初日の夜
視界一面が凍りつき最早動くもののいなくなった草原に俺達は降り立つ。緑竜は完全に凍りつき生命活動を停止していた。
「みんな大丈夫か!?」
「儂はなんとか大丈夫じゃあ」
「私は大丈夫だけどアルトちゃんが!」
「………あ………がはっ………」
「……不味いよ!アルトちゃんが死んじゃう!」
「どうする!?火傷の治療が出来るやつは居ないのか!?」
アルトは身体の所々が炭化している上、落下した時の打撲もあり、放って置けば死ぬのはまず間違いなかった。
「……どいてろハイド。起動せよ《治療の球体》。火傷を治すんだ」
緑色の球体が光を放ちアルトを包み込んだ。
するとみるみる内にアルトの火傷が治っていった。
「完治は出来なかったが、これなら死ぬ事は無いはずだ」
「あ、あれ!?治ってる?」
「良かった!良かったよ!」
「ミラリアちゃん、泣かないでよ」
「……本当に良かった!」
「オルトルトは大丈夫か?炎が直撃してたように見えたんだが」
「問題無い。それでどうする?もうすぐ日が暮れるが?」
「ここで夜を越そう」
「分かった!じゃあ支度するね!」
俺達は荷物を降ろし、木を組んで火を付けた。先程まで凍り付いていた大地はすっかり元の様相を取り戻していた。
俺達は焚き火を囲んで夕食をとる。幸い1日分の食料は用意していたので激戦で疲れ切った身体を引きずって食料を採りに行く必要は無かった。
「1日目からとんでもないスタートだったなぁ」
「本当に死ぬかと思いました」
「……あれは焦った」
「ハイドぉ!なかなかの気迫だったのぉ!」
「そっちこそとんでもない気迫だったぞ?」
「はあ〜疲れた〜!」
「大丈夫か?治療は必要か?」
「あっ!だ、大丈夫だよ!」
「そうか?」
俺達は夕食を食べ終え眠る。本来ならば見張りが必要だが、それすらも考えられない程に俺達は疲労していた。
しばらくして俺は目を覚ました。見れば焚き火の周りに淡い光が集まっていた。誰かが火の消えた焚き火前に座っているようだ。
「ん……誰か起きてるのか?」
「なんだハイドか……眠れないのか?」
「オルトルトか。何してるんだ?」
「何してるもなにも見張りだ。全員寝たら危ないだろう」
「横、良いか?」
「寝なくて大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。それよりお前、傷結構深いだろ?」
「気づいていたのか」
「そりゃあんなもんくらって無傷でいる方がおかしいだろ」
「まあ……確かにな。傷自体は別に問題は無いんだが、魔力が少し枯渇気味でな。少し魔力を集めていたんだ」
「そうか。身体、大事にしろよ?……ところでさ、一つ聞きたい事があるんだ」
俺はオルトルトに聞きたい事があった。オルトルトの部屋を訪ねた日のことだ。
「……誰か起きているのでしょうか」
アルトは誰かが話している声で目を覚ます。
(二人で何を話しているんでしょう?)
アルトは気づかれないように二人の会話に耳を澄ます。
「なんだ?」
「俺とミラリアとアルトでお前の部屋を訪ねた日のこと覚えてるか?」
「……そんな事もあったな」
「あの時の事なんだが……アルトが《治療の球体》に触った時お前、慌てて止めたよな?」
「……止めたな」
「………あの時《治療の球体》は本当に故障していたのか?」
「えっ………?」
アルトの心臓がトクンと跳ねた。思わず誰にも聞こえないような声が出てしまった。
「……何が言いたい?」
「別に何が言いたいとかそういう事じゃ無いんだが……あの後のアルトの動揺っぷりが気になっててな。お前なら何か知ってるんじゃないかと思って」
「…………仮に何かあったとしてお前はどうするんだ?」
「悩んでるなら悩みを聞いてあげたいと思ってな」
だんだんとアルトの呼吸が荒くなって行く。やはりオルトルトは何かを知っているんじゃないか?そんな思いが胸を満たして行く。同時に自分が嫌われるのではないかという不安も。
「……………………………」
「何故答えないんだ?」
「………誰にだって人に言えない秘密がある。それは特別でもなんでもない、ごく普通のことだ。勿論秘密の大小はあるがな。でもそれは他人が勝手に立ち入って良い領域じゃない。知られたく無いから隠すのだからな」
「……………………………」
アルトは黙って話を聞いていた。ハイドに話しているはずなのにまるで自分にも話しているように聞こえた。
「だから………もし他人の秘密を知りたいなら本人から話してくれるのを待つべきだと私は思っている。本人の区切りがついた時、他人に悩みを聞いて貰いたいと思った時に人は秘密を打ち明ける。お前はその時に付き添ってやれ。だから今私から話すことは何も無い」
「……オルトルト?お前……一体何を?」
「これ以上は悪いが話さんぞ?」
「…………分かった」
「そうか。ならそろそろ寝ろ。明日も朝は早いぞ?」
「ああ。おやすみオルトルト。無理すんなよ?」
「分かってる」
俺はオルトルトの返事を聞き寝袋に戻った。
(区切りがついた時………か。私もいつか打ち明けられる日が来るのでしょうか)
オルトルトが何も話さなかったことに安堵しつつアルトは眠りについた。
「良い夢を――――二人とも」
オルトルトの小さな呟きは夜の闇へと吸い込まれた。




