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蠱毒  作者: 不覚たん
捨象編

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22/56

旅は道連れ

 グダグダと出発を延期しているうちに、龍胆が先に全快してしまった。鈴蘭はいまだ肘や膝までしか回復していないというのに。

 しかしこれ以上延期することはできない。この家で生活していると、毎晩のように義母が夢に出てくる。のみならず、二日おきにアノジまで登場し、外来種を駆除せよとせっついてくる。俺は一刻も早くこの家を離れたかった。


 出発の日、俺は家族総出で見送られた。もちろんヘビもいる。

「えー、では行ってまいります。そんなに遠くないので、三日か四日で戻る予定ではおりますが、まあ遅くとも一週間以内には戻れるかと……」

 小型のリヤカーを借り、そこに旅の荷物を満載している。兵糧丸も権兵衛から分けてもらったので、食の心配もない。

 傍らには、剣で武装した龍胆もいる。彼女が今回の旅のパートナーだ。

 小梅に抱えられた鈴蘭が近づいてきた。

「信じておりますが、くれぐれも旅先でその貧相な女と間違いをおかさぬよう、お願いします。あなたの妻はこの私であることをお忘れなく」

「はい……」

 まるで占有物のように扱われている。

 まだ結婚に合意したわけではないのだが。

 すると鈴蘭は「例のものを」と小梅に命じた。出てきたのは小さな袋だ。ずいぶん不格好だが、小梅が慣れない針仕事をした結果の産物であろう。

「これは?」

「旅の安全などを祈願したお守りです。中に私のおけけが入っております。肌身離さず身につけておいてくださいね」

「おけけ……」

 いらなすぎる。しかし捨てたら呪われそうだ。扱いに困るものを作りやがって。

 小梅も苦笑いだ。

「私の毛は入ってないから安心して」

 すると鈴蘭は不満げに眉をひそめた。

「あの、言っておきますが、下の毛ではなく、髪の毛ですから。そんなに嫌そうな顔をして……」

「いや、ごめん。ありがとう。嬉しいよ」

 嬉しくないのに、ウソをついてしまった。しかしここで問答をしていては、出発が昼になってしまう。せっかく早起きしたというのに。

 権兵衛が察してくれたらしく、話をまとめてくれた。

「ま、ともかくだ。無事の帰りを祈ってる。遅くなるようなら、こっちから迎えに行くからな」

「ありがとうございます。では、ひとまずこれにて」


 *


 かくして俺は龍胆とふたり、旅に出た。

 目的は毒島三郎から話を聞くこと。それだけ。俺の知的好奇心を満たすためだけの旅だ。外来種の駆除は、余裕があればついでにやってやらんでもない、くらいの気持ちでいる。


 龍胆は羽衣を身にまとい、剣を携えている。

 本来であれば頭巾などで身を隠すべきなのだが、彼女は「武器があるから大丈夫」と強気だった。腕に覚えがあるらしい。

 まるで餓鬼に怯える様子もなく、軽快な足取りだ。

「のどかですね」

「うん」

 経過した日数から考えれば、そろそろ秋口に入った頃かと思われるが、思ったほど気温はさがらなかった。やはり核の冬ではないのかもしれない。

「龍胆さん、この世界ってさ……。核戦争のあとの世界なんだよね?」

「はい」

「だからアレは核の冬なんじゃないかって説もあるんだけど……」

 俺は目で空を仰ぎながら尋ねた。

 龍胆はすると目を細め、なんとも言えないような顔で曖昧に笑った。

「おおかた地下牢の餓鬼が言ったのでしょう。しかし違います」

「違う?」

「人間界がいまどのような状況にあるか、私は他の案内人よりは詳しいつもりです。しかし人間が知るべき内容かどうかは判断できません」

 知ってるが、教えるつもりはない、ということか。

 だが構うものか。こういうものは、誰しも喋っているうちにボロを出すものだ。

「ここが仮想空間だって説もあるけど」

「それも違いますね。これは現実の世界です。証明する手段はありませんが」

「証明はできないけど、信じろと?」

「信じる必要さえありません。人は自分の知覚したものがすべてですから。真実だと感じてしまったものを、真実だと判断するほかない」

「ずいぶんドライな意見だな」

「たとえば天は、ときおり人に啓示をくだすことがあります。しかし一方で、天がそうしていないのに、極度の飢餓や、薬物の摂取などにより、啓示を受けたと錯覚する人もいます。その錯覚は、たとえ事実でないとして、その当人にとっては動かしがたい体験なのです。言葉による説明は意味を持ちません」

 淡々とではあるが、一気にまくしたてられてしまった。

 自分が現実世界に生きているのに、仮想空間にいると信じ込んでるだけの人がいてもおかしくはない。実際になにが現実かはおくとして。

 証明しようのない話はするだけムダ、ということだ。

「君が人より詳しいってことは、なにかで調べたってこと?」

「故郷の図書館で書をあさって調べました。しかし人間は入れませんのであしからず」

 俺がなにを目論んでいるのか、すでに見抜かれているようだ。俺も彼女たちの故郷とやらに行ければいいのだが。

 いや、諦めるのは早い。

「そうやってかたくなに情報を伏せてるってことは、人間に知られたらマズい情報があるってことなのかな?」

「いえ、知られたところでなにも起きないとは思うのですが、なるべく情報を伏せるよう上から言われていますので」

「上って? アノジとかいう嫌味野郎のこと?」

「はい」

 彼女はなにも否定せず、かすかに笑ってうなずいた。

 一連のやり取りから、嫌味野郎という俺の感想が正解であることは分かった。しかし逆を言えば、他はほぼなにも分からぬまま。やはり自力で謎を解く必要がある。

 なぜ俺はこの時代に連れてこられたのか。理由があるのだとしたら、それはなんなのか。


 *


 旅は順調ではなかった。

 はじめは負担とも思わなかったリヤカーが、徐々に重たく感じられるようになったためだ。いくら車輪で転がしているとはいえ、やはりそこそこの荷物を移動させているのだから、体力も削がれていくわけである。背中というか、腰への負担がデカい。

 金属の鎧、槍、寝具、その他生活用品を載せている。重たいのも当然だった。


 しかも遠方に人影。見るからに羽衣をまとった天女だ。武器を手にしている。二名。

 一名はまっすぐに立ち、もう一名は片膝を立てて瓦礫に腰をおろしている。

「あれは?」

 俺の問いに、龍胆も首を傾げた。

「同業者かと思われます。しかし互いに用があるとは思えませんね」

「絡まれたりして」

「まさか」


 しかしそのまさかだった。

 近づくと、こちらが挨拶をする前に、腰をおろしていた女がぬっと立ち上がった。ダルそうな動きだ。

「なにその荷物? 引っ越し? つーか仕事は? バックレ?」

 いきなり因縁をつけられてしまった。

 ピンク髪を盛り髪にしたギャルのような天女だ。武器は銃剣のように見える。

「仕事って?」

 俺の問いに、彼女は顔をしかめた。

「は? あんたに聞いてんじゃないんだけど? そっちの女、シカトこいてねぇで答えなよ」

 古式ゆかしいヤンキースタイルか。天女ってのもいろいろいるんだな。

 すると龍胆が前へ進み出た。

「私も同じ質問を。仕事とはなんです?」

「は? ナメてんの? 外来種、始末しろって言われたっしょ? それともなに? 男が一緒だからやりませんってか? ざけんなよ、てめぇ」

 斜め下から睨みあげる。

 二十五世紀になってまで、こんな態度を見せられるとは。歴史は繰り返すってやつか。

 龍胆も呆れ果てている。

「話になりませんね。なぜやらないと決めつけるのです? もし遭遇すれば対処はするつもりです。しかし彼らが登場する気配さえないではありませんか」

 おうおう、言うたれ言うたれ。

 まあ遭遇してもやらないで欲しいけど。なにせこっちは槍しかない。なのにあいつらは空を自由に飛び回り、手から無尽蔵に矢を放ってくる。人数もべらぼうに多い。勝てるわけがない。戦いを仕掛けるのは正しく「自殺行為」だ。


 すると、なにか言いたげなピンク髪の女をさえぎり、金髪の女が歩み出た。

 優雅な足取り。そして揺れる縦ロール。高貴な顔立ち。天女というよりは、女神といった印象さえ受ける。

「予想によれば、近々、彼らはこの近辺を通過することになっていますの。よろしければお手伝い願えないかしら?」

 鞘に収まっているが、武器は刀だろうか。

 銃剣はともかく、こんな近接武器で空飛ぶ連中を相手にできるのだろうか。

 龍胆は自分では返事をせず、こちらを見た。判断を委ねてくれるということか。俺の答えは決まっている。

「悪いけど、協力しかねる。先を急いでるもんでね」

「どんなご用ですの?」

「個人的な用件だ。答えるつもりはない」

「礼儀のなっていない人間ですわね」

「お互いさまだろう」

 名乗りもせず、いきなり人を呼び止めてなじるような連中に、礼儀がどうのと言われたくない。


 俺がリヤカーを押し出して前に進もうとすると、ピンク髪が前に立ちはだかった。

「待ちなよ。まだ話の途中なんだけど?」

「なんだ? こっちは特に言いたいこともないんだが」

「こっちにはあんの。なにこの人間、いちいちムカつくんだけど」

「では用件をどうぞ。手短に」

「こいつ……」

 建設的な会話ならいくらでも応じる。しかしなにかを命令されるおぼえはない。


 などと、俺が冷静ぶっている横で、龍胆がとんでもない行動に出た。

 鞘から剣を抜いたのである。

「聞こえませんでしたか? 私たちは忙しいのです。これ以上邪魔するようであれば敵と見なし、処分いたします」

 さすがのピンク髪もぎょっとしている。

 いや俺もぎょっとしている。

 龍胆、意外とキレっぱやい。


 が、キレっぱやいのは相手も一緒らしかった。

 金髪の女が刀に手をかけたところまでは、俺にも見えた。が、次の瞬間、甲高い金属音とともに龍胆の剣が弾き飛ばされ、刀はふたたびゆっくりと鞘に収まろうとしているところだった。

 居合術だ。

「申し遅れました。わたくし、山吹と申します。剣の腕には少々自信がございますの。ご注意を」

 ご注意もなにも、まとめてぶっ殺されてもおかしくなかった。

 龍胆は動けないでいる。見えなかったのだろう。

 山吹はにこりともせず続けた。

「もし刃を抜けば、どちらかの命が消し飛んでもおかしくはない。そうするときは、相応のお覚悟の上でお願いしますわ」

 一理ある。

 俺は両手を開き、敵意がないことを示した。

「俺は玉田健太郎。彼女は龍胆だ。仲間が武器に手をかけたことは謝罪する。しかし道をふさいだのはそちらが先だ。ここはひとつ、喧嘩両成敗ということでお願いしたいんだが」

 山吹は、そこでようやく笑みを浮かべた。

「ええ、構いませんわ。わたくしも力づくでなにかを命じるのは好きではありませんので」

「ご理解が得られてなによりだ。じゃ、そういうことで」

「お待ちなさい」

 逃げ切ろうと思ったが、そうはいかなかったか。

 山吹は不敵な笑みだ。

「わたくしが許したのは、あくまで刃を抜いた件のみ。天命の放棄まで見逃すつもりはありませんわ」

「この場で外来種と戦えと?」

「もし敵と戦うのであれば、仲間は多いほうがいい。そうではなくて?」

「この人数で? あんたが強いのはいまので分かったが、それでも無謀だと思うぜ」

「そうでしょうか? あなたのような人間でも、わたくしたちの盾くらいにはなれると思いますわ」

「仮にそうだとして、敵の第一波しか凌げないだろう。俺が百人や二百人いるならともかく」

 俺は挑発を無視し、要点だけを返した。

 人を盾に使うにしたって、そのリソースは無限じゃない。俺が蜂の巣にされたあと、彼女たちだって蜂の巣にされる。そんなシンプルな理屈が分からないような女には見えないが。

 彼女もふっと笑った。

「ユーモアが通じなかったのは残念だけれど、おサルさんほどバカでないことは認めて差し上げますわ。あなたの仰る通り、盾になって頂いたところでなにも解決しませんの」

「じゃあ行っていいかな」

「お待ちなさいな。じつはわたくしたちが欲しいのは、戦力ではなく、知恵なのです。あなた、少しは考えるのが得意そうですわね。なにか策はありませんの? このままではわたくしたち、一方的になぶられて死んでしまいますわ」

 お嬢さまみたいな口調だから少しは教養らしきものが備わってるのかと思ったら、ただの脳筋じゃねーか。ま、死ぬのが分かってるだけマシか。

「策? ま、パッと思いついたやつでよければな」

 言っちゃなんだが、彼女のプランよりはマシだろうという自負がある。実際に参加するのはごめんだけど。


(続く)

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