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蠱毒  作者: 不覚たん
表象編

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20/56

手土産

 その後、納屋のニンジンを手土産に、俺は地下牢へ向かった。

 が、すでに小梅が食事を与えたあとらしく、ジョンはザルいっぱいの野菜をむさぼっていた。

「ココハ天国ダナ。寝テルダケデ勝手ニメシガ出テクル」

「代わりに話を聞かせてくれ」

 俺がニンジンを突き出すと、ジョンは無遠慮にひったくった。

「話? 昨日ノデ全部ダヨ。ホカニ言エルコトハナイ」

「そうは言うが、こっちはここ四百年ほどの歴史をまるっきり把握してなくてね。なにか面白そうな話があれば教えて欲しいんだが」

 これにジョンは顔をしかめた。

「オイ、コッチハ生マレテスグ戦争ニ巻キ込マレタンダゼ。マトモナ教育受ケテルワケナイダロ」

「えーと、なんだっけ? アシスタンス? そういうので勉強したりしないのか?」

「勉強? ナニヲ? ドウセ管理者ドモガ作ッタウソノ歴史ダロ。愚カナ旧時代ノ悪習ヲ乗リ越エテ、国境ナキ『ユートピア』ヲ実現サセタンダヨ。ソイツモ核デ吹ッ飛ンジマッタガナ」

「道沿いの看板には英語と中国語しかなかった。日本語はどうなったんだ?」

「ハ?」

「日本語だよ、日本語。俺らがいま喋ってる言語だ」

「モシカシテアンタ、日本語ト英語ノ区別モツイテナイノカ? チャント読メヨ。アレガ日本語ダ。ムカシハ『ローマ字』トカ言ワレテタスタイルダナ」

「……」

 アルファベットが並んでいたから、よく読みもせず英語表記かと思い込んでいたが。じつはローマ字だったとはな。つまり話し言葉としての日本語は残っているが、文字は廃止されたということだ。かつての「ローマ字会」が聞いたら喜ぶだろうな。

「食事はどうなってる? なにか未来的なものは?」

「オイオイ、アンタラニトッテナニガ未来カナンテ知ルワケナイダロ。マ、新シイトイエバ、培養シタ細胞ヲソノママ食ウノガ流行ッタコトモアッタガ……。意外ト高クテナ。戦争ガ始マッタ途端、ソレドコロジャナクナッチマッタ」

「なんの細胞だ?」

「食用ニ設計サレタ人工ノ細胞ダヨ。人類ニ必要ナ栄養素ガ一通リ入ッテル。ホトンド味ガナイカラ、調理器ノホウデ設定スル必要ガアッタナ」

「へえ」

 それはたしかに未来っぽい話だ。

「自動車はどうなってる?」

「AIガ運転スル。ケド、ソレハアンタラノ時代モ同ジカ?」

「いや、ギリギリ実用化してないな」

「タブン、ソノホウガイイ。車ノオーナートAIガ意見ノ違イデ口論シタリシナイダロウカラナ」

 所有者が車とケンカするのかよ。それはじつに間抜けだな。

「空は飛ばないのか?」

「技術的ニハ可能ダガ、コストト法整備ノ問題デ、ソウナラナカッタヨウダナ。結局、ライフスタイルハ長イコト変ワッテナイハズダゼ」

「ガソリンで動いてるのか?」

「ガソリン? ナンダソレ? 動力ノコトナラ、ゼンブ電気ダゾ」

 さすがに電気か。その電力を、なにで発電しているのかはともかく。


 *


 ひとしきり世間話を終え、俺は居間へ戻った。

 鈴蘭と龍胆はまだケンカを続けていた。

「あなた! 一刻も早くこの女を山に捨ててきてくださいな! とんでもない悪党よ!」

「ふん、どちらが悪党でしょうね」

 この無尽蔵のエネルギーはどこから来るのだろうか。いっそ治療に専念しろと言いたい。

 俺は溜め息を噛み殺し、囲炉裏の脇に腰をおろした。

「今度はどんなテーマで討論してるんだ?」

「この女狐、あなたの側室になるとか言い出したんです! 不貞です!」

 すると龍胆はふっと笑った。

「側室? 勘違いしないでください。正室です。側室になるのはあなたのほうでは?」

「ンマー、この女! よくもそんなことが言えたものですね! 人様の家を乗っ取る気ですか?」

 またクソみたいな話題で盛り上がってる。まあここにはほかに娯楽もないからな。仕方のない話ではあるが。

 しかし俺が口を挟む隙は生じなかった。

 龍胆の反論は早い。

「いいですか? 話の大前提として、そもそもあなたは玉田さんと結婚していないんです。まずはそこを認めてください」

「いいえ、認めません。私と彼は、身も心も結ばれました。近々式も挙げる予定です。ここは玉田家となりますので、あなたは住めなくなりますから」

「ここはお父上の家では?」

「私が継ぐのですから、私の家も同然です。結婚したら夫との共有財産になります。当然の道理です」

「哀れですね、家を差し出してまで結婚を願い出るとは」

「じゃあ聞きますけど、あなた、夜の生活についてはどうお考えなの? 彼の粗末なモノとヘタクソな動きに対して、完璧な演技ができるの? 私はできます。それはもう子犬みたいにキャンキャン鳴いて差し上げます。彼を悦ばせるためなら、なんでもしますので。なんなら命も差し出します。あなたみたいな堅物にはムリでしょうけど」

 いや待て。粗末でヘタクソってのは、あくまで例え話だよな……。

 真に受けたらしい龍胆も、ゴクリとつばを飲み込んだ。

「子犬みたいに……」

「媚び媚びのおねだりな女から、不服そうに下唇を噛む女まで、それはもうどんな要求にも応じて見せます。あなたは? 死んだフリ以外になにかできるのですか? え? どうなんです?」

 いやむしろ誇るべき点ではないような。

 龍胆は悔しそうにうつむいている。

「私……私は……そういうのは……」

「ほぉーら、できないのでしょう。まさに笑止千万。あなたのようなマグロ女では、男は満足しませんよ。たとえ微塵も気持ちよくなくたって、さも昇天するような態度でキャンキャンしなければ」

 なんとなく分かってはいたが、昨日の態度はすべて演技だったのか……。


 仲裁に入ろうとしたところで、つい腹が鳴った。

 朝からきゅうりしか食ってない。槍なんか振り回さなければよかった。

「あら、お食事ですか? では私の口からどうぞ」

 鈴蘭がここぞとばかりに余裕の笑みを見せた。

 龍胆は様子をうかがっている。

 やはり冷静なのは龍胆のほうか。目先の利よりも、長期的なプランを優先している。

「いや、いい。いま君からもらうわけにはいかない。体の回復に影響するようだし」

「えっ? ではどうするのです? まさか小梅から……」

「あの子も大変そうだし、納屋から野菜をいただくことにするよ」

「なにを遠慮しているのです? あなたの空腹を癒すためなら、私は手足などいりません」

 もっともらしいことを言うものだ。

 しかしあくまで目先の問題に終止し、その選択が、長期的にどう作用するのか完全に失念している。

 俺は今度こそ溜め息をついた。

「君がそのままだと、小梅の負担が大きくなるんだ。朝の世話から、お風呂の世話から、いろいろ大変そうだぞ」

「いえ、夫婦めおとなのですから、私のお風呂はあなたがしてくれてもいいのですが……」

「断る。さっきも言っただろう。くだらない争いをしてるうちは、君とは仲良くしないって」

「そ、そんな……早くも家庭内別居……」

 いや、まだ結婚してないぞ。

 それにしても、ケンカすることが分かっているのに、なぜ小梅はこのふたりを一緒に置いておくんだ。まあ、みんなが囲炉裏に集まるのは自然なことだし、そこでケンカが起きたら離席するのも当然のことだけど。もう少し対策を考えて欲しいな。すべてを流れに任せ過ぎている。忙しすぎてそこまで気が回らないのかもしれないが。

 ふたりの介護を完全に任せている状況だし、少しは小梅もフォローしてやったほうがいいかもしれない。


 *


 その夕刻、権兵衛が帰ってきた。

 リヤカーに大荷物を満載し、へろへろになりながらの登場だ。

「おかえりなさい」

 出迎えたのは小梅。そして白蛇だ。

 俺も外へ出た。

 すでに薄暗くなっていたが、石灯籠がぼんやりと周囲を照らしていた。

「おう、帰ったぞ」

「荷物がいっぱい」

おさから山ほど持たされてな。土産もあるぞ。小梅にはこれだ」

 権兵衛は荷物の山に手をつっこみ、枕ほどのサイズのぬいぐるみを取り出した。

 クマとニワトリが合体したような、ブサイクなキメラだ。

 小梅も困惑としている。

「父さま、これは……」

「里で売り出そうとしてる人形らしい。クマコッコーだったか。お前にやる」

「あ、ありがとう……」

 まったく嬉しくなさそうだ。

 これは売れないだろ……。

 権兵衛はリヤカーを置くと、井戸から水を飲み、どっと岩へ腰を落ち着けた。だいぶ疲れているようで、これからキャンプファイヤーをする気力さえなさそうだ。

 俺は濡らした手ぬぐいを渡した。

「どうぞ」

「お、悪いな。あんたにも土産があるぞ。今度はちゃんとした鎧だ。鍛冶屋が打った業物だから、着てる最中にぶっ壊れることもないだろう」

「ありがとうございます。ところで、じつはちょっと客人が……」

 すると権兵衛は、にわかに顔をしかめた。

「客? まさか例の悪霊が?」

「いえ、そうではなく、餓鬼が……」

「なんだと? 被害は?」

「いえ、そいつ一匹でふらふら入ってきて……。しかも人間としての記憶があるらしく、いま地下牢に……」

 腰を浮かしかけていた権兵衛は、ほっとしたように腰を落ち着けた。

「なるほど。しかし記憶があるってことは……。じゃあ、餓鬼と人間との関係は、もうバレてるってわけだな」

「話の流れで」

「いや、いいんだ。きちんと説明しておくべきだった。じつはちょっと言い出しにくくてな。俺たちのメシを分けてやれば、餓鬼にならずに済むだけにな……」

 なんだ。まさか罪悪感を抱いているのか。

 彼は静かにこう続けた。

「納屋にある野菜は、好きに食わせてやってくれ」

「そうさせてもらってます」

「娘たちが嫌でなければ、もとに戻す方法もあるんだが……」

「えっ?」

「その餓鬼には意識があるんだろ? だったらまだ間に合う。娘たちが口から出すメシを与え続ければ、いずれ回復するはずだ」

 いまはまだ猶予期間ってことか。

「あとで相談してみます」

「うん。それで悪いんだが、荷物の仕分けを手伝ってもらえるか? すずたちの荷物が思いのほか多くてな」

「案内人の道具ですか?」

「たぶんな。中身までは見てないが……」

 荷台の大部分をふたつの木箱が占拠していた。たしか羽衣をもらってくるだけとかいう話だった気がするが。


 *


 箱をおろし、中身を確認すると、一方には弓が、一方には剣が納められていた。今後は案内人にも武器を持たせるようにする、ということだろうか。

 権兵衛も困惑顔だ。

「人の娘に物騒なモン寄越しやがって」

「今後、必要になるってことでしょうか」

「おそらくな。ただ、あいつらなんも説明してくんねぇからよ。なにをどうしろってのかサッパリだ」

 親としては、さすがに娘に武器を持たせるのは躊躇するか。

 小梅も心配そうに覗き込んできた。

「なにそれ? 武器? 姉さまたちに渡すの?」

「まだ決めてない。渡さなきゃ渡さないで問題になりそうだが。まあきっと、そのうちふたりにはご神託でもあるだろう。渡すのはそのときでいい」

 意外と気に入ったのか、小梅はクマコッコーを抱えたままだ。


 さて、しかし俺にとっては悪い話じゃない。

 仮に戦力が増えれば、餓鬼への対処も楽になってくる。俺だって自分の戦いに集中できる。彼女たちを旅に連れて行く、というのも選択肢に入ってくる。

 問題は小梅がどう言うか、だ。


(続く)

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