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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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23/56

鉄筋コンクリートの要塞

 というわけで、廃墟と化したマンションへやって来た。

 俺たちが足を踏み入れたのは七階の一室。

 経年劣化で内装はボロボロだが、崩落などはしておらず、堅牢に見える。要塞としては申し分ない。


 なのだが、山吹はいぶかしげな表情でこちらを見ている。

「これは人間たちの遺跡? まさか、こんなところにこもって外来種と戦うつもりですの?」

「その『まさか』だよ。敵は空を飛ぶんだ。その機動力を殺すためには、ここに誘い込むしかない」

「狭苦しい場所ですわ」

「あいつら好戦的だから、ちょっかい出せばすぐになだれ込んでくるはずだ。槍を構えていれば、自分から刺さりに来る」

 我ながら都合のよすぎる説明だとは思うが、ひらけた野っ原で仕掛けるよりは何倍もマシだろう。

 山吹は縦ロールを指でいじりつつ、ふっと鼻で笑った。

「短絡的に思えますわ」

「じゃ、あんたは外で戦っていい。俺はここでやる」

 すると山吹が反論するより先に、ピンク髪の少女が弱気な態度を見せた。

「ね、山吹、あたしらもここでやろうよ? こいつの言ってること、たぶん正しいよ」

 彼女の得物は銃剣だ。俺の作戦にはピタリとハマる。

 山吹はしかし首肯しない。

菖蒲あやめさん、あなた、人間の使い古しなんぞに頼るつもりですの? 我らの大地を外敵から守ろうという天人の気概は?」

「けどあたし、あんま速いやつ撃てないしさ」

「速いからなんなのです!? 日頃の鍛錬をおこたるから、いざというときに困るのですよ」

「なんでそんなこと言うの? そりゃ山吹は強いからいいかもしんないけどさ……」

 このやり取りだけ見ても、山吹がリーダーの器でないことが分かる。


 強いやつが自分を基準に作戦を立てると、仲間がついていけずに作戦そのものが瓦解する。だからチーム単位で行動するならば、能力の低いものにレベルを合わせるべきなのだ。それが嫌なら別チームに分けるしかない。

 とはいえ、この少人数を分割すれば、途端に「個人戦」になってしまう。もはやチームではない。やりたいヤツだけ勝手にやってろという話になる。あくまでチームで戦いたいのであれば、誰にでも実行可能な内容にすべきだ。

 つまり、トーシロの俺にレベルを合わせるべきだ。そうでないと、おそらく死者が出る。


 いまにも反論しそうな山吹を差し置き、俺は脇から口を挟んだ。

「彼女の言う通りだ。あんたは強いからいいんだろう。活躍して生き残るかもしれない。だが、ムリを通せば仲間が死ぬぞ。言い換えれば、あんたの傲慢が仲間を殺すんだ。それで平気なツラをしていられるのか?」

 すると彼女は、さすがにムッとなって眉をひそめた。

「いま、なんと?」

「簡単な話だ。あんたの基準でやれば、ついていけないものは死ぬ。これは個人戦じゃないんだ。それぞれの能力を見て、適切に運用する必要がある。これが理解できないのなら、ひとりで勝手にやってくれ。付き合わされるほうは迷惑でしかない」

「なにを勝手なことを! 菖蒲さんのことはわたくしが守りますわ!」

「どうやって守る? 敵は無尽蔵に光の矢を撃ち込んでくるんだ。まわりを囲まれて一斉に撃たれたら、刀一本じゃ守りきれないぞ。いや、彼女だけじゃない。もし仲間だと思うなら、俺たちのことも守ってもらわなきゃ困る。できるのか?」

 おそらく彼女は道場かなにかで鍛えたんだろう。一対一なら強い。だが、敵味方入り乱れての混戦を想定さえしていない。どうせ「刀でバッサバッサやれば勝てる」くらいに考えているはずだ。

 実際、彼女は勝てるかもしれない。その代わり、彼女以外は死体となる。

 さすがの山吹もしゅんとした表情を見せた。

「隠れてコソコソ戦うなど、剣士のすることでは……」

「あんたの誇りは尊重する。腕前もな。ただ、いざ事を構える以上、手は抜けない。この壁は頑丈だ。あいつらの矢にも耐えられる。だから使うんだ。分かるか? 殺し合いなんだ。ズルかろうがなんだろうが、全員が生きて終われなかったらダメなんだよ」

「そんなの、わたくしだって分かってますわ。絶対にやらないとは言ってませんし……。そこまで言わずともいいではありませんの」

 理解はしていたが、素直にうなずけなかっただけか。

 たしかに、こちらも押し付けがましくなってしまった。少々厳しい物言いだった。

「失礼。ムキになったことは謝るよ。ただ、仲間を失うのはどうしても避けたくて……。妥協したくなかった」


 鈴蘭が連れ去られたときのことを、いまでも思い出す。

 あのときの俺はなんらの策もなく、ただ手ぶらで、ぼうっと彼女の背を見送った。自分の命が惜しいばかりに。

 悔恨の念は、彼女を発見したときにも湧き上がった。手足を切り落とされて椅子に縛られ、腹を殴られてメシを吐かされていた。

 本当に許せない。自分が許せない。

 回復するからいいじゃないか、などとは到底思えなかった。

 あんなのは絶対に繰り返したくない。だから必要とあらば今後は戦うし、そうする以上は完全に勝利するつもりでいる。


 *


 さて、戦闘準備は整った。

 ガラス片などは掃き捨て、足場の安全を確保し、いつでも誘い込める状況。窓側にもタンスなどを設置し、バリケードを構築してある。

 埴輪のような黒い鎧も装着済みだ。クソ重いが、そのぶん頑丈であると信じたい。


 準備は万端なのだが、しかし外来種がいつ接近してくるかは不明のままだった。

 俺は焦げたソファに腰をおろし、山吹に尋ねた。

「で、連中はいつ来るんだ?」

「おそらくは七日以内に」

「はっ?」

 七日……。長過ぎる。そんなに待っていたら、権兵衛が俺の救助に出発してしまうではないか。

 俺はさらにこう続けた。

「先に私的な用事を済ませてきてもいいかな? 行って帰ってくるだけなら一日かそこらで終わるから」

 すると山吹はジト目になり、うんざりと溜め息をついた。

「いまの話、聞いてませんでしたの? わたくしは七日以内と言ったのです。つまり、今日来るかもしれないし、明日来るかもしれないのです。その間、おとなしく待機しているべきですわ」

「分かったよ」

 俺は反論をあきらめ、代わりに兵糧丸をひと粒放った。これが今日の昼飯。


 それにしても、さきほどからずっと龍胆が黙り込んだままだ。まだ落ち込んでいるのか。

「どうしたの、龍胆さん。剣を飛ばされたのがそんなにショックだった?」

 すると彼女は、しょげたような顔でこくりとうなずいた。

「はい。研修はちゃんと受けていたのに、ちっともお役に立てませんでした。もしあれが実践だったらと思うと……」

 研修ねぇ。

 本を読んだだけとか、そういうレベルじゃないといいが……。


 山吹が不快そうに目だけを動かした。

「研修? あんなの基礎の基礎の基礎ですわ。わたくしの腕にかなうはずないでしょう」

 龍胆はもはや言い返す気力も失せているらしく、また素直にうなずいた。

「はい。動きがまったく見えませんでした」

「一朝一夕でできる技ではありませんわ。わたくし、毎日かかさず鍛錬してますの。けれども、あなたの態度はよろしくてよ。まずは相手の強さを認め、自分の未熟さを認めるところから剣の道は始まりますもの」

 なんの策もなく外来種と戦おうとしてたくせに、とんでもなく偉そうな口ぶりだ。

 いや、強いばかりに、策を練らなくなるのかもしれない。巨大なゾウが無防備であるように。

 そう考えると、俺は弱いからこそ常に助かる方法を探ってるってことになる。人間ってのは、やはりそうでなくちゃな。


 ふと、ピンク髪の少女がとなりに腰をおろした。名を菖蒲といったか。

「あのさ、もしかしてまだ怒ってたりする? だとしたらごめん。なんか、あんたらのこと勘違いしてたっていうか……」

「ありがちな誤解だ。気にしなくていい。俺も気にしない」

 態度を改めようとしている相手を責めたりはしない。

 いや、俺だって、決して冷静に大局を見て判断したわけじゃない。過去にこの手の言動で、火に油を注ぎまくってきた。その反省だ。愚者は経験に学ぶ、というやつだ。実際はまだちょっとムカついている。

 素直に受け取ったらしい彼女は、ほっとしたように息を吐いた。

「あ、自己紹介してなかったね。あたし、菖蒲。この仕事、始めたばっかなんだ。ついこないだ研修が終わって……。山吹とはそこで知り合ったの。ていうか、あたしが不真面目にやってたら、裏でシメられちゃって。山吹ってちょっとおっかないんだよね」

 山吹が咳払いをしたが、菖蒲は舌を出しておどけて見せた。

 性格が真逆という気はしたが、いっぺん裏でシメられていたとは。

 お喋りが好きらしい菖蒲は、楽しげにこう続けた。

「けど、山吹だって研修所で浮いてたんだよ。クソ真面目だしさ。それであたしが相手してやってるうちに、仲良くなって。でもさ、いつまで経っても案内人の仕事始まんなくて、ちょーヒマで。あたしら忘れられてんじゃねって思ったりして。山吹なんて、成績いいからすぐ案内人になってもおかしくなかったのに」

「ちょっと菖蒲さん! 余計なこと言わないの!」

 誰でも簡単に案内人になれるわけじゃないのか。あの鈴蘭ですらなれたのに。案内人といったって、ロクに案内してもらったことがないぞ。まあメシの世話にはなっているが。


 すると龍胆、途端に勝ち誇った顔になった。

「ま、ケンカだけ強くても難しいでしょうね。大事なのは旅人への対応力。とりわけ良質な食事を提供できること。これが重要になってきますから」

 これに山吹がぐぬぬと歯噛みした。

「食事なんて、栄養さえ補給できればじゅうぶんではありませんの! だいいち、女が男に食事を提供するなんて、いつの時代の話ですの? わたくし、食事はむしろ男に用意させるタイプですので」

 メシが基準なのだとしたら、メシマズなのは致命的だ。そういう意味では、鈴蘭の出す食事はうまかった。味だけは。見た目はともかくとして。

 見た目もアレな上に味までアレだとすれば、たぶん、旅どころではない。そういう山吹が案内人として派遣されずにいたことは、いい判断だと言えよう。


 気の毒なので、俺は話題を変えてやった。

「ところで君たち、もし俺たちに会ってなかったら、どんな作戦でやるつもりだったんだ?」

 すると山吹は直立したまま、堂々たる態度で応じた。

「知れたこと。発見次第、斬り伏せますわ。ほかになにかありまして?」

 疑う余地なく脳筋だ。

 重要な事実が判明してよかった。まったく質問した甲斐があったというものだ。

「相手は空を飛ぶんだが。その件について、なにか感想は?」

「これだから人間は。天より授かりし刃に念を込めれば、遠くの敵だろうが一撃のもとに散らしてみせましょう。この山吹、狙った獲物は逃しませんの」

「じゃあ攻撃はいい。防御は? 光の矢をどうやって凌ぐつもりだった?」

 この問いに、彼女は余裕の笑みを維持したつもりかもしれないが、あきらかに引きつってしまった。

「心配御無用。一流の剣士は、気配で攻撃をかわすもの。たとえ背後から攻められたとて、無傷でやり過ごして見せますわ」

 ほかに策がないことは自覚してるんだろう。

 菖蒲も苦笑している。

 ま、苦笑で済みそうでよかった。人間さまの知恵のおかげで、彼女たちはコンクリートの盾を得たのだ。あそこで俺たちを呼び止めたのは正解だった。

 壁を使うくらいのことは、自分たちで思いついて欲しいところだが。


 俺たちとしては、ここで彼女らに協力する義理もなかった。

 しかしアノジからも外来種を処分せよとしつこく言われている。それを黙らせるためにも、いっぺんはやっておいたほうがいいだろう。

 四人で協力したほうが、俺と龍胆だけでやるより効率がいい。特にこの山吹という女、戦術面はからきしだが、殲滅力だけは高そうだ。


 *


 日が暮れても外来種は来なかった。

 というより、あまりに暇すぎて、山吹も菖蒲もソファで仲良くうとうとする始末。

 ただ座っているのもなんなので、俺は龍胆とともにマンションの構造を再確認した。


 ここは七階。最上階だ。

 部屋を出ればすぐ非常階段がある。もし追い込まれた場合、俺たちは階下へ逃れる。

 ほぼ四角形の一般的なマンションだ。回廊ではないから、端から端まで移動するにはぐるっと回り込む必要がある。

 だから廊下では戦わない。

 下へ下へと移動しながら戦う。


「ハッ! 寝てませんわ!」

 いきなり目を覚ました山吹が、唐突な自己弁護を始めた。

 あきらかに寝てるやつのセリフだ。

 菖蒲は余裕で爆睡。

「ちょっと菖蒲さん、あなた、よだれが」

「ふへ?」

 天女が三人もいるせいか、部屋の中はほのかにあまい空気になっていた。これでは外来種と戦う前に、餓鬼を引きつけてしまいそうな気もする。

 電気が来ていないから換気扇も回せないが。いや、仮に回したところで、においを外部に撒き散らすだけだろう。

 いくら全員が武装しているとはいえ、こんな場所で餓鬼に攻め込まれたら危険だ。

 誰だよ閉所で戦おうって言ったやつ。


「もう日も落ちそうですし、寝たほうがよさそうですわね。あの子たち、夜は活動しませんし」

 露骨に眠くなっているらしく、山吹はそんなことを言い出した。

 まあ玄関の戸は閉めてあるから、餓鬼が入り込んでくることはなかろうけれど。

「それにしても、さすがに夜は冷えますわね。あなたたち、毛布を持ってましたわね。一枚貸してくださらない? このままでは外来種との戦いに障りますわ」

「どうぞ」

 ちょうど二枚ある。必要になると思ってさっきリヤカーからとってきた。

 しかしそうなると、ふたりで一枚使う計算になる。俺は龍胆と使うしかない。


 電気がないし、火も起こせないから、室内はみるみる暗くなっていった。たぶんまだ七時か八時のはずなのだが。

 ここでは人間の都合だけで行動することはできない。太陽のサイクルに身を委ねなければ。


 寝るために鎧を外し終えると、龍胆が毛布を抱えてやってきた。

「あの、私たちの毛布、これです」

「悪いね、勝手に貸しちゃって」

「いえ。彼女たちを見捨てるわけにもいきませんし」

「うん」

 すると龍胆は、なんだかそわそわした様子で、キョロキョロと寝る場所を探し始めた。

 もしかして、照れているのか。

 いや、そうだ。こんな生活を続けていたせいで麻痺していたが、男と女はそうそう簡単に同じ布団では寝ない。いや寝るやつもいるかもしれないが、俺はそうじゃない。仮に男同士であっても同じだ。普通はひとりで寝る。

「もしよかったら毛布は君が使ってよ。俺はジャケットあるし」

「いけません。風邪をひいてしまいますから」

「じゃあ一緒に」

「はい……。あ、でも、玉田さんがお嫌でしたら、素直に言っていただければ……」

「嫌じゃないよ」

 すると彼女は「えへへ」と笑い、壁際にちょこんと腰をおろした。

 家にいたときは厳しい顔をしていたが、こうして見るとまだかなり若いことが分かる。小梅よりほんの少し上といったところか。

 彼女は小声になって、ヒソヒソと話しだした。

「あの、お腹はすいていませんか? 私、食事の提供には自信があるんです。たぶん、誰よりもおいしいものをお出しできると思います。ご希望でしたら、いつでも言ってくださいね」

「ありがとう。そのときはお願いするよ」

 彼女の出す食事には、小梅も夢中になっていた。かなりうまいんだろう。自信のほどは、先刻の態度を見ても分かる。

「もう少しそちらへ寄っても構いませんか? だいぶ冷えるようです」

「うん」

 いい。いいんだが、気持ちがざわざわしてくる。呪われたおけけのお守りが脳裏をよぎるのだ。まさか監視されてはいないだろうが……。

 龍胆は無邪気そうに目を細めている。やや半目ではあるものの。

 自制しなければ。


(続く)

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