第7話 旨い
必死に頑張って土台の形成まで終わらせた。
樹上に組まれた足場はしっかりと俺の体を支えてくれる。
少し高いところに出るだけで気持ちの良い風が抜けている事がわかる。
カイルとミケルは足場の端っこで周囲の警戒を行ってくれている。
キョロキョロと周囲を見渡している子犬と子猫の姿にとっても癒やされる。
センサー類がだめになっているので目視による監視しかない、二人のおかげでずいぶんと助かる。
「さて、お楽しみのこいつだ」
木で作ったテーブルの上には細かく部位ごとに分けた鶏肉が置かれている。
調理器具も持ってきてあるので樹上で調理できるようになった。
「まずは単純に塩で……」
油の豊富な皮をつけたまま腿の部分を焼いていく。
しばらくすると油が燻されるいい匂いが漂ってくる。
「これ、匂いで肉食動物呼ばないかな……」
今更そんなことに気がついたが、もう仕方ない。
俺の唾液も大暴れになっている。
皮目がいい感じで焼けてきたら火から少し離してじっくりと火を通す。
その間に他の部分も調理していく、フライパンで下処理をした砂肝を炒める。
これには塩だけではなくスパイスも使っていく。
胸肉は刻んでスープに入れる。保存用野菜も一緒に煮込んでいく。
肝臓は薄くスライスしてさっと炙って塩を振ったらすぐに食べる。
「う……旨い!」
濃厚なレバーの風味がねっとりと口の中に広がる。
そのくせまるで溶けるように消えて飲み込めてしまう。
塩だけの味わいでこれだけ濃縮な旨味を引き出せるのは新鮮な素材ならではだ。
もう止まらなかった。
次から次へと出来上がった料理に手を付けていく。
食感が楽しく歯と下を楽しませてくれる砂肝、鳥の味が濃く濃厚なもも肉、スープの旨味をよく吸って蛋白だが優しい味わいの胸肉、脂は旨いということを教えてくれる皮やぼんじり、気がつけば食用にしなかった腸管以外の殆どの部分をついつい平らげてしまっていた。
「……幸せ……」
野生で生きている鳥を捌いて食べる旨さは独特の充足感がある。
体中にその充足感を感じながら空を見上げると、美しい大気の向こう側に無数の星空が煌めいている。
「宇宙で見飽きているはずだけど、星から見上げる夜空ってのは綺麗なもんだ……」
結局俺は星空を眺めていたら眠っていたようだ。
朝目が覚めるとカイルとミケルが掛けてくれた保温シートに身を包んでいた。
「あのまま寝てしまったのか……悪いな二人とも」
近くで警戒してくれていた二人の頭を撫でる。子犬子猫の姿はしていてもアンドロイドの二体は睡眠を必要としない。活動エネルギーもどうやら問題なく生成できているようだが、ホープに融通できるほどのエネルギーの生成は不可能になっているようだった。
この形態しか取れなくなっていたり、言語を話せなくなっていたり制限が多く存在しているようだが、理由は全くの不明。
この星になにか秘密があるのは間違いない。俺自身も体内のナノマシンが全く反応を示さなくなったのもこの星に降りてからだ。
今は考えても仕方がない。
とりあえず湖で顔を洗ったり体を清めて今日もベース作りに励まないといけない。
「しかし、また食べたいなぁ……」
朝は保存食の乾パンをポリポリとかじっておしまい。
昨日食べた鳥の味を想像するだけで唾液分泌が促進される。
早いところベースを完成させて狩猟と農業を開始する。それが俺の一番の目的になる。
カイルとミケルは継続して周囲の把握作業、俺は黙々とツリーハウス作成の続きにかかる。
木々を切り倒して加工して組み上げる。
木々を切り倒して加工して組み上げる。
木々を切り倒して加工して組み上げる。
ご飯を食べる。
あとは繰り返しである。
「こ、腰が……これは……風呂しかないな……」
夕方には体が悲鳴を上げ始め、特に腰が重い。
ゆっくりと湯船に浸かりたい。もう、俺は止まらない。
湖のそばの地面を掘り下げ、そこに木材で浴槽を作る。
湖から水を引き込むのだが、途中に水を火によって温める部分を作る。
それだけだ。木材で作った水路とホープ内の金属の棚板を曲げて作った給湯部分、それだけの簡単な作りになっている。
ガンガンに火を炊けば熱々の熱湯が湯船に溜まっていく。
あとは放置してちょうどいい温度になるまで待てばいい。
食事の準備をして食事を終えた頃には少し熱めの風呂が待っている。
「くはぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー……」
我ながらこんな適当な風呂を作って馬鹿じゃないかと思うが、今は自分を抱きしめてあげたい。
最高だ。
疲れた体を包み込む熱い湯が、まるで体から疲れを溶かして外に吐き出してくれているようだ。
空を見上げれば星空が広がっているし、考えようによっては最高の露天風呂だ。
「……排水を考えていなかった……」
途中で気が付かなくていいことに気がついたが、それでも湯船をじっくりと堪能させてもらった。
しっかりと暖められた腰が冷えないうちに新しい軍服に着替えておく。
ちゃんと機能が生きていれば洗濯をする必要もないし、強靭だし言うことなしなのだが、今はただ頑丈な服ってだけになっている。それでもサバイバルにとっては最高の服装と言える。
外壁と簡単な屋根が完成したツリーハウスに戻って保温シートにくるまって夢の中へと落ちていく。
それから数週間は周囲の環境作りと生活の基礎づくりで過ぎていく。
毎日動き続けていたために振り返ってみると本当に飛ぶように毎日が過ぎていった。
「これは……やりすぎたな……」
森だった一角は木材のために綺麗に更地になっており、区画分けされた農場になっている。
周囲をぐるりと木柵によって囲われ湖までつながっている。
ツリーハウス側の森はそのまま残されている。
ただ、ある程度の場所で木柵によって囲い込んでおり、その周囲には堀が掘られて湖から水が引き込まれ高低差を利用して下流へと流れていっている。
この水路は生活排水を処理したりといろいろな用途に使われている。
湖部分には柵を作ってあるので湖の魚が流されてしまうこともない工夫もしている。
そう、湖には魚が住んでいて、今では食料として利用している。
森で捉えた例の鳥はその後も何羽も見つけ、さらには巣も発見して鳥小屋で飼育を始めてみた。
まだまだ先は長いだろうが、いつの日かあの鶏肉の安定供給を夢見ている。
さらには森の中で豚に似た猪とも異なる動物を発見した。
これも雄雌4匹ほど捕獲して農場の隣で飼育している。
こうすれば豚が土を耕してくれるし、生ごみ処理としても使える。
糞尿は堆肥に用いれば一石何丁にもなるというわけだ。
「ようやくいろいろな場所に調査に向かえるな」
周囲の地形もカイル、ミケルによって判明しており何箇所か興味深い場所があり、近い内に調査に行くつもりだ。
こうして、やり過ぎた感はあるが、俺のこの星での生活の基盤は完成したのであった。
昔から備えを完璧にしないとすまない性格をしているのでよく仲間からはやりすぎと言われたが、結局五体満足で兵役を終えられたのはやりすぎぐらいに下準備をしてきたからだと思っている。
「途中から楽しくなってしまって止まらなくなったのも否めないな」
カイルとミケルがため息をついたような気がするが、気が付かないふりをしておく。




