夕暮れの小屋で
俺はミラリアと歩きながら森を見渡す。だがそこは俺の予想に反して見たことの無い森だった。
(うーむ、最後にログアウトした場所だと思ったんだけどなぁ、[森の飛竜]も居たし……)
そうこう考えている内に目的の場所へ着いたようだった。彼女が立ち止まってこっちを振り向く。
「着いたよ、ここが私の家」
そこには、綺麗な中世風の建物があった。この世界の基準は分からないが、元いた世界なら普通の大きさの平屋だった。
「先に中入ってて、これ裏の倉庫に置いて来るから」
ミラリアは竜を担いだまま裏に回って行った。
俺は言われたままに家の中に入る。入って右にあるリビングは、きちんと整理されていた。
(ん?何だろう……あれ)
俺は部屋の隅の棚の上に大事そうに置かれていたあるものに気がついた。
(なんだ……これ、ブレスレット……?)
俺はブレスレットが気になったが、彼女に無断で見るのも悪いと思った。
(後で聞いてみるか……)
「おっまたせー」
ミラリアが後ろから声掛けてきた。
(…!!心臓に悪い)
「肩。見せて?」
俺が肩を見せると、彼女は慣れた手つきで傷に薬草を塗り包帯を巻いてくれた。
「ところでさ、ハイド君はどこに住んでるの?」
俺は固まる。なんて答えたら良いのか分からないからだ。正直に異世界から来たことを話すべきか。
(いや、話しても信じてもらえない気がする)
そんな俺の様子を見たミラリアは少し暗い表情で俺に言った。
「もしかして……住むとこ無いの?」
「……………」
俺は何も言えなかった、確かに現状住むところは無い、しかし俺には彼女の表情が妙に気になった。だが彼女は俺が黙っているのを見て肯定と受け取ったようだ。迷いなく言葉を紡いだ。
「ならさ、ここに住まない?」
「えっ?」
予想外の提案だった。俺からすればさっき会ったばかりの見知らぬ人にする提案では無い。だが、俺にとってはこれ以上ない程良い提案だった。
「本当に……良いのか……?」
「もちろんだよ」
「………じゃあ………お言葉に……甘えて」
その言葉を聞いたミラリアの顔は太陽のように眩しかった。
「じゃあさじゃあさハイド君は奥の部屋を使って!私夕食の支度してくるー!」
本当に楽しそうだ。
(さて、俺は奥の部屋を見てくるかな…)
奥の部屋の扉を開ける。本棚とクローゼット、ベッドと窓のある部屋だ。窓から夕日が差してくる様は本当に綺麗だった。
(良い部屋だな)
俺はベッドに剣を立てかけ鎧を脱ぐ、一息つこうかと思ったが本棚にあったある本が目に入る。
(なになに……『魔法大全』?)
中を見てみる、そこには主にこの世界で使われている様々な魔法の名前と効果が書かれていた。《炎》、《突風》、《吹雪》といったベータ版にもあった魔法もあれば、《重力波》、 《暴風壁》といったベータ版には無かった魔法もあった。
だがそれらの名前のいくつかには見覚えがあった。
(確か、製品版での実装が告知されていた魔法だ。
ということは、この世界は製品版に近い世界なのか?だとしたら……)
非常に不味い、ゲーム通りなら俺のレベルはベータ版の最大レベルである100だ。しかし製品版での最大レベルは確か1000、とてもじゃないが太刀打ち出来ない。
(死ぬかも、いや死ぬわ、間違いなく死ぬわ)
そんなこと考えてブルーになっていた俺に上機嫌な声が掛かる。
「晩御飯できたよー」
(ああ、癒される。さっきも思ったが本当に良い子だな)
「今行くよ」
そう返事して俺はリビングに向かった。
リビングに着くと肉の焼ける香ばしい匂いがした。胃が刺激される。色々あって気がつかなかったが俺は本当に空腹だった。
「そっち座って」
テーブルには、こんがりと焼けたステーキとみずみずしいサラダが並んでいた。
「美味しそうだな」
「さあさあ、食べて食べて!」
俺は慣れない手つきでナイフとフォークを使い、目の前の料理を食べる。
(!これは……)
美味い、美味過ぎる。ステーキは程よく油が乗り幾らでも食べられる気がする、サラダはさっき採って来たかのようにシャキシャキだった。
「美味しい!美味しいよ!」
俺は心の底からそう思った。
「本当!良かった〜」
ミラリアは心底嬉しそうにそう言った。
「ところで、これって何の肉なの?」
「ん?[森の飛竜]だよ」
(竜ってこんな味がするのか)
「ふー、美味しかったぁ!ありがとう」
「どういたしましてっ!」
この世界に来て初めて一息つけたところで俺はあることを聞いた。部屋の片隅にあったブレスレットのことだ。
「ミラリア。あのブレスレットってどういうものなの?」
「!」
途端に彼女の顔が暗くなる。何か聞いてはいけないことを聞いたようだ。
「あっごめん……、言いたくない話だった?」
「それ母さんの形見なの」
「えっ――?」
突然の話に言葉が出なくなる。
「父さんも母さんも私が小さい頃に死んだの」
二人の間に沈黙が流れる。だがその沈黙は少女の言葉によって破られる。
「その時の話……聞いてくれる?」
俺は無言で頷いた。




