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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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26/56

情けは人の為ならず

 拾った枝で焚き火をつつきながら、俺は山吹に尋ねた。

「なあ、旅人ってのはなんなんだ?」

 さっき外来種からそうなのかと聞かれ、俺はイエスと答えた。これまでもちょくちょく出てきて、気になっていた言葉ではあったからだ。

 山吹はごまかすような顔になり、指先で縦ロールをもてあそんだ。

「それは……あなたの案内人から説明があったはずでは?」

「残念ながら、彼女は質問に答えないタイプらしくてな。いまいち要領を得ないままだ。断片的な情報から推察する限り、時代を超えて拉致された人間、という程度の意味なんだろうけども」

「そこまで分かっていれば十分かと」

「外来種に聞かれたんだ。『お前は旅人か』って。『そうだ』と答えたら、うんざり顔で飛び去って行ったよ。だから、なにか特殊な事情でもあるのかと思って」

 すると山吹も、さすがに難しそうな顔になった。

「そんなことが……」

「おかげみんなの命が助かったんだ。少しくらい情報をくれたっていいだろう」

「とはいえ、その件についてはまったく心当たりがないので……。いちど本庁へ戻って上に確認してきますわ」

「分かった」

 本庁とやらはあっちの世界にあるはずだから、俺は一緒には行けない。つまり彼女とはここで一旦お別れということになる。


 ややすると、水びたしのふたりが戻ってきた。

「あー疲れたっ」

 どっと腰を下ろす菖蒲。

 龍胆も半目ながらにこにこして焚き火の前へ来た。

 極度の緊張状態から開放されて、少しハイになっているのかもしれない。

 山吹が顔をしかめる。

「ふたりとも、はしゃぎすぎ。少しは人目をはばかることもおぼえたほうがよろしいのではなくて? これでは一人前の淑女とは呼べませんわ」

 すると菖蒲が悪い笑みを浮かべ、山吹の毛布を引っ張った。

「そんなこと言って! 山吹だって素っ裸じゃん!」

「ちょっとおやめなさい」

 危ないぞ。

 見えたら消されかねない。

 俺からも、やめるようお願いしたい。


 羽衣の裾をしぼりながら、龍胆がほほえみかけてきた。

「玉田さんには、また助けられてしまいましたね」

「互いに助け合うのは当然のことだよ」

「けど私は、一方的に助けられてばかり」

 しかしくよくよしている様子ではない。なんだか妖しい笑みを浮かべている。

 俺は目をそらし、また火をいじり始めた。

「いや、俺だって助けられてる。そもそも今回の旅にしたって、ひとりじゃ決行できなかった。君が回復してくれたおかげだ」

「それでも私のほうがお世話になっていると思います。できれば恩返ししたいのですが、あいにく私にはこの体しかありません……」

 交尾の予感がする!

 山吹も菖蒲も「またか」という顔だ。

 いや、待て。俺にはおけけの呪いが……。


 しばしの休息ののち、俺たちはマンションへと戻った。

 餓鬼が手をつける前に、外来種の死骸を処理しなければならない。これは天女たちがやる。例の石で火をつけてまわるのだ。

 彼女たちが念じると、死骸は勢いよく燃えた。

 というか燃えすぎて、俺たちが使っていた部屋から火災にまで発展してしまったが、もはやそうするほかなかった。

 もうもうと黒煙が立ち上り、なんとも言えない獣臭があたりに蔓延した。

 こんなに激しく燃えているのに、消防車さえ来ない。本当に人類は滅んだのだと思い知らされる。


 もろもろの残務処理で日が暮れてしまったので、少し離れた別のマンションに入り込んだ。こっちは五階建て。完全に日が沈む前に床を掃き、寝床を確保した。

 四人でテーブルを囲み、俺たちは空の暗くなるのをじっと見つめた。

 ここではほかにすることがない。


「明日からは別行動ですわね」

 山吹が不意にそんなことをつぶやいた。

 彼女たちは帰郷する。俺たちは毒島に会いに行く。それはすでに確認してある。

 山吹は物憂げな表情で、俺を見つめてきた。

「人間に会って、どうするつもりなのです?」

「話を聞くんだ」

「どんな?」

「この世界のこと。俺のいた二十一世紀から、少なくとも四百年は経過してる。だから、その間に起きたことを聞きたいんだ」

「聞いてどうなさるの?」

「満足するんだ」

 ほかに答えようがない。こっちは知的好奇心を満たしたいだけなのだから。

 暇さえあればネットにアクセスしていた生活から、いきなりオフライン環境にぶち込まれたのだ。寂しくなるのは当然だろう。

 山吹は納得していない。

「あまり重要なこととは思えませんわね」

「そうかもしれない。しかしほかにすることもないんだ。相対的に、それが重要なことになってしまう」

「そんなことより、わたくしたちと一緒に来るというお考えにはなりませんの?」

 これには菖蒲が目を見開いた。

「ちょっと山吹、マズいって。人間なんか連れてったら怒られるっしょ」

「いえ、ですから祠の前で待っていただいて……」

 それで報告した結果を教えてくれるつもりか。

 正直、興味はあるが、知りたい情報を彼女たちがくれるという確証もない。なにかにつけて秘密主義のようだからな。

 俺は素直に告げた。

「悪いが、あまり時間がない。帰りを待ってる人たちもいるし」

「少しくらい延期できませんの?」

「迷惑をかけたくない。今回の旅だって、ワガママ言って出してもらったんだ」

 すると山吹は深い溜め息をついた。

「そうですの……。では、本当にここでお別れですのね」

「生きてりゃまた会うこともあるだろう」

「寿命の短い人間に言われても説得力がありませんわ」

 お互い、今日死んでてもおかしくなかったのだ。寿命のことは言いっこなしでお願いしたい。


 その晩、ふたつの毛布を使い、四人で密着しての就寝となった。

 といっても俺は端っこで、となりにいるのは龍胆だけ。

 みんな一緒に戦った仲間たちだ。別れが惜しくないといえばウソになる。しかし俺には俺の用事があるし、彼女たちにも彼女たちの用事がある。

 道は交わることもあれば、別れることもあろう。


 *


 翌朝、ドアの外に餓鬼がいるということもなく、無事に外へ出られた。

 音もない、瓦礫まみれの道路だ。

 空はいつものように白いだけ。天気は曇り。

「では、わたくしどもはここで。また近いうちにお会いしましょう」

 山吹が膝を曲げて辞儀をすると、菖蒲も「元気でね」と手を振ってくれた。

「また会おう」

 俺も手を上げて挨拶する。龍胆も頭をさげた。


 山吹の肩の傷はふさがっていたが、完治したとまでは言いがたかった。休養をかねて帰郷するのもいいだろう。

 俺たちもとっとと毒島を見つけ出し、話を聞いて帰るつもりだ。

 旅に出てからすでに二日も経過している。当初の予定では、すでに用を終えて引き上げているはずだった。あまり時間をかけすぎると、権兵衛が動き出してしまう。


 俺は踏ん張ってリヤカーを引きつつ、都心を目指した。

 龍胆も後ろから押してくれる。

「荒川がある。あれを超えたらすぐだよ」

「はい」

 橋は崩れていない。さすがに俺の時代に建造されたものではないと思うが。まあ頑丈に作られている。橋名板には「ARAKAWA BRIDGE 12」としか書かれていない。でもこれ、ローマ字じゃなくて英語だよな……。


 餓鬼に遭遇することなく、昼過ぎには目当てのエリアについた。

 といってもビルと瓦礫だらけで、どの建物だったかは正確に思い出せないが。まあ歩いていれば見つかるだろう。ちょっと奥まった場所にある、雑居ビル群のひとつだったはずだ。

「ちょっと休憩」

 路地裏にリヤカーを停め、兵糧丸を取り出そうとポケットをあさっていると、龍胆が近づいてきた。

「お食事ですか?」

「うん」

「ではどうぞ」

 んっとうめいて唇を重ねてきた。あまくて濃厚な味わいが口の中に広がり、すっと消え去った。不意打ちだったから、こちらもさらに吸い出そうとしてしまった。

 彼女は少し遠慮がちにうめいて、もうひとくちくれた。

 疲れているときに食べるチョコレートのような、甘露のように思えた。

 頬をなでると、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。さらに吸い出そうとすると、彼女も応じてくれた。鼻の奥から甲高い声を出すから、どうしようもなく気持ちが高ぶってくる。

 コツッと、なにか小さな物音がした。

 瓦礫でも降ってきたのだろうか。まさかビルが倒壊するのか。いま両脇をビルに囲まれている。そのどちらが倒れてきても大変なことになる。

 また音が鳴った。が、俺は見た。小石が降ってきたのは間違いないが、放物線を描いていた。あきらかに自由落下ではない。誰かが投げている。

 こちらが身構えるのと同時、そいつから声が来た。

「おいてめーら! いちゃいちゃしてねーで早く入ってこい! ぶっ殺すぞ!」

「……」

 忘れもしない毒島三郎の声だ。

 そういえば通路に割れた瓶が散乱している。彼が「展望台」から投げ捨てたものだろう。期せずして彼の住居へ到着していたというわけだ。

「いま行きます」

「おういますぐ来い!」

 また酔っ払ってるんだろうか。

 いきなり仕掛けてきたりしないだろうな。


 薄暗いエントランスには人の気配がなかった。頭から布をかぶった案内人の女もいない。お出かけ中だろうか。それとも愛想尽かされて逃げられたか。

 俺は念のため槍を手にし、龍胆にも警戒するよう促した。


 物陰からの奇襲を警戒しつつ、崩れかけた階段をあがる。

 壁の崩落した三階「展望台」へ到着。

 しかしご自慢のデッキチェアにふんぞり返っているはずの毒島は、なぜかデスクの下に隠れていた。それもスーツのジャケットを頭からかぶって。

「どうしました? 避難訓練でも?」

 すると彼は飛び上がりそうになり、デスクの引き出しに頭をぶつけた。

「バッ、てめー、いやあんた、なんで武器持ってんの? あぶねーでしょうが……」

「自衛のためですよ。なにかあったんですか?」

 すると毒島は、やけにギラついた目でこちらを睨みつけてきた。

「あったもなにもあるかよ! あったんだよ!」

「詳細を」

「ふざけんなてめー! あんな惨めなこと俺に言わせんのか? おかげで俺ぁ……。クソ、腹減ったぜ……。メシくれよ」

 デスクの下にいるからよく見えないが、ひどくやつれている。それに、なんだか一回り小さくなったような。まさか餓鬼になってないだろうな。

 俺が兵糧丸を差し出すと、毒島はかっさらうようにして貪りはじめた。

「うがっ! なんだこれ! かてぇ!」

「ちょっとずつ歯で削って食ってください」

「こんなの食えるか! 女だ! 女のをよこせ!」

 あろうことか毒島は、兵糧丸を床に吐き捨てやがった。蹴り飛ばしてやりたい。

 が、ぐっと我慢し、俺は落ちていた鍋を拾い上げた。

「龍胆さん、悪いんだけど、少しここにもらえるかな」

「分かりました」

 すると彼女は鍋を受け取り、げぼげぼとシチューを出した。やや不服そうな表情だったが、気持ちは俺も同じだ。衣食足りて礼節を知るともいうので、ひとまずメシをくれてやりたいと思う。

 鍋を出しだすと、毒島はごくごくと一気に飲み干した。

「ひゃあ! うめぇ! もう一杯くれ!」

「その前に、俺の質問に答えちゃくれませんか」

「なんだ質問って? あ? おめー、そういえば前に見たことあんな……」

 分かってて招き入れたんじゃないのか。

 見知らぬ人間に助けを求めるとは、よほど困窮していたものと見える。

「玉田健太郎ですよ」

「タマ……? おう! そうだ! タマケンだ! 久しぶりだな! でもおめー、ペットが一匹足りねぇんじゃねーか?」

「家に置いてきました。それで、なにがあったんです? 教えてくれたらおかわりを提供しますよ」

 すると毒島は、しょげたようにうつむいてしまった。

「だからよぅ、強盗にあったんだよ」

「強盗?」

「いきなりふらっと現れやがったんだ。何発もショットガンをぶち込んだのに、ちっとも死ななくてよ。しまいにゃ撫子まで連れてかれちまった」

 本当なのか?

 ショットガンで撃たれても死なない強盗? 案内人に逃げられたのを素直に受け入れられなくて、ウソついてるんじゃなかろうな。

「人数は?」

「ひとりだ。若い男でよ。ずっとニヤニヤして気味の悪い野郎だったぜ。人のことさんざんぶん殴ってから、目の前で撫子をヤりやがって……。それで、こう言うんだ。お前のことは殺さない。その代わり、餓鬼になれって。実際、もうなりかけてる」

 毒島は渋々といった様子でジャケットから頭部を覗かせた。小さなツノが生えている。

 彼の言っていることは事実かもしれない。

 毒島はずるずると這い出してきた。

「な、頼む! 俺も一緒に連れてってくれ! このままじゃホントに餓鬼になっちまう!」

「いやぁ、けど、俺の家じゃないしなぁ……」

「はっ? お前の家じゃない? ならいいじゃねーか!」

「なにがどういいんですか? 毒島さん、お行儀よくできます?」

「バカヤロウ! お行儀よくなんてできるかよ! こっちはアルコール中毒さまだぞ!」

「……」

 堂々と言うんじゃない。

 それに、アル中だってシラフのときはまともなのもいる。この男はアル中云々の前に素行が悪い。

 俺は空になった鍋を手に取り、ふたたび龍胆に差し出した。

「悪いけど、もう一杯頼むよ」

「はい」

 彼女は一言も反論せず、要求に応じてくれた。内心どう思っているかは不明だが。ずっと半目なところから察するしかない。

 またメシがもらえると分かった毒島は、下卑た笑みを浮かべている。

 貧すれば鈍すとはよく言ったものだ。

 いや、俺だって安全圏から偉そうに言ってる場合じゃない。もしまだその強盗がこの付近にいるなら、俺が同じ目に遭ってもおかしくないのだ。

 毒島に恩を売るだけ売って、可能な限りの情報を引き出しておかねば。


(続く)

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