第33話 初めての夜
キャンプ予定地は川も近く、大きな岩陰になっている場所。
背後を岩が守ってくれるような形になり、水場も近い。
キャンプをするには理想的な場所だ。
「確かに良い場所だな。設営はお願いする」
「お任せください」
人形に戻ったホープは収納していた素材を取り出してみるみる小型の家を作り上げていく。
雰囲気を出してログハウス調にしてくれるのは、俺の意向をよく汲み取ってくれている。
ミケルとカイルも周囲の草を刈り、あっという間に庭を作り上げる。
まさに高級別荘のような素敵な空間が出来上がる。
「見事だな……」
「素敵ね」
ウッドデッキ上に用意されたロッキングチェアに腰掛けると、眼前にはまるで自然を切り取り美しく整えたような素晴らしい景観が広がっている。
「こんな景色大金持ちしか見られない……
そう考えると、いくら科学技術の発展よりも……
そのままの自然の素晴らしさには勝てないんだな……」
「でも自然だらけだと、あれよ。
私も自然に囲まれてたけど、厳しすぎて美しいなんて思う余裕がなかったわ」
「ある程度の余裕がなければ、美しさを感じる余裕も無くなるよな……
雪山の美しさなんて遭難してたら楽しめないもんな」
作戦行動で雪中行軍してると、雪に対しては憎悪しかわかない。
暖かな部屋の中から眺めるから美しいのだ。
「ワタリ、匂いで魔物を呼ぶ可能性があるので、食事は中で用意しますね」
「何から何まですまない、しかし、ダメ人間になるパターンだなこれ」
「最高じゃない。ホープのおかげで私は毎日幸せよ」
「ありがとうメリナ、ワタリもソレぐらいの事言えればモテますよ。メリナを見習ってください」
「か、関係ないだろ……」
「ふーん、関係ないとか言っちゃうんだ……やることやったらポイなのね……酷いわ」
「な、ば、馬鹿なこと言ってないで入るぞ」
「全くふたりとも、あんまりワタリをいじめないであげなよ」
「そーよ、ワタリはそういう方面からっきしなんだから」
「おい、カイルミケル、全くフォローになってないぞ……」
メリナが笑いをこらえながら部屋に入るとカイルとミケルは周囲の警戒についてくれる。
部屋に入るとほのかに暖かく、なんとも心地よい。
ログハウス調なだけでなく、木の香りが心を落ち着けてくれる。
なんと暖炉まで作られているし、俺の趣味のど真ん中をぶち抜いてくる。
「いつの間にこんな物を作ったんだ……」
「旅立ちを決めた日から準備をしてきましたから。私は出来る子なのです」
「ああ、ホープ達は最高だな」
「ほんっと凄いわよねホープは!」
メリナは暖炉の側に置かれたソファーに寝転んで幸せそうにしている。
この状況を見て、この場所が人っ子一人居ない、魔獣や虫が跋扈する危険地帯だとは誰も思わないだろう。
すでに周囲にカイルとミケルが光学迷彩シートによってこの場所を隠してくれている。
さらに監視もしてくれるので、熟睡しても何の問題もない。
水場から水も引き込んでいるから室内では水も使い放題。
ホープたちの動力を利用しているので電力も使用できる。
つまり……
「ふあぁぁぁぁぁ……」
たっぷりと湯を張った湯船、窓からは絶景が映し出されている。
これは、幸せとしか言いようがない。
森の中にも風呂は作ってソレも最高だったが、ここも最高だな。
色んな最高と出会えることの幸せ、今この瞬間を存分に楽しむしか無い。
風呂からあがるとテーブルには夕食が準備されている。
すでに先に風呂から上がったメリナが今か今かと待っていたので急いで席につく。
「いっただきまーす!」
今日のメニューはハンバーグに目玉焼き、野菜のソテー、スープ、パンと一見するとお子様ライスみたいだが、俺の好物だらけだ。そしてメリナも大好きだ。
原材料や香辛料が異なるので、味わいが異なるが、むしろ肉や野菜、果物など自分の知っていた食料よりも美味なものが多い。
未知の味というものはそれだけでワクワクする。ホブたちの町での日々もそれが楽しみの一つになっていた。
ホープが完全復活してからは香辛料、スパイス系が想像以上に存在していることがわかって料理探求はこの旅における俺の最大と言ってもいい楽しみの一つだ。
倒した魔物たちの味もしっかりと確かめて行かなければいけない。
これから楽しみだ。
「しかし……これは……ダメだな、これを旅などと言ってはいけない気がする」
「思っていても言っちゃいけないこと言うのねワタリは……」
「人間は一度享受した生活レベルを下げられないのですよワタリ」
「ホープは悪魔か! ダメだろこんなの! 移動式の別荘で優雅に生活しているなんてのを冒険だなんて言えるか!! 百歩譲って移動は仕方ない、広大すぎるこの星を徒歩はあまりに効率が悪い、だが、この家はもう使わないぞ! キャンプをする、テントと火起こしが浪漫なんだ!」
「ログハウスも浪漫何じゃないんですか?」
「い、いや、たしかにそうだが……」
「ワタリだけ外でキャンプすればいいじゃない、私はこの生活が好きよ?」
「ぬぐっ……」
あの勝負に負けてから、俺はメリナに頭が上がらなくなっている……
「わかった、俺は外で寝る……」
我ながら子供っぽいが、コレに慣れてはいけないと俺の本能が言っている。
「ダメよ」
「は? 嫌だって、メリナが言ったから」
「……今日は駄目……だって、二人で旅に出た初めての日ぐらい、一緒に居てくれてもいいじゃない……ばか……」
その可愛らしい仕草に、胸が高鳴ってしまった。
さすがの俺でもコレぐらいは理解できる。
やっぱり、俺は、メリナに頭が上がらない。




