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蠱毒  作者: 不覚たん
表象編

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18/56

Nuclear Winter

 帰宅した俺は、まっすぐ地下牢へ向かった。

 空気感は地上とさほど変わらないが、岩だらけのゴツゴツした薄暗い地下牢は、あまり快適な生活空間とは言いがたかった。いったいなんのために設置されたのだろうか。それは分からないが、とにかくいまは餓鬼を監禁するのに役立っていた。


 ザルいっぱいに積まれていた野菜は、すでにジョンの胃に消えていた。

 彼は藁で作られた布団にふんぞり返り、最後のニンジンを生のまま齧っているところだった。

「ナンダ? メシデモ持ッテキタノカト思ッタラ、手ブラデ来ヤガッテ」

「脳味噌まで餓鬼になったら、もはや生かしておく理由もなくなるが」

「コッチハ長イコトナニモ食ッテナインダ。礼節ナンテモンガ残ッテルワケナイダロ。ソレデ、ナンノ用ダ?」

「世間話に来たんだよ。あんたはこの世界の滅ぶ瞬間を見たんだろう? どんな様子だったんだ?」

 これからどうするにせよ、まずは歴史を知らなければならない。

 すると彼はふっと笑い、奥歯でニンジンを噛み砕いた。

「教エテヤッテモイイガ……。ソノママ答エヲ言ウノモツマラナイナ。マズハアンタノ予想ヲ聞キタイ」

「予想? まあ戦争かなんかだと思うが」

 都心に近づくにつれて被害の増大しているところを見ると、一連の破壊は人為的なものだろう。災害の痕跡もあるにはあるが、それらは均等に周囲を破壊したように見える。

 ジョンは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「誰デモ思イツクヨウナ答エダナ」

「間違ってるなら答えを教えてくれ」

「イヤ、間違ッチャイナイ。タダ、モット踏ミ込ンデ欲シカッタンダガ」

「さっきも言ったが、こっちは二十一世紀から来たんだ。あんたらの時代にどんな戦争をするのかなんて知らない」

「ソンナニ新シイ兵器ジャナイ。核ダヨ。核爆弾」

 核戦争ってやつか。

 いかにも人類が滅びそうな理由だ。

 ニンジンを食い尽くしたジョンは、ぼりぼりと腹を掻いた。

「アンタ、マダ理解シテナイミタイダナ」

「なにを?」

「過去ニ戦争ガアッタコトデ人類ガ滅ビ、イマハタダ滅ンダ世界ニナッタ、トデモ思ッテンダロ?」

「違うのか?」

「違ウネ。俺ガイル。ソシテアンタガイル。アノ女タチモ」

「そりゃいるだろう。滅んだあとに来たんだ」

 俺の言葉に、ジョンは身を震わせてケタケタと笑った。

「オイオイ、ソンナ非科学的ナタワゴトヲ信ジテルノカ?」

「はっ?」

「人ガ餓鬼ニナル? ヨソノ世界カラ天女ガ来タ? ソンナノウソニ決マッテンダロ。ゼンブ遺伝子異常ダヨ。核戦争ノ影響サ。空ヲ見テミロヨ? 核ノ冬ガ続イテル。俺タチハ、モウカツテノ人間ジャナクナッタンダ。ソノ事実ヲ受ケ入レラレナイ連中ガ、アトカラ神話ジミタ説明ヲヒネリ出シタニ決マッテル」

「核ノ冬……」

 たしかに、空はずっと白いもやに覆われていた。

 夏というには寒すぎる。

 本当に?

 こいつの言うことは事実なのか?

 だとしたら、なぜ俺は無事な姿のまま生きてるんだ? コールドスリープしていたとも思えない。

「待て。俺は二十一世紀から来たんだぞ? 人間が、人間の姿のまま、そんなに長く生きられるのか?」

「タダノ記憶障害カ、アルイハ自分ヲ人間ダト思イ込ンデルダケノヒューマノイドカ、ソノドッチカダロ」

「……」

 違う。もちろん違うと思うのだが、しかしこの記憶さえ偽りのものなのだとしたら、俺が俺自身について判断することに意味がなくなる。

 ジョンはふたたび笑った。

「ケド、案外、過去カラ来タ人間ッテノハ事実カモナ。IDガ確認デキナイ」

「IDって?」

「生体認証ダヨ。生マレタトキニ埋メ込マレルチップデ、個人ヲ識別デキルハズナンダ。ナノニ、アンタニハソレガナイ」

 逆を言えば、この餓鬼にはチップとやらが埋め込まれているということだ。昔話にでも出てきそうな見た目なのに、やたらハイテクだ。

「マ、戦争中ハチップヲ埋メ込ンデル余裕モナカッタラシイシ、ソノ当時ノ生キ残リッテノガ妥当ナトコロダロウケドナ。イマダニソノ格好デ生キテルノハ奇跡ミタイナモンダ」

 頭がどうにかなりそうだ。

 もしこいつの言うことが事実なのだとしたら、俺は二十一世紀から来たのではなく、戦争のごたごたの最中に生まれ、その後なんらかの理由で記憶がおかしくなっただけの人間ということだ。

「けど、国もないのに戦争なんて……。いったい誰と戦ってたんだ?」

「知ルカヨ。ドウセ利権争イダロ。国境線ノ有無ナンテ関係ネェヨ」

 愚か過ぎる。

 人類は滅ぶべくして滅んだようだな。いや、一部は餓鬼として生き延びたんだったか。そして謎のゲロを吐く女たちは、天女を自称するに至った、と。

 しかし権兵衛はどうだ? アレも遺伝子の異常だってのか? ヘビは? 夢に出てきた女は?

 ジョンは目を細めた。

「マ、イロイロ考エラレルガ……。コノ状況ヲ理解スル方法ガ、モウイッコダケアルゼ」

「どんな?」

「仮想空間ダヨ。本当ハ戦争ナンカ起キテナクテ、俺タチハ虚構ヲ体験シテルンダ。モシカスルト、アンタハ実在シナイ架空ノ人物カモシレナイ。アンタカラ見レバ俺モソウ映ルカモシレナイ」

 そんなことを言い出したら、なにも信じられなくなる。

 たしかに現実離れした状況だが。

 いや、いまこの場で結論を出す必要はなかろう。保留でいい。なんなら永遠に保留にしておくこともできる。だいたい、俺はこの世界の全容を解き明かそうなんて大志を抱いてるわけじゃない。自分がどんな状況か知りたかっただけだ。


 *


 居間へ戻ると、囲炉裏の前にぽつんと鈴蘭だけが座らされていた。

 小梅と龍胆の姿はない。

「あれ、ふたりは?」

「仲良くどこかへ行きました。ずっとちゅっちゅちゅっちゅして、みっともないったらないんだから」

「……」

 たしかに、あのふたりは異様なほど仲良くなっていた。食事と称して唇を重ね、発情したような顔でメシのやり取りをしていた。

 鈴蘭もうんざり顔だ。

「ああいうのは目の毒というものです。はぁ、私にもどこかの夫が濃くてとろとろしたなにかを口に流し込んでくれないかしら」

 どこの夫のことを言ってるんだろうな。

 俺は囲炉裏の脇に腰をおろした。

「ところで、この世界のことについて聞きたいんだけど」

「ふぅん?」

 なんだか、責めるような目つきだ。

 性格はともかく、見た目だけは美しいから、俺にとってはご褒美にしかならないが。

「この世界は、どういうところなんだ?」

「どう、とは? あなたの住んでいた時代よりも未来の世界、としか」

「西暦で言うと何年?」

「残念ですが、人の暦には詳しくありませんので」

「だいたいでいい。俺のいた時代から、何年くらい経ってる?」

「おそらくは四百年ほどかと」

 ざっと二十五世紀ってところか。

 どれだけテクノロジーが進歩したのか想像もつかないな。そのわりには、街の建物なんかは俺らの時代と変わらなかった気もするが。進歩した部分と、停滞している部分が、なかば混在しているということか。

 見た目の変化よりも、内部的な変化のほうが大きいのかもしれない。人間にチップが埋め込まれてるかどうかなんて、外見からじゃ分からないしな。

「その四百年の間に、なにが起きたんだ?」

 この問いに、鈴蘭は難ずるような表情を見せた。

「あのぅ、それを聞いてどうなさるつもりなのです?」

「自分がどういう状況に置かれてるのか、理解したいだけだよ」

「そうですか。いえ、教えるのは構いませんが……。できれば、私のお願いも聞いていただけると嬉しいのですが」

「お願いって?」

 まさか、殺してくれとか言うんじゃなかろうな。もうほとんどそれが目当てで生きてるような女だ。油断はできない。

 鈴蘭はニヤリと妖しい笑みを浮かべた。

「私を抱いてください。家のものもおりませんし、ちょうどいいのではと」

「……」

 たしかに、いい機会だ。こっちとしても拒む理由はない。こんな美人を好き放題できるなんて。

 俺はしかし念を押した。

「体は大丈夫なの?」

「ええ。もうほとんどアザも消えましたし。いますぐにでも」

「分かった」

 むしろ、いましかあるまい。権兵衛が里帰りし、小梅と龍胆がどこかでちゅっちゅしているこのタイミングしか。


 *


 本当にいいのかと思うと、震えるような気分だった。

 じつはずっと我慢していた。なんらかの秩序を破壊するのではないかという懸念があったためだ。しかしいまや小梅の目は龍胆へ向いている。鈴蘭も許容している。となれば、もはや後顧の憂いはない。


 *


 どれだけ時間が経ったか分からないが、俺は体が空っぽになるような虚脱感に襲われていた。この四百年の間に、世界になにが起きたのかなんてどうでもいい。とにかくなにも考えられなかった。

 この鈴蘭という女、見た目がいいだけではない。これまでも、その言葉と技でいろんな男たちを虜にしてきたのだろう。

 途中、ほっそりとした首を見せつけられて、「手を添えるだけでいいので、してくれませんか」と言われたときは、逆らえずに従ってしまった。白い肌が熱をおびて、うっすらと桜色になっていた。指を添えると、ぷくりとした頸動脈の感触が指にきた。力を入れたつもりはないのだが、指がいつの間にか首へと食い込んでいたように思う。それで慌てて手を離した。

 命じられれば、ついなんでも応じたくなってしまう。

 それでも彼女が生きているということは、過去の男たちもその程度の理性は備えていたということだろう。あるいは気絶するところまではいくが、意外と死なないのかもしれない。ともかく、俺が第一号となるような事態だけは避けたい。こっちは初級者なのだ。ハードコアなのは趣味じゃない。

 彼女が抱いてくれと言うのは、あるいは殺してくれという意味なのかもしれない。気を抜くことはできない。


 仰向けになったまま呼吸を繰り返し、俺たちは言葉も交わさなかった。

 すぐに終わるはずだったから、囲炉裏の火もそのままだ。いや、まさか火事になったりはしないと思うのだが……。

 しかしこんなに充実感が得られるのなら、ここが仮想空間だろうがなんだろうが、もはやどうでもいい。ひたすら鈴蘭の肉体を堪能し、そのまま人生を終えたい。


 ぼうっとしていると、次第に意識が薄れてきた。

 最高の気分で眠れそうだ。


(続く)

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