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純文学を書いてみた

作者: ふりまじん

純文学…それは、言葉の芸術である。他人にはどうでも良い事を、美しい文章で読ませる。日本独自の文学ジャンルだ。


「で、これどうすればいいのよ。」

奈美は、純文学の定義を読んで剛のスマホに威嚇する。

美しい文章とか言われたら、剛と会話が出来ないわ。最近、評価もついたし、期待に応えて全ジャンル制覇を目指したいのだけれど、いきなり、(出禁をくらっちまう。と、と書きたい) 格調のハードルが行く手を阻む。

「本当にいいの?俺、味噌ラーメン。」

満月が遠くの山より高い位置で鈍く輝き出す頃、(つまり、9時すぎだ。)剛は嬉しそうにメニュウを指差した。今日は、奈美がご馳走すると剛を誘ったのだ。

「ええ、よろしくてよ。剛さんには、いつもお世話になってるのですからね。」

奈美は、昔読んだ江戸川乱歩を思い出しながら、上品な台詞を想像して声として発してみる。国語の先生は、美しい言葉には美しい魂が宿る。特に、女性の発する綺麗な日本語は、周りを穏やかで、幸福な気持ちにしてくれる。と、仰ったが、使い慣れない言葉には、(ロクな魂、と、言いたいところだ)美しい魂など宿るわけもなく、剛は、狐でも見るように用心深く奈美を見た。

「大丈夫?」

剛はあからさまな不信感を頬に浮かべている。(大丈夫じゃねーよ、コンチクショウ!とは、言えないわな)奈美は剛の気持ちを思いやり、伏し目がちにラーメン屋のメニュウを見つめると、おもむろに、窓側の端で、油にまみれながらも職務を健気にこなす呼び鈴のボタンを押した。

「剛さん、餃子も頼みましょうね。」

ラーメン屋の女給さんが、注文を受ける前に奈美は剛に語りかける。すると、剛は子供のように無邪気に笑いながら、

「え、俺、食べられるかな?」

と、嬉しそうに自分のお腹の心配していたが、奈美が食べる事は想定外らしい。しばらくすると、女給さんが注文を取りに来た。

「ラーメンと、味噌ラーメン、餃子を一皿お願いします。」

奈美はテキパキと注文し、少し疲れたように目を細めて、

「席を立ってもいいかしら?」

と、剛に話しかけ、答えが帰る前には立ち上がっていた。



トイレに入ると、奈美は鏡の前でため息をついた。


純文学。なんとなく掴んだわ。


この、どうでもいいようなラーメン屋のやり取りを、美しい言葉で描写して、人に読ませられたらいいわけね。


例えば、トイレとか、便所とかの単語を使わずに、いい感じでそれを読み手に理解させればいいのよ。ええと、そうねこの場所は、


女心を整える場所。とか、女のずるさを吐き出す所みたいな。


今なら、さしずめ、気持ちの化粧直し場…うん、なんか文学じゃない。奈美は少し嬉しくなったが、ここから先を考えると、頭が混乱もする。

こんな、お上品な遊びはした事は無いし、剛を餃子で黙らせていられるのは、わずかな時間だ。正直疲れたけれど、諦めたらやり直しだし、ここは一気にケリをつけたい。


しかし、オチが見つからない。こんな話面白いのかしら?


様々な気持ちが、浮かんでは消える。しかし、思い出さなければいけない。純文学にはオチは必要無い。誰も興味が無いような、どうでもいい事を、芸術的に言葉で表現するのだ。

剛とラーメン食べて、支払いを済ますまで、それを描き、誰かが完読すればそれで完成なのだ。

やってやるわ。

奈美は、気合を入れてドアを開ける。全ジャンル制覇を楽しみにしてる、金の埋蔵量よりも希少な読者のために。



席に戻ると、丁度ラーメンがテーブルを彩り、ツヤのある甘い香りで剛を誘惑している。さあ、この場所を芸術に変えるのだ。奈美は、昭和にありがちなドラマの銀座のママのように笑顔に気合をいれて、席についた。

「旨そうだね。」

「美味しそうね。さあ、食べましょう。」

奈美は麺を口に入れ会話を阻止する。剛と文学的に会話なんて自信が無い。まずは、店内を描写してみよう。

明日の扉が開きかける深夜のラーメン屋には、異なる時間を生きる人達が集う。

カウンターの革の上着の男性は、熱心にマーカーで書類にしるしを残しながら何やら勉強をしていたし、奥のテーブル席には、学生らしい数人の若者が楽しそうに団欒を重ね、窓側の席には少し訳ありげな中年の男女。そうして、森から出てきた妖怪のような私達。最近は、仕事の電話が無いので社会から外れたような気持ちになる。奈美は剛に遠慮しながら(全部食われる前に、が正しいと思うが)餃子を一つ箸でとる。穏やかな時間が流れ、剛はスマートフォンで気持ちの麻薬を探すのだ。インターネットは気持ちを少し上げてくれる。彼は何かを見つけて、それから思い出したように嬉しそうに奈美を見て

「そういえば、さっき、テレビでなんとかチャン、凄かったね。ダンスの練習していて俺、思わず見とれてテレビから離れられなかったよ。」

「はあ?」

奈美は思わず声が漏れた。今、彼女の心の中で野蛮で魂を揺さぶるタムタム太鼓が奈美の闘志を震わせる。

「あれ、凄かったよ。本当は試合まで見たかったけれど、流石に10時を過ぎるから出てきたんだ。」

悪気もなく言い放つ剛。それは、奈美の中の魔物を召喚する禍言葉。

「ふざけるなよ、こんちきしょう!約束の時間は6時、そこから時間の遅れ、遅れで最終9時、しかも、過ぎてるし、その上、ラーメンには変更が無いからこちとら、空きっ腹抱えて待ってたんだよ。クソがっ。」

マシンガンのように言葉を叩きつけ、奈美は純文学の為の涙ぐましい努力の全てが壊れて消えるのを感じた。ほんの1時間も上品に過ごせない自分に自己嫌悪を感じながらも、どことなく、汚い言葉を吐き出した爽快感も感じていた。剛はてへへと笑い、奈美も呆れながら諦めてため息をついた。

言葉の芸術なんて、柄にも無い事を考えても、出来ないもんは出来ないのだ、実際、この短い時間は疲れたし、剛相手にラーメン屋で、料亭のお見合い以上に緊張したわ。

「しかし、あんたも、少しは私に気を使おうよ。私を空きっ腹で待たせてるんだから、若い女の子をテレビで見てたなんて、平気で言うこと無いでしょ?」

言いながら、奈美も自分のしていた事を振り返る。どんなに美しく言葉を装っても、実が伴わなければ嘘ではないか。でも、それなら、下品な私達は純文学なんて書くことは出来ないのだろうか?芸術って、そんなに狭苦しい物なのか?


定職もなく

伴侶もなく

社会の底辺にへばりついてる私達。それでも、美しいものを感じることも、生み出す心意気もあるのに。


ロートレック。


身分を嘆く奈美に、無意識が慰めの言葉を思い浮かべてくれた。アンリ・ド・トゥールズ=ロートレック。19世紀末のフランスの画家で、ダンスホールや酒場に入り浸り、ポスターを芸術まで高めた男だ。

確か、年配の女性…娼婦の裸のスケッチなども書いていたような気がする。

ところどころ衰えた、私の醜い体でも、ロートレックがスケッチしたら、何千万の名画になる。

アッチコッチダメダメの、こんなおバカな剛でも、ロートレックが描いたら、ルーブル展示も夢ではないのだろうか?


それなら、ロートレックを目指せば良いのだ。今は私の中には居ないけれど、目指す先にそれが無いとは言えないだろう。


剛とは職業訓練で知り合った。

その時からどうしようも無い奴だったけれど、それでも、こいつなりの優しさは、微かにあるのだ。

今時、スマホを他人に貸してくれる、そんな人物は少ない。しかも、変な登録までされて。遅刻はしたけれど、私のために会いに来てくれるのだ。

剛は、スマホが借りたいから奈美が誘うのだと思ってる。絶対的に自己肯定出来ない男なのだ。

「瀬謙さんもスマホ買えば?」

剛が冗談めかして聞いてくる。

「嫌よ。」

「なんで?」

「だって、スマホを買ったら、あんたに借りる必要がなくなるでしょう?」

奈美は微笑んで伝票を掴むとレジに向かった。












評価ありがとうございました。

あれから一年。文章は上手くはならないし、純文学を考える時間も無さそうですが、こうして挑戦出来たことは凄く良かったです。

またいつか、挑戦したいです。

読み返すと、途中、9時の表現からの、深夜と描かれていますが、間違いでは無く、本当にラーメン食べながら書いていたのでそれだけ長居をしていたのですね。

店はチェーン店で、色々飲み食いしながら長居を出来る時間帯でした。

が、変なシュチュエーションだったな。と、今になるとシュールな気持ちになります。

初めての小説活動に、皆んなで浮かれていたんだと、少し恥ずかしくも楽しい思い出です。




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