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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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27/56

旧時代の記憶

 毒島はシチューを一気に飲み干し、手の甲で口を拭った。

「へへ、やっぱうめぇや。いままで食ったメシの中で一番うめぇ」

 この意見には同意してもいい。

 俺はしゃがみ込み、目線を合わせた。

「で、その強盗ってのはどこから来たんです?」

「知るかよ。ここらは長いことずっと安全だったんだ。餓鬼だって来やしねぇ。だから遠路はるばるお越しになったんだろう。呼んでもねぇのによ」

「そして案内人も連れ去られた、と……」

「言うなよ」

 しょげてしまった。

 よほどショックだったらしい。まあ分からんでもないが。

「事実関係を確認しないと、再発を防止できないでしょ。まだその辺をうろついてるかもしれないし」

「もしそうだとして、なんだっつーんだよ。ショットガンでも死なねぇんだぞ? なにができるっつーんだよ?」

「殺せなくても、行動不能にはできるでしょう。穴に埋めるとか、紐で縛るとか」

「それだ!」

 毒島は目を見開いた。

 誰でも思いつくようなことだが、冷静でないときには、こんなことさえ考えられなくなることがある。いきなり袋叩きにされて案内人を連れ去られ、メシも食えず餓鬼になりそうなときは特に。

「強盗の特徴をできる限り詳しく教えてください。死なないってのは、どういう感じなんです? バリアで銃弾が防がれるとか、あるいは銃弾が体を通り抜けてしまうとか」

「いや、普通に直撃したんだ。脇腹が内臓をえぐりながら吹っ飛んでよ。汚ぇなって思ってたら、いきなり復活しやがって」

「復活?」

「なんだか分からねぇが、いつの間にか元通りになってたんだ。あいつぁ人間じゃねーよ」

 ただでさえ餓鬼やら外来種やらに対処せねばならんのに、そんな理不尽なやつまで出てくるとは……。

 俺はさらに尋ねた。

「なにか特別な攻撃は?」

「特別? いやねぇよ。急にぶん殴ってきやがってよ。すげぇ痛ぇんだぞ? 死ぬかと思ったぜ」

 だがヤツは毒島を殺さなかった。餓えたままにし、餓鬼にするためだ。つまり餓えた人間が餓鬼になることを知っているのだ。

 傷を無効化することができ、身体能力が高く、若い、というのがこれまでに判明した強盗のデータだ。いや、なにも分かっていないに等しいが。


 俺は立ち上がり、龍胆に尋ねた。

「ロープはあったよね? もし遭遇したときのため、捕縛の準備をしておいたほうがいいかもしれない」

「捕縛……。しかし、段取りは……」

「それだな」

 彼女の指摘通り、ロープをもってうろうろしても意味がない。

 常識の通じる相手であれば、数にモノを言わせて袋叩きにしてから捕縛、という流れも有効だろう。しかしそもそも袋叩きにできないのだ。健康な状態の相手を、そのまま捕縛しなければならない。

 刺又さすまたや捕獲用の網でもあればいいのだが、そんな便利グッズは持っていない。鳥を捕まえるための網を権兵衛が持っていた気がするが、いまこの場にはない。

「分かった。準備も整ってないし、捕縛作戦はやめよう。もし遭遇したら、応戦しつつなんとか逃げ切るしかない。せめて逃げるのに役立ちそうなものは……」


 俺が頭を悩ませていると、コンコンと毒島がデスクを叩いた。ニヤニヤしている。

「なにか名案でも?」

「あるぜ。俺ぁよ、飲み終わった瓶を道に投げ捨てて、その割れる音を楽しむのを日課にしてたワケよ。で、あいつはそれを踏んづけた。そしたらどうなったと思う?」

「どうって? まあ、気分はよくないでしょうね……」

「気分? そりゃ最悪だろうぜ。痛ぇ痛ぇってわめき散らしてたからよ。つまりだ、ガラス片を踏ませりゃ、あいつは足を止める」

 ちゃんと痛覚は存在するということか。

 これは攻略のヒントになりそうだ。

 毒島は愉快そうに続けた。

「おっと、だからってわざわざ落ちてるガラス片を集める必要はねぇぜ。材料は山程あるからよ」

 デッキチェアの周囲には、まだ中身の入った酒瓶が並んでいた。まさか毒島は、敵に襲われてから割るつもりなのだろうか。

 彼は立ち上がり、気取った様子でジャケットに袖を通した。

「リヤカーに俺さまのコレクションを乗せるんだ。ひとつ残らずな。きっと役に立つぞ」

「全部? これ全部を? リヤカーに? いや、あれかなり重いんですけど……」

「俺も押してやるから」

「そもそも、ちゃんと投げる気あります? もったいないからって渋ったりしたら……」

「おいおい、この俺を誰だと思ってんだ? 毒島三郎さまだぞ? 酒の一本や二本、すぐ空にしてやるよ」

「空になる前に襲ってきたらどうするんです?」

「うるせぇな。心配すんなって。すぐ空にすっからよ」

 このクソ野郎!

 いや、ダメだ。いまは仲間を増やさねば。少しくらいの不条理は我慢せねば。

 冷静に、冷静に……。頭をフル回転させれば、なにか策が出てくるはずだ。えー、たとえばだな……。

「分かった。分かりましたよ。アルコールって燃えるでしょ? だから、火炎瓶を作るってのはどうです? 例の強盗だって、燃やされるのはイヤがるでしょ」

 すると毒島はぎょっとした顔になった。

「は? 火炎瓶? 正気か? 酒だぞ? 命の源だぞ? これ燃やすのか? お前、それ、自分の体に火をつけるようなもんだぞ」

「ひとり置き去りにされるよりマシなのでは?」

「てめぇ……」

「いやぁ、助け合いの精神って美しいですよねぇ。分かります? 助け『合い』ですよ。俺があんたを助けるなら、あんたも俺を助ける義理がある。ちっとは妥協してくださいよ」

 俺だって人格者じゃない。弱い自覚があるから、なるべく敵を作らぬよう行動しているだけだ。うまくいかなけりゃイラつきもする。

 毒島もきまり悪そうに目をそらした。

「分かったよ。投げる。あいつが踏むかどうかは保証できねーがな」

「それでいいんで、ちゃんと参加してくださいよ、ホント」

 正直なところ、酔っぱらいの投げた瓶が戦闘の役に立つとは思えない。しかし可能な範囲でいいからベストを尽くして欲しい。そうでなけりゃ、腰を痛めてまでこいつの酒を運ぶ俺が可哀想だ。


 *


 家に帰るまでが遠足だ。

 ほぼ無策のまま、俺たちは毒島をともなってビルを出た。酒瓶を満載にしたから、リヤカーは露骨に重くなっている。たぶんビールケースで二箱分はある。

「クソ、とんでもない重さだ……」

 しかも衰弱している毒島に代わって、運び出したのはほとんど俺だった。お人好しにも程がある。きっと死後はイヤでも天国に行くだろうな。毒島とはそこでお別れだ。

 その毒島、リヤカーを押すフリをしつつ、瓶からウイスキーをかっくらっている。

 アル中の叔父と重なって、憎々しい気持ちが湧き上がってきた。

「あのね、毒島さん。じつは俺の親戚にも、けっこうなアル……酒好きがいましてね」

「お、なんだ? 俺の祖先の話か?」

「そこらで酔っ払って迷惑かけるんで、地元じゃ有名だったんですよ」

「いいじゃねーか。悪名も名声だぜ」

「そのせいで、親戚みんな肩身の狭い思いしてましてね……。身内に迷惑かけてまで飲みたくなるもんなんですかねぇ、酒ってのは」

 すると毒島は、満面の笑みでリヤカーを叩いた。

「おう! その通りだ! 迷惑かけてまで飲みたくなるもんなんだよ! へへへ。よく分かってんじゃねーか、クソ野郎」

「……」

 これは頭をカチ割らないと治らないタイプだな。

 もちろんやらないが。

 俺は思わず溜め息をついた。

「俺にとって、この世界ってのは未来なんですよ。なにが起きたのか知りたくて来たのに、アテが外れましたよ」

「おいおい、そう落ち込むなよ。俺がついてんじゃねーか」

「あんたがそんなんだから落ち込んでるんですよ」


 *


 旅に出てからたいして経っていないのに、酒に酔った毒島が「疲れた」というので、商店街の道端で休憩にした。この調子じゃ、家につくのはだいぶ先になるだろう。

 まだ明るいから火は起こさない。

 こうして路上で溜まっていると、どうしたって住所不定の集団だ。


 毒島が「ふいー」と息を吐いた。

「しかしおめぇ、ペットにそんな薄着させて大丈夫なのか?」

 いまの龍胆は羽衣をまとっている。体を覆う面積はわりと多いのだが、生地が薄手だから半裸に見えなくもない。

 俺は咳払いをした。

「毒島さん、お行儀よくできないなら置いていきますよ。彼女はペットじゃない。案内人だ」

「そうかよ。だが、そんなカッコじゃ餓鬼に感づかれるぞ。あまったるいにおいを四六時中プンプンさせてんだからな」

 これには龍胆が反論した。

「ご心配なく。自分の身は自分で守れますので」

 剣を少し持ち上げて見せたその顔は、しかし不安げであった。

 きっと腹が立って言い返したくなったのだろう。戦闘になったらまた腰を抜かすかもしれないが。

 俺は話題を変えた。

「毒島さん、武器は扱えます?」

「ムリに決まってんだろ」

 即答だ。

 一秒も考えずに答えやがった。

「ショットガンは?」

「捨てたよ。弾がねぇんだ。仕方ねぇだろ」

「せめてなにかありませんか」

「そこまで言うならなんかよこせ。振り回してやるからよ」

 とはいえ、リヤカーには俺用の槍しか積んでいない。予備もナシ。この酔っぱらいには、酒瓶を握らせておくしかないのか。

「ツッタカツッタカ」

 会話が途切れたと思ったら、毒島は指先でドラムでも叩くような仕草で、めちゃくちゃなビートを刻み始めた。

「気楽でいいですね、酔っ払いってのは……」

「だったらおめーも飲めよ。このクソみてーな現実を直視しなくて済むぞ」

「いえ結構」

「ったく、ノリが悪ぃな。せっかくこの俺さまが旧時代の音楽を聞かせてやってたのによ」

「旧時代の? 俺が知ってる曲ですか?」

「YMOのライディーンだ。まあ知らねーだろーがな」

 いや待て。知ってる。しかし二十二世紀の酔っ払いがなぜその曲を。

 俺が黙ってると、毒島はまた「ツッタカツッタカ」やり始めた。


 さっきまで叔父をボロカスにこき下ろしていたが、個人的にはそんなに嫌いでもなかった。

 少なくとも、俺の音楽の先生ではあった。シンセサイザー音楽から、コンピューター・ミュージック、テクノポップ、テクノなど……。いろんな曲を聴かせてくれた。そういえば叔父の口癖は「ドラムンベースを『ムンベ』って略すヤツとは友達になるな」だった。


 毒島が勝手な歌詞をつけてヘタクソな歌を始めたので、俺は遮ってこう尋ねた。

「詳しいのはYMOだけ? ほかには?」

「いや、べつに詳しくねーよ。ちっと齧った程度でな。あの前後だと……そうだな、ガーション・キングスレイはどうだ?」

「どの曲かによります」

「どういう意味だよ?」

「ポップコーンか、バロック・ホウダウンか……」

「どっちも好きじゃいけねぇのか?」

「いえ、最高です」

 クソ野郎のクセしやがって、音楽の趣味だけ合うようだな。

 きょとんとしている龍胆には悪いが、俺はつい身を乗り出した。

「スティーヴ・ライヒは?」

「えーと、なんだっけ……。エレクトリック・カウンターポイントしか知らねーな」

「叔父さんと同じこと言ってる。毒島さん、まさか……」

「待て。俺には甥っ子なんていねーよ。だいいち兄弟さえいねーんだからな。そもそも、俺らそんなに歳も違わねーだろ。生まれた時代も違うしな」

 さすがに不気味そうな顔をしている。

 まあ他人の空似なんだろうけども。

 単にアル中でシンセ好きってだけで、同一人物とは限らない。そもそも顔が違うし、叔父さんには子供がいなかった。


 俺は深く呼吸をし、気持ちを落ち着けた。

「それにしても、未来の人間と趣味が合うとは思いませんでしたよ」

「俺らの時代、アシスタンスが自動で作曲してくれるんだ。とはいえ、元ネタは旧時代の音楽でな。そいつを探ってるうちに少しだけ詳しくなったんだ」

「なにかオススメはあります?」

 すると毒島は、冗談っぽく鼻で笑った。

「オススメ? あんたのほうが詳しいだろ。それに……」

「なんです?」

「どっちにしろ、もう聴くこともできねーんだ。言うだけ虚しいだろ」

「……」

 現実に引き戻しやがって。

 分かってる。どこを探したってCD屋なんて見つからなかった。きっと骨董品になってるか、あるいは美術館にでも収蔵されてるんだろう。ほとんどのサービスが「モノ」ではなく「データ」として提供されているから、インフラがなけりゃなにもできない。

 音楽が欲しけりゃ、自分たちで演奏するしかないのだ。毒島のヘタクソなヒューマンビートボックスのように。


(続く)

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