ブービートラップ
すっかり目が冴えてしまった俺たちは、薪を足して焚き火を囲んだ。
餓鬼を蹴ったときに軽く足首をくじいたらしく、鼓動のたびにズキズキと痛んだ。強く槍を握りすぎたため、指関節もぎこちなく固まっている。
だがそれはいい。
きっと一眠りすれば回復する。
問題は、もっと別のところにある。
「権兵衛さん、夜は襲ってこないって話じゃ……」
俺が尋ねると、彼はごまかすように「ガハハ」と笑った。
「いやー、ビックリしたな。前はこんなことなかったんだが。たぶん今回は小梅が一緒だから、それで狙われたんだろう」
危機感がなさすぎる。
このデカいおっさんがひとりで野宿していても安全なのかもしれない。が、今回は状況が違う。餓鬼を引きつける娘がいる。そんなの分かりきったことだろう。
可哀相に、小梅は怯えて身をちぢこめている。踏みにじられた花冠を火にくべ、その燃えるさまを見つめながら。
俺は思わず、吸い込んだ空気を溜め息に変えた。
「ともかく、交代で番をしましょう」
「いや、俺がするよ。あんたは寝ててくれ」
「体は持つんですか?」
「すずがさらわれたのは、川のこっち側だろ? だったら明日にはつく。なに、一晩ぐれぇは平気だ」
いまいち信用できない。
とはいえ、主導権は彼にある。今回の作戦のほとんどは、彼の戦力にかかっている。俺はあれこれ言える立場にない。
「では遠慮なく寝させてもらいます。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
返事は権兵衛からしかなかった。
小梅はずっと父に寄り添って震えている。
俺は靴を脱ぎ、寝床に身を横たえた。
*
翌朝、寒さで目がさめた。
寝ずの番をしていたはずの権兵衛は、座ったまま熟睡。小梅も近くですーすー寝息を立てていた。
火は消えかかっている。
この状況で餓鬼に襲われなかったのは幸運だ。
俺はリヤカーから乾燥した薪をとり、焚き火に足した。
指にも足首にも違和感はない。ただ体の芯が冷えているだけ。これも日が昇りきればじきにおさまる。
川へ寄り、水をすくって顔を洗った。
透明な水だ。
感染症が心配だから、むやみに飲む気にはなれないが。しかし鈴蘭や小梅が一緒にいれば、水も清浄にしてくれるとかいう話だった。きっと飲んでも平気なんだろう。実際、何度か飲んだが、いまのところ問題は起きていない。
槍はそのまま拝借することにした。
まっすぐな木の棒の先端に、金属の刃がとりつけてある。もとは包丁だったのかもしれない。研いで使っているのだろう。餓鬼はあまり賢そうに見えないが、そこそこの技術力を持っているようだ。ナメないほうがいいかもしれない。
カタバミが咲いている。
ほとんど踏み荒らされてしまったが、それでもなんとか身を起こし、日の光を浴びようとしている。人類が滅ぼうと、自然は生きるのだ。花でも、雑草でも、なんでも。
ブッと奇妙な音がした。
「な、なんだ!」
目をさました権兵衛が、驚いたようにキョロキョロと周囲を確認。
だが、真に受けるわけにはいかない。あきらかにこいつのケツから出た音だ。
小梅がごろごろ転がって父から遠ざかった。
「よう、起きてたのか。いい朝だな。今日は晴れるぞ」
「はぁ……」
その「いい朝」は、たったいま、あんたのせいで台無しになったばかりだがな。
風向きのおかげでこちらへの被害はないが、風下の小梅はまだ臭気に責められていた。
「父さま! くさい!」
「お前、親に向かってそういう……」
「くさいくさいくさいくさいくさーいっ!」
じたばたやりだした。
朝からやかましいことこの上ない。が、おかげでしんみりしているのがバカらしくなってきた。あの程度の流血でうろたえていたら、今後の戦いについていけなくなる。
悪いのは、人を連れ去る餓鬼のほうだ。奪われた以上、俺たちは力づくでも取り返さねばならない。法も秩序もない世界では、最終的に暴力で解決するしかあるまい。いや、法や秩序があってもそれは同じか。自分たちではやらずに、他者に代行させていただけだ。
ともかく、いまこの場にあっては、みずからの手でやるしかない。やらねば奪われたまま終わる。
*
旅が再開した。
予想外によく眠れたし、兵糧丸のおかげで空腹もない。
俺はリヤカーの柵によりかかり、はるか前方を見つめた。
家々が破壊されているとはいえ、コンクリ製の建物はしぶとく建っていた。景色はさほどひらけていない。どこも廃材が散乱していてゴチャゴチャしたまま。
分かっているのは、現場が荒川よりも北側ということだけだ。
その荒川はまだ見えない。
「ねえ、人間」
小梅がおずおずとこちらを覗き込んできた。髪を自分で結ったため、ツインテールの位置が左右で不揃いになっている。
「どうした?」
「あの……。なんかね、昨日、小梅のこと守ってくれたときね」
「うん」
倒れた餓鬼を、なんべんも串刺しにした記憶がよみがえった。
不快な感触だ。刃の先端が皮膚に触れた瞬間だけかすかな抵抗があり、その後はズルっと入った。骨にあたると刃がガリリとこすれて、嫌な手触りとして伝わってくる。その繰り返しだ。誤って土を突くと、思ったより深く刺さってしまい、抜くのに力を込めねばならなかった。
小梅は抱えている膝を強く抱きしめた。
「すごくつらそうな顔してたから……。そんなにムリしなくてもいいかもって思って……」
言葉を選んで喋っているのが分かる。
気遣ってくれているのか。
「ありがとう。けど、大丈夫だよ。そのうち慣れる」
「うん……」
それでも不安そうな、納得していない顔。
俺が不甲斐ないばかりに、こんな気持ちにさせてしまっているのかと思うと、胸が苦しくなる。
ただ、もし小梅の言う通りにするならば、彼女を置き去りにして逃げるしかなくなる。それだけはイヤだ。もしそんな行為を許容するくらいなら、はじめから俺はこの旅に同行すべきではなかったろう。
雑念を払って、ただ戦うべきだ。
悪いのは餓鬼だ。俺は奪われたものを取り返すだけ。義はこちらにある。
*
権兵衛の言った通り、昼過ぎには現場に到着した。
忘れもしない例の民家だ。
つい三日前のことなのに、はるか昔の出来事のように思い出される。短時間のうちにいろいろありすぎた。
権兵衛が「ふむ」と唸り、左右を見回した。
「ここか。さて、どこから手を付けたもんかな」
民家の周囲には雑草が好き放題に生い茂っており、奥のほうは雑木林になっていた。餓鬼はこの家にちょくちょく来ているようだから、もしかすると巣への通り道のようなものがあるかもしれない。
ふと、小梅が雑木林とは反対方向を指さした。道路を挟んだ草原だ。
「あっちにいる気がする」
気がする、か。
まあたしかに、餓鬼が鈴蘭を連れ去ったのもそっちだ。見ていないのによく的中させた。当てずっぽうなのか、なにか確証でもあるのか。
しかし実際、彼女は俺と鈴蘭の居場所をひとりで探し当てた実績がある。ヘビの遺伝子でも受け継いでいるのかもしれない。
権兵衛も目を細め、そちらをうかがう。
「ホントかぁ? なにも見えんぞ」
「じゃあ父さまはどっちだと思うの?」
「いや、そりゃ分からねぇが……。棒でも倒して決めるか?」
すまんが、オヤジが一番信用ならん。
俺は小梅の直感を信じることにした。
「一回、あっちを探してみませんか? 小梅ちゃんはなにかを感じ取ってるのかも」
「あー、まあ、それでもいいんだが。先に試したい案があるんだ」
「棒ですか?」
俺の問いに、権兵衛は口をへの字にした。
「いや、そうじゃねぇよ。せっかく小梅がいるんだ。こいつをそこに立たせておいてだな、俺たちはどっかに隠れて、餓鬼が来るのを待つって寸法だ」
外道かよ。
だが、いいアイデアのように思える。
小梅が慌てて俺の後ろに隠れたことにさえ目をつむれば。
「あの、権兵衛さん。それはちょっとやめましょう」
「なんでだよ? 俺がいりゃあ、餓鬼なんてメじゃねぇよ。それに、最初からそういう計画だったろ」
「餓鬼を捕まえて居場所を吐かせるってやつですよね。いい案だとは思うんですが、小梅ちゃんを危険にさらしてまでやるようなことじゃ……」
権兵衛は難しそうな顔をしていたが、やがて一呼吸し、深くうなずいた。
「分かった。あんたの言う通りにしよう」
「よかった」
かくして草原を進むことになった。
草原とはいうが、のどかな景色ではない。膝まである草の密生した、ミニチュアのジャングルといった様子だった。
いくら肌寒いとはいえ夏だ。雑草としても、いまのうちに可能な限り茂っておきたいところだろう。
数歩入ったところで、先頭を歩いていた権兵衛の身長が急に低くなった。
落とし穴にかかったのだ。
「言い忘れてたが、あいつらそこらに罠しかけてるからな。気をつけて進めよ」
「……」
一発ギャグか。
もっと真剣にやって欲しいものだな。
だが無傷で這い出してきたところを見ると、穴の底に槍を仕掛けるといった知能はないようだ。
と思ったのだが、権兵衛は忌々しげな表情で座り込み、足の甲に突き刺さった杭を引き抜いた。
「見ての通り、かなり痛ぇ」
「……」
完全に貫通している。
毒が塗ってあったらどうする気だよ。
小梅がやってきた。
「父さま、大丈夫? 小梅のごはん、いる?」
「うーん。じゃあ、ちょっとくれ。ちょっとでいいぞ。ほんのちょっとな」
権兵衛が大きな左手を出すと、小梅はそこに「おげっ」と少量吐いた。まさか傷口に塗り込むつもりか。
権兵衛は白濁したシチューを顔の前に持ってくると、警戒するように幾度かにおいをかぎ、とんでもなく顔をしかめてぺろりと舐めた。そこまでイヤがることはないと思うんだが。
小梅も怒って背中をビチビチ叩いている。
「なんでそんな顔するのっ!」
「もとからこういう顔だろ」
「ウソだっ! 父さま、いつもはもっと優しい顔してるもんっ!」
「そ、そうかな……」
照れてる場合じゃないぞ。
傷がふさがったかどうかは分からないが、権兵衛はすっと立ち上がった。
「よし、じゃあ慎重に進むぞ。罠があるってことは、餓鬼がいるってことだろうからな。くれぐれも慎重に……あいてっ」
また落ちた。
慎重に進むんじゃなかったのかよ。
小梅もごく冷たい目をしている。
タフなのはいいんだが、このオヤジはどう考えても「脳筋」だ。
「小梅、また頼めるか?」
「顔っ!」
「気をつけるから」
結局、小梅はまた吐いてやった。
怪我するたびにやるってことは、治療行為なのだろうか。
「これはなんなの? 薬?」
俺の素朴な疑問に、小梅は目を細めた。
「人間、気づいてなかったの? 小梅たちのごはんって、体にいいんだよ?」
「治るの?」
「ちょっとだけ。あとは、痛みをやわらげる効果があるって姉さまが」
それは麻薬成分なのでは。
いや、そうでないことを願いたいが。
オヤジが立ち上がった。
「よし、今度という今度こそ……」
「待ってください。俺が先頭に立ちます」
権兵衛を差し置き、俺は率先して前に進み出た。
べつに死にたいわけじゃない。
勝算があるのだ。
「槍で地面を突きながら進めば、落とし穴は回避できると思います」
この槍は、権兵衛が地面を突くには短すぎる。俺がやるしかない。
彼は感心したように何度もうなずいた。
「そいつぁ名案だ」
いや、普通に思いついてくれ。罠があると分かっているならなおさら。
しかし、だ。
こんなに罠だらけということは、餓鬼だってここを通れないだろう。
よく見てみると、雑草のわんさか生い茂っている場所と、あまり茂っていない場所がある。そして落とし穴の上には、ほぼ雑草が茂っていない。
なまじ草をよけて移動しようとするから、こんな罠にかかるのだ。
正解は、草の茂ったルート。
とはいえ、今度は落とし穴以外の罠が設置されている可能性もあるが……。そのときは、天を恨みながら小梅のメシをもらうとしよう。
前進だ。
(続く)




