それぞれの午後
一人研究室に残っているオルトルトは悩む。
アルトの右肩の事を追求するべきか否か。
実の所《治療の球体》は故障している訳では無かった。
《治療の球体》は対象の状態によってその色を変える。出血を伴う裂傷なら赤に、打撲なら青に、病気なら紫にといった具合にだ。
そして、対象が呪いをかけられている時は黒色に変わる。だが《治療の球体》で治療出来ない呪いなどそうは無い。
「《治療の球体》の解析結果は―――束縛の奴隷印……か」
奴隷は出荷される前に身体のどこかに奴隷印を押される。それは一種の呪いであり簡単には消す事が出来ない。その奴隷印には様々な種類があるが束縛の奴隷印はかなりタチの悪い呪いに属している。
「主人の命に背く事が出来ない外法か……虫唾が走るな。しかし……どうするべきかな、あれは簡単には消せんしなぁ。そもそも本人は知られたがらないだろう」
奴隷印が押されているということはアルトが奴隷である事を意味する。そんな物は本人にとって不名誉でしか無い。誰にだって知られたく無い過去はあるものだ。
「……………今すべきことでは無いな」
オルトルトは描きかけた魔法陣を握りつぶし窓の外を見る。外は今にも雨が降り出しそうな曇天だった。
「いつか彼女の奴隷印を消してあげたいものだ」
彼はその右手にはめられているブレスレットを強く握った。
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「はあ……疲れたな」
俺は二人と別れた後真っ直ぐ部屋に戻った。
気のせいか全身が重い。
「夕食までまだ時間もあるし一眠りするかな……」
俺はベッドに入りながら考える。俺の能力が判別不能だったことについてだ。
「オルトルト、相当戸惑ってたよな。精神強化系ということしか分からない、こんなことは初めてだって。精神強化系か……」
思い当たることはあった。
「ここに来てから色んなことがあった。勿論命の危機もあった。でも心が何かに支えられているような気がしてた……気になるけどあんまり深く考えても仕方ないか……」
だが俺にはもう一つ気になる事があった。
「さっきのアルトの動揺の仕方、只事じゃ無かったぞ。何かあるのか……?」
アルトの態度は気になるがおそらく触れられたく無い事なのだろう。そっとしておくのが一番のように俺には思われた。
そんな事を考えている内に、俺の意識は段々と遠のいていった。
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「じゃあ私はこの辺で」
「うん!じゃあね!アルトちゃん!」
教室棟の前でアルトとミラリアは別れた。ミラリアは図書館にいるヘーゼルの所に行くようだった。軽快な足取りで図書館に向かって行った。
「さて……私は寮に戻りましょう」
ミラリアの軽快な足取りとは対照的にアルトの足取りは重く、心の中は今の天気のようにどんよりしていた。
「やっと着きましたか、長い道のりに感じました」
アルトは部屋に入り鍵を閉める。鍵が閉まっている事を何度も確認した後、上着を脱ぎ肩に巻いている包帯を外す。赤黒い光を放つ奴隷印が露わになった。
「オルトルト君は気づいてしまったのでしょうか、私が薄汚い奴隷だということに。本当にこの印が忌まわしくて仕方が無い!こんな物さえ無ければ!」
アルトは心の内にあるものを吐き出す。肩を見れば忌々しい奴隷印、彼女は今までに何度もこの奴隷印を消そうとしたが、何をしても奴隷印が消えることは無かった。恐怖の記憶が蘇ろうとしている。思い出したくも無い記憶――。
「今は忘れましょう。もう一度彼に会った時にどんな反応をされるか怖いですね………」
肩が震える。班のメンバーにゴミを見るような目で見られるのが何よりも怖い。オルトルトに見捨てられるのも怖い。
「出会ってまだ2日だけれど、みんなとはずっと仲良くしていけるような気がしました。でも仲良くなった後にこの印を見たらみんなはどう思うでしょうか……やはり見捨てられてしまうのでしょうか……本当に怖いです………」
少女は誰にも見られる事のない部屋で一人涙を流した。
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「アルトちゃん……なんだか元気が無かったなぁ。どうにかして元気づけてあげられないかな?」
ミラリアは図書館に向かいながら考える。
「そうだ!ヘーゼルちゃんに相談してみよう!」
ミラリアは図書館の扉を勢い良く開けてヘーゼルを探す。図書館中の視線がミラリアに集まっていたが本人は全く気づいていなかった。
「ヘーゼルちゃん!」
「……静かに!」
「あっ!ごめんごめん」
「……それでどうかしたの?」
「アルトちゃんがなんか元気無いんだよね、どうにかしてあげられないかな?」
「儂にいい考えがあるぞ」
「……!!いつからそこに?」
「ついさっきじゃ、それより二人とも耳を貸してくれんか」
ガリアは自らのアイデアを二人に耳打ちする。
「どうじゃ?」
「……良いと思う」
「賛成!」
「明日実行じゃな」
三人は計画の打ち合わせを続けた。




