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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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ノーコンテスト

 まだ状況を理解していない龍胆は、壁にしがみつきながら不安げにこちらを見ている。

 俺は無言のまま向きを変え、彼女を薄暗い風呂場へ案内した。

「しばらくここにいてくれ。内側から鍵がかかる」

「えっ? あの、玉田さんはどちらへ……」

「外の安全を確保したらすぐ戻る」

 有無を言わさず彼女を押し込み、ドアを閉めた。電気がないからかなり暗いが、我慢してくれ。


 鎧にゆるみがないか点検しつつリビングへ戻り、槍を拾って玄関まで戻った。山吹と菖蒲は問題なく戦っていた。あとは俺がうまくやるだけだ。

 ドアを開けば、おそらく餓鬼がひしめき合っている。


 絶望なんてしちゃいない。

 むしろ神に感謝したいくらいだ。いや天だったか。どっちでもいい。

 完全武装した状態で、好きなだけあいつらに報復できる。人をさらって手足をもいではいけません、という、小学生でも分かる理屈を再教育してやる。


 強めにドアを開くと、入り口付近の餓鬼がぶつかって廊下に転がった。

 ざっと十数名といったところか。

 俺は転倒した餓鬼に槍を突き立て、彼らにこう挨拶した。

「待たせたな。始めよう」

「……」

 誰だこいつ、という顔をしている。女のにおいにつられて来たんだ。女が出てくるとでも思ったのだろう。悪いが俺もいる。

 のたうっている一匹目から槍を引き抜き、粘ついた血液が糸を引いたまま、手近なもう一匹の喉を貫いた。そいつは声をあげることなく即死。槍を引き抜くと、手前へ膝から崩れ落ちた。

「殺セ! 殺セ!」

 状況を理解したらしい餓鬼がわめき出すと、残りの連中も同様の大合唱。協調性だけはあるようだ。

 俺は槍を振るい、さらに餓鬼を貫いた。ちゃんと狙えば、急所に刺さる。するともうそいつは戦えなくなる。冷静にやってみれば、じつにシンプルな話だった。

 両脇から衝撃が来て、胴鎧の表面を餓鬼の刃が滑った。かすかにノコギリで削られるような嫌な音がしたが。とにかく凌いだ。俺自身は無傷。

 踏み込んで右側のやつに肘鉄を食らわせ、立て続けに左側のやつを槍で狙った。しかし流れるような連撃、というわけにはいかず、肩口を軽く裂いただけで致命傷は与えられなかった。

 鎧が頑丈なのはいいが、重たくて遠心力に振り回されてしまう。機敏に戦うのではなく、要塞のように鈍重にやるしかないようだ。

 肘鉄をかました餓鬼が顔をおさえたままうずくまっていたので、石突でさらに打ち据えた。


 まだ十匹近くいる。

「殺セ! 殺セ!」

 ずっと威勢のいい掛け声だけは続いているが、警戒していつまでも踏み込んでこない。あるいは逃げるタイミングをうかがっているのかもしれない。

 まあ、それもそうだ。連中の主目的は天女を誘拐することであって、俺のような人間と戦うことではないのだから。

 だが彼らの都合は関係ない。旅の安全のため、一匹でも多く駆除させてもらう。もとが人間だろうが知ったことか。


 俺は歩を進め、餓鬼との距離をつめた。餓鬼は退く。しかしこのクソ狭い廊下で、退くにも限度ってものがある。餓鬼はすぐさま鉄柵に退路を断たれた。俺は手近な一匹をそのまま串刺しにした。

 体組織を裂く感覚にも慣れてきた。痛そうとも思わない。ずっと頭の中で思い描いていた光景が、眼前でそのまま繰り返されているに過ぎない。

 なかば作業のようだ。


 逃げ出そうとした一匹が、仲間の死体につまずいて転倒した。受け身もとれずに頭を打ったようだ。俺はその背に近づき、ズブリと一突き。

 全員が即死できるわけじゃない。傷口から血液を垂れ流しながら、いつまでも苦しそうにうめいているのもいる。だがトドメを刺してやったりはしない。余計な配慮をするくらいなら、立ってるのを一匹でも多く刺したほうがいい。


 しばらくすると、すべてが血の海に沈んだ。

 きちんと準備さえしていれば、こうして無傷で終わらせることができる。

 俺は壁際に背を預け、一息つき、すぐさま前かがみになって胃の中のものをビチャビチャと吐き出した。いったいなににムカついたのかは自分でも分からない。緊張していたのか、血を見すぎたせいか。心のどこかで拒絶があったのかもしれない。

 だがまあ、無傷のまま生きているだけマシだ。ゲロで済んでよかった。


 呼吸を繰り返していると、室内が騒がしいことに気づいた。女がなにかを叫んでいる。

「ねえ、人間! 助けて! 山吹が!」

 菖蒲の声だ。

 俺は身を起こし、リビングへ駆け込んだ。


 死屍累々というほどではないが、何匹かの侵入を許し、それらが死体となって転がっていた。立っているのは三匹。

 床には肩口から出血した山吹の姿もある。

 菖蒲は冷蔵庫に隠れて応戦中。

 一匹が山吹へ近付こうとしたので、俺は踏み込んで腹のど真ん中を貫いた。青い前掛けをしている。そいつは目を見開き、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 彼らは普段、青と白のチームに別れて戦っている。いまはその両チームが俺たちの敵だ。何色だろうが構わず刺していい。

 俺は穂先を左右に振って威嚇しつつ、山吹をかばうように前面に立った。

 菖蒲は泣き出しそうな顔で発砲を繰り返している。

「お願い、人間! 山吹を助けて!」

「そのために来た。俺が威嚇してる間に、彼女を連れて逃げてくれ」

「人間は?」

「あとで向かう」

 いや、ちょっとカッコつけすぎたかもしれないな。リビングには二匹だけだが、ベランダには六匹もいるし、外に浮いているのも数え切れないほどいる。さすがに全員は相手にできない。

 それになんだか、槍がミシミシいっている。だいぶ前に餓鬼からぶんどったのを使っているから、そろそろガタが来たかもしれない。

「風呂場に龍胆がいる。あの子も一緒に連れてってやってくれ」

「うん」

 菖蒲は山吹を引きずってリビングをあとにした。床には剣と刀が転がっている。これを回収するのは、戦いが終わってからになるだろう。


「Who are you?」

 青い前掛けの外来種から、聞き取りやすい英語が飛んできた。

 というよりこいつら、会話できたのか。

 俺は咳払いをし、こう応じた。

「マイ・ネーム・イズ・ケンタロー・タマーダ」

「……」

 返事ナシ。

 なんだ? 星座と血液型も教えてやったほうがよかったか? それとも、アル中の叔父さんが親戚に迷惑かけまくったエピソードが聞きたいと? しかし悪いが、あとはハローとファックくらいしか英語を知らない。誤解なく説明するのは難しいだろう。

「Are you a traveler?」

「あんだって?」

「Are you a traveler?」

 二度目はゆっくり言ってくれたので、なんとか理解できた。旅人かどうかを聞かれている。声が甲高いが、それでも少年か少女かは分からない。

「イエス、アイアム!」

「Oh, God……」

 顔をしかめてしまった。

 なにがオー・ゴッドだよ。苦情があるならそのゴッドとやらに言って欲しいもんだ。こっちはなんらの変哲もない人間なんだからな。

 すると彼らは互いに目配せしたかと思うと、露骨につまらなそうな表情になり、こちらに背を向けて次々飛び去ってしまった。

 あれだけの戦闘狂が、こうもアッサリと……。俺さまの御威光におそれをなして逃げ去ったというわけか。やむをえんな。


 リビングが安全になったので、俺は玄関へ向かった。

 そこではへたり込んだ菖蒲が、しゃくりあげるように呼吸を繰り返していた。

「に、人間……餓鬼が……」

「まだいるのか?」

「死んでる……」

 そういえば説明してなかったな。そんな時間もなかったし。

「ドアの外に溜まってたから、まとめて始末したんだ。先に言っておくべきだったな」

「あんたがやったの?」

「ああ」

 俺は返事をしつつ、外を再確認した。どの餓鬼も戦闘不能のまま。放っておけば死ぬ状態だ。危険はない。

「リビングのもみんな帰ってったぜ。俺が旅人だって言ったら……」

「えっ? あんた、あいつらの言葉分かるの?」

「かろうじてだけど」

「凄い……」

 いや、彼らがわざわざ中学生レベルの英語で話しかけてくれたおかげだ。

 しかし英語とはな。

 ああいう連中はラテン語でも喋りそうなもんだが。こっちのレベルに合わせてくれたのかもしれない。


 山吹は肩を抑えてうずくまったまま。

 龍胆は風呂場から顔だけ覗かせている。

 戦闘を継続できるような状況ではない。まあ仮に継続できたとして、あんなふうに飛んでいったものを追うのは難しいが。

「で、どうするんだ? 作戦完了ってことでいいのかな?」

「うん……」

「彼女の傷は? なにか手当ての方法が?」

「私がごはんあげる」

 すると菖蒲は山吹の頭を抱きかかえ、そっと唇を重ねた。そこまではいい。しかし次の瞬間、「んげえっ」と汚らしい声とともにメシを流し込み、山吹は飲みきれずに口から溢れさせてしまった。

 上からゲロを浴びせる虐待にしか見えない……。

 山吹もゲホゲホと咳き込む始末。

「まっず……」

「ダメだよ、山吹! ちゃんと飲み込んで!」

「いえ、もう十分ですわ……。というより、なんだかわたくしも吐きそ……おろろっ」

 ついに山吹も顔をそむけ、げろげろとシチューを吐いた。いや、シチューというよりは、異物の混入した汚水にしか見えない。

 じつに食欲が失せる。

 せっかく薄手の羽衣をまとった半裸の少女たちが唇を重ねたのに、絵面が汚すぎる。

 蛇口をひねっても水なんて出ないから、川で水浴びしてもらうほかないな。


 *


 というわけで、河原へピクニックに来た。

 こっちも返り血でベトベトだ。手入れしないと鎧が錆びてしまう。


 焚き火を作り、交代で水を使った。

 手負いの山吹だけは川へ入らず、体を拭いただけで済ませた。いまは毛布をまとってうずくまっている。

 菖蒲と龍胆が羽衣の洗濯を始めたから、いま火を囲んでいるのは俺と山吹だけだ。

「どうやら、あなたの意見が正しかったようですわね」

 ふと、山吹が自嘲気味にそんなことを言った。

「マンションを使うって話か? ま、それでも逃げられちまったけど」

「それでも全員、生き延びることができましたわ。わたくし、自分で思っていたほど強くなかったみたい……」

「それが分かっただけでも大収穫だ」

「ええ。生きているから、次回に活かすこともできますし」

 数匹を正面から相手にしただけでも、攻撃を回避できなかったのだ。もっと大勢に囲まれていたら命はなかっただろう。

 彼女はかすかに嘆息した。

「いまさらではありますが、数々の非礼をお詫びしますわ。もし菖蒲さんとふたりで始めていたら、いまごろは……」

「いや、いいんだ。俺たちも勉強になった。マンションだけじゃ限界があった。餓鬼まで誘い込んじまったし」

「あなた、思ったより勇敢でしたわね」

「鎧を用立ててくれた人がいてね。その人から勇気をもらったんだ。戦い方もね」

「きっと素敵なかたですのね」

 権兵衛には感謝してもしきれない。

 しかしこうも思う。

 不自然なほどに親切すぎる、と。人の親切は素直に受け入れるべきかもしれないが。「娘が連れてきた男」という理由だけでは納得できない、なにか異様なものを感じるのだ。

 いや、俺をハメようとしてるわけじゃないだろう。龍胆へも等しく親切だった。山姥やまんばのように旅人を食うわけでもなさそうだし。だったらなおさら、なぜああも過剰に親切なのか理解できない。ただの性格だろうか。

 娘を救うべく餓鬼を叩き殺していたとき、彼は感情を失ったロボットのようだった。

 本性を表に出さぬよう、徹底して自分を殺しているように見えることもある。勘ぐりすぎかもしれないが。


 まあそれはいいんだが、菖蒲と龍胆が川ではしゃぎまくっていて、とんでもなく目によくない。ただでさえこっちは戦闘で高ぶっているのだ。あんなに裾をまくりあげて水びたしになっているのを見ると、気持ちがざわざわしてくる。

 山吹が不快そうに眉をひそめた。

「ちょっと、なに見てますの? せっかくいい話をしてましたのに。やっぱり男は野蛮で愚かですわ……」

「……」

 見てただけなのに、ひどい言いぐさだ! 撤回を要求する!


(続く)

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