第3話 下準備
俺はグランドホープ号の生活スペースに移動する。
中型戦闘艇を一部改造して脱出艇として配備していたホープ。
もちろん特殊軍仕様の物騒な兵器は全て取り外して、最低限の武器、ただ防御関係は通常の同規模の宇宙船と比べると比較にならない、戦闘機の頃と同レベルを維持している。
もちろん心臓部や各種システムも最新鋭の設備を備えている。
長年改装をし続けて付き合ってきた相棒の一人だ。
「オートマチックに出来る料理より、こういうのが好きなのは兵士生活のせいだよなぁ……」
それなりに立派な料理もボタン一つで準備が出来るが、俺は自分で湯を注いで作るミリタリー飯が好きだ。ちょっとジャンクで味が濃い物が多く特にラーメンシリーズは兵士にも人気が高く、異常な執念によって素晴らしいクオリティの物がたくさんある。
物資の保存の意味でも、少し節制していかねばならないだろうし一石二鳥だ。
「さらにお湯を少なめにするのがー、俺のジャスティス!」
密封された麺とスープの素が入っているパックにお湯を注ぐことで完成する。手軽である。
無重力下だと少し食べにくいのが玉に瑕ではある。
指定の時間よりも短時間で麺をすすり始める。
少し芯が残る麺と塩っ辛いスープが騒ぎ立てる胃を静かにしてくれる。
「……最近はこういうの食べると胸焼けすることもあるんだよなぁ……歳ってやつなんだろうなぁ……」
若い頃はこのしょっぱい物をいくつも食べて怒られたもんだ。
今だに好きなんだが……量は食えなくなっている。
胸焼けもちょっと体内に存在するマイクロマシンに指示すれば治まるものの、若いころと体の反応が変化している事実は、老いを意識させる。
結局物足りなくてナポリタン食えるぐらいだからまだまだ俺はいけてるはずだ!
「さて、俺も今後を真面目に考えないとな……」
操縦席に戻りホープを呼び出す。
「ホープ、現在位置の座標などは判明したか?」
「いえ、どうやら想像以上に母星から離れている可能性があります。
座標電波の痕跡さえも拾えません」
座標電波というのは宇宙空間における位置関係を把握するために母星がずーっと発し続けている目印のようなもので、理論上無限に近い距離をエネルギー減算なく広げることが出来る。
その電波を拾えないということは、何かによる遮断を受けるようなエリアか、電波放射から到達地点よりも外部の可能性がある。
しかし、すでに長い年月放射し続けていることを考えれば、俺らが目指していた場所なんて比べ物にならないほどの遠方となる。
「別の銀河レベルだろもし遮断でなければ……」
「そういうことになります。もし事実なら人類史上類を見ない事です」
「いやいや、俺の寿命内に帰れるわけないだろそれが事実なら、そんな長距離ワープしたらワープ空間で寿命が尽きるだろ……」
「今回のことが、謎の多いワープ航法の新たな世界を開くかもしれません」
「お前はマシンなのに夢見がちだよな」
「ワタリが夢がなさすぎるのです」
夢はAIが見て考える。人間はリアルに生きる。そんな冗談が出るほどマイクロマシンを利用したアンドロイドAIは人間的だ。可能性を見出せば理論立てて実行しようとあらゆる方法を試す。
それこそ過去の人間のように、人間の手によって実行できなかったたくさんのことが、諦めない試行が出来るAIによって実現化している。
その代わりに、人間が夢やロマンを追わなくなってしまった……
軍人生活が長いせいで、余計に現実を受け入れて冷静に考える癖がついてしまっている。
この仕事に就いたのも、そんな熱くならない自分の人生を冒険によって熱くしたいって思いも大きかった。
「まぁ、今はその議論をしていても仕方ない。
今後の方針を考えなければいけない。このまま宇宙に漂っていればいずれ物資は不足する。
どこかの星で補給を考えなければいけない」
「現在ミケル、カイル両名によって復旧作業は急ピッチで進んでおります。
間もなく周囲惑星の探査も可能になります。
そうすれば各種物資の補給も考えられます。まずは修理を最優先になります」
「そうだな、並行して母星とのコンタクトは試みてくれ」
「わかっております」
「現状宇宙空間での連続可能活動時間はどれくらいだ?」
「故障個所と使用する物資を考えると、3か月以上の漂流が続くと物資に不安が見えます」
「……3か月か……」
短くは無いが、長くもない。
着陸可能惑星を探すのにはギリギリと言ってもいい。
どこかの星に降りることが出来れば地表、地下の資源を回収して利用できる。
タンパク質などの物資も手に入れられれば様々な物へと利用が出来る。
「万が一、居住可能惑星なんて見つければ……億万長者なんだがなぁ……」
この仕事の一番の夢と言えば居住可能惑星の発見、それと資源星の発見だ。
前者はその内容によって青天井の価値がつくことがある。
有名な話だと森と湖の星アクアレストという星は、広大な森と湖が広がる惑星で、様々な動植物による生態系が形成されておりさらに我々が生活できる大気構成を持っているという奇跡の星だ。
近くの3つの恒星から光と熱を受け取っているために夜が存在しない。
それでも発見者には天文学的な金額が提示され、今では超VIPの大人気別荘地となっている。
資源星は文字通り資源となる物が手に入る星ということだ、その手に入る物資によってこれも値段は千差万別だ。生活が可能でもなくても採掘採取が可能であれば問題がないので、宇宙空間では圧倒的にこちらの方が数が多い、むしろ生活可能な惑星を見つけることが奇跡に近い。
人間も居住不可能な国を改造して生活することは多いので表面に安全に着陸できる星ってだけでも意味は大きい。
宇宙空間に築かれたコロニーよりも、同じように閉鎖されていたとしても大地に足をつけたいと思う人間は想像以上に多いのは意外だった。
「ワタリ、二人のおかげで重力が戻ります今戻して大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ」
俺が考え込んでいるとホープが話しかけてくる。
少しづつ自らの身体の重みを感じながら、操縦席のクッションに体が沈み込んでいく……
「確かに、大地に足をつけているのは人間としての本能なのかもな……」
「3人で分析したところ、通常航行は3日後には可能になります。
すでに艦体の方向修正程度なら可能になりましたのでどこかの惑星に激突するような悲劇は回避できるようになりました。
周囲のデータ採取は継続して行っております。
一攫千金、お手伝いしますよ」
「ああ、頼りにしているよ」
俺がフラフラしていてもあの3人の役には立たない。俺には俺の役割がある。
トレーニングルームへと向かい、定期トレーニングを行う。
そこまで長期間ではないものの睡眠ポッド明けの身体を起こしてやらないといけない。
戦場においても最終的に大事になるは自分の肉体だ。
いくら退役したと言ってもせめて身体だけは維持しておきたい、最近トレーニングしていても少し腹が柔らかくなってきてしまうので、少しきつめにトレーニングをこなした。
「ナポリタン分は落とさないとな……」