?」

「はい。どちらかというと、人と触れ合っているほうが心が落ち着くので……」

「分かった。じゃあもらおうかな」

 正直、俺も食いたいと思っていたところだった。彼女の出す食事は品があっていい。ちっとも嫌なところがない。


 小さくうめいて、彼女は口の中にそれを溜めた。唇を重ねて、そっと吸い出す。

 やわらかくてぷにっとした唇の間から、ぬるっと甘露が流れ込んでくる。髪をなでると、ぴたりと身を寄せてくる。そしてふたくち目のごはん。ほのかなあまみが、口の中に広がり、すっと消える。

 何度か吸い出してから、彼女は恥ずかしそうに唇を離した。

「元気になりました……ね……」

「うん……」

 元気になるのもやむをえない。

 いやむしろ、エネルギーのやり場に困るくらいだ。


 いつの間にか目を覚ましていた毒島が舌打ちし、ウイスキーをかっくらった。

「ったく、朝っぱらからあまったるいにおい出しやがって。俺にもよこせよ。餓鬼になって欲しくねーだろ?」

 毒島には悪いが、逆の立場じゃなくてよかったと心の底から思ってしまった。


 龍胆は半目になり、鍋に向かってゲーッと吐いて毒島へ出した。あまりに雑だ。

 毒島もしかし文句を言わない。味はいいのだ。食えるだけありがたいだろう。


 *


 いざ出発、と思ったのだが、ドアの外には餓鬼が溜まっていた。

 もちろん予想はしていた。

 俺は手近な一匹に銃剣を突き立て、そのまま弾丸をぶっ放した。即座に遺体となったそいつは、血痕を撒き散らし、どっと廊下の壁に叩きつけられた。

 残りは四体。

 俺は銃口を向け、唖然としたツラの餓鬼に一発ずつ弾丸を叩き込んでいった。残り二体というところで、餓鬼どもは不器用に階段をおりて逃走を始めた。俺はその背に弾丸を放ち、二体とも死体に変えた。

「毒島さん。槍、拾っておいてください。たぶん使えるんで」

「お、おう……」

 戦いに参加しろとは言わない。自衛のために役立つだろうと思っただけだ。実際、俺はかなりこの槍に助けられた。


 *


 帰路は順調だった。

 強盗に追跡されている気配もない。きっとあいつも、あまり家から離れたくないんだろう。なにせ安定的にメシを確保でき、しかも劣情を解消できる場なのだ。本人にとっては天国のような場所に違いない。


 家には昼過ぎについた。

 最初に出迎えてくれたのは白蛇だ。これには毒島がひっくり返った。続いてダッシュしてきた小梅が「おかえりっ」と抱きついて来て、やや遅れて鈴蘭も身を寄せてきた。

「お帰りなさい、あなた」

「ただいま。もう回復したんだ?」

「はい、おかげさまで」

 鈴蘭はにこりと柔和な笑みを浮かべている。

 四肢が完全に再生している。

 ここ数日は小梅のメシを独占できたはずだから、治りが早まったのかもしれない。


 毒島は目を丸くしている。

「なんだおめー、三人も囲ってたのか……」

「いろいろあって助け合ってるんですよ」

 すると鈴蘭は笑顔をキープしつつも、どこか冷淡な態度で俺を見た。

「こちらのかた、頭にツノが見えるようですが」

「話せば長くなる」

「いえ、アノジさまからうかがっております」

「……」

 わざとか。まあ前回、面白くない思いをしたはずだから、毒島には悪い印象しかないのだろう。

 その毒島は空気を読まない。

「これから世話になるぜ、天女のねーちゃんよ」

「ええ。地下に部屋が用意してございます。ご案内しますね」

「おう」

 地下牢に住ませる気か。

 まあお似合いっちゃお似合いだが。


 俺は周囲を見回し、あらためて鈴蘭に尋ねた。

「権兵衛さんは? また畑に?」

「いえ、急な呼び出しがあって、里帰りに……」

「里帰り!?」

 無敵の主戦力が不在とは。

 かさねはこの家から離れないだろうし。

 こうなると、鈴蘭に同行を頼むしかなさそうか。


 ふと、鈴蘭が、今度は龍胆へ近づいた。

「旅の途中、間違いは起こしてないでしょうね」

 空気がピンと張り詰めた。

 龍胆は即座に半目。

「間違い、とは?」

「夫には触れていないでしょうね?」

「触れるくらいはしましたが、なにかいけませんでしたか?」

「どう触れたのです?」

「それは共同生活ですから、最低限の接触は避けられないでしょうね。毛布の数も足りませんでしたし」

「まさか同衾したのですか!? この泥棒猫! 恥を知りなさい!」

「ちょちょちょ、なにやって……」

 鈴蘭はいきなり掴みかかったかと思うと、龍胆の羽衣をひんむかんばかりに引っ張り始めた。おかげでするりと肩が出てしまったが、龍胆の抵抗でそれ以上は露出せずに済んだ。

 俺はとっさに割って入った。

「待った! ちょっと待った! すずさん、離して! いろいろ危ないから!」

 小梅も「姉さまやめて!」と金切り声だ。

「あら、失礼。ついカッとなって」

 鈴蘭は素直に手を離したものの、へたり込んだ龍胆をとんでもない目つきで見下ろしている。まるで狂犬だ。再会して数秒で修羅場とは……。


 これには毒島もドン引きしているし、義母も関わりたくないとばかりにどこかへ行ってしまった。こういうときだけヘビになりきりやがって。


 俺は不憫な龍胆に代わって、鈴蘭に抗議した。

「すずさん、頼むよ。これから一緒に旅するんだからさ」

「ええ。ですので、アレがアレする前にやめました。なにか問題でも?」

「問題だね。もしまた同じことを繰り返すようなら、君のことは連れていけないぞ」

 すると彼女は不服そうに片眉をつりあげた。

「愛する嫁であるこの私を捨てると? ヤリ捨てにすると?」

「そうだよ。ヤリ捨てにするよ」

「……」

 彼女はしばし無言であったかと思うと、反論もせず、くるりときびすを返して母屋へと引き返してしまった。


 ヘタをすると強盗との交戦より緊張したのだが……。

 心がぶっ壊れ過ぎている。一緒に連れて行って大丈夫なんだろうか。


(続く)

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