―一週間―2
「ただいま」
両親が共に帰宅したが、夜になっているのに明かりがついていない家の中に不審そうな顔で見合った。
「おーい、忠―!いないのか」
「忠、今日はすき焼きにするわよ」
両親はとりあえず家に明かりをつけてから、リビングや久保の部屋を探した。しかし、両親が捜している久保の姿は見当たらない。
「まさか…」
父親が何かを思い立ち、自分の書斎に急いだ。そして、父親の予測は当たっていた。書斎の本棚が隠し部屋を晒したままになっている。
「母さん!母さん!!」
大声で母親を呼び、母親も書斎に入ると、驚愕した表情を映し出した。
「なんで…」
「とにかく、行ってみよう」
父親が先導して、地下への階段を下りていく。地下には明かりがついていて、それは明かりが自動で消える筈の地下に誰かがいるということを示していた。
両親が地下室に下りると、その中央に日本刀を握り締めた久保が佇んでいた。
「忠か?」
久保は両親の方を向いてはいるが、俯いているせいでどのような表情をしているかは分からない。
「何、これ?」
久保が両親を問い質す。
「いや、違うんだ。忠、これはな、その……」
「僕は言い訳を聞きたいんじゃないよ」
父親は諦めたように溜め息を吐いた。
「これは、父さんと母さんがやってる会社で裏取引として販売している銃器類だ。父さん達の会社もこの不況の中で普通にはやっていけなかったし、お前に会社を残してやる為にも、こういうことに手を出すしかなかったんだ。分かってくれ」
「僕がいつそんなことをして欲しいなんて言ったの?」
「違うのよ、忠。これはどうしようもなくて、仕方なかったのよ」
「だから言い訳を聞きたい訳じゃないって言ってるだろ!」
怒鳴り声に母親は驚きに一度体を震わせ、怯えたように後ろに下がった。
「父さん、これはいつ頃からやってたの?」
「始めたのはお前が丁度高校に入るくらいの時だが、ここまで大きくなったのは半年前の法改正があってからだ。あの時はお前も大事な時期だったから、会社を潰す訳にはいかなかったんだ」
「そう。いつも、そうだった。僕がいつ裕福な方がいいって言った?僕がいつ世間体のことを気にしてくれって言った?父さん達は分かってるの?父さん達が銃を売ることで死んでしまう人や傷付いてしまう人が何十人、何百人っていることを!」
久保が顔を上げた。その目には涙が溜まっている。しかし、久保の表情や声には明らかな苛立ちが窺い知れた。
「昔から二人とも、忙しいからって僕のことを甘やかすばかりで僕のことは見てもいないし、認めてもくれなかった。だから、僕はわざわざ遠くの大学を選んだんだよ?二人と離れて、そして自立する為に。だから、嫌な上司でも、嫌いな仕事でも耐えてやってきたんだ。そしたら、僕を見てくれるって、認めてくれるって思ったから」
「忠…すまなかった」
父親は久保に対して頭を下げた。
「もう謝っても遅いんだよ…」
「だったら、どうすれば許してくれる?」
「昔の僕だったら、馬鹿だったからきっと父さんが謝る前に許してたかもね。仕方ないって自分を納得させてさ。でも、僕はもう、昔の僕じゃないんだ」
「どういうことだ?」
父親は訝しげに久保に尋ねた。
「この半年間、色々あってせいか、色々考えなきゃいけなんだって一昨日に気付かされたんだ。そう言えば、まだなんで急に帰ってきたのか話してなかったね」
「あぁ、そうだったな」
「二人に相談があるっていうのは言ったよね。実はね、僕この半年間宇宙旅行に行ってたんだ。それで、その時になんとかっていう訓練プログラムを知らないうちに受けちゃってて、超人的な身体能力を身に付けたらしいんだ」
「超人的な身体能力?」
父親が疑問に言葉で漏らしたが、久保は意に介せず話を続けた。
「相談っていうのは政府から経済に関する犯罪を取り締まって欲しいって言われたことなんだ。でもさ、僕は生きることさえも精一杯だったし、人を裁けるような人間じゃないって分かってたから、断ろうと思ってた。だけど、正直な気持ちを言えば、犯罪者達を裁けるっていうのには惹かれていた。別に正義のヒーローを気取りたい訳じゃなくて、犯罪を許せないって心の中で僕のちっぽけな正義感が叫んでたから。だから、裁く人間の器とかそういうのは抜きでただ純粋に犯罪を減らしたいって思った」
久保の言葉は揺るぎない想いが溢れているようだった。
「お前は子供の頃は正義感の強い子供だったからな」
「それは覚えてないけどさ、やっぱりそういう考えがまだ心のどこかに残ってたから決心が鈍ってたんだ。だから、ちゃんと決心できるように相談しに来たんだよ。二人なら、僕に甘いから絶対に止めてくれると思って」
久保は日本刀に手を掛け、握り締めた。
「でも、ようやく決意出来たよ。実家に帰って来た時に思ってた決意とは違ったけど、それでも、これが僕の出した答えなんだ」
久保はゆっくりと日本刀を鞘から抜いた。その刀身は青白い光を受けて、神々しく光っていた。
「父さん、母さん、ごめんね」
静かに零したその言葉で、久保は溜めていた涙を一筋だけ流した。
「国家に与えられた権限と使命により、貴方達に裁きを下します」
久保は流した涙を腕で拭った。
そして、久保が決意のもとに動き出す。一歩踏み出し、二歩目に跳んだ。久保の常人を遥かに凌ぐ速さは一瞬という言葉が相応しく、二人のもとに行き着くとその勢いのまま父親にその刃先を向ける。
「ぐっ……」
日本刀は父親の体をいとも簡単に貫いた。父親の体は背骨までもが貫かれていた。それは尋常ではない早さによる久保の勢いと、その切れ味鋭い日本刀だからこそ為し得た業だった。
「う、嘘でしょ?父さんを刺すなんて……忠、あんた誰を刺したか分かってるの!?実の父親よ!」
動揺している母親を久保も、そして父親も意に介すことはなかった。久保の日本刀は刀身の半分まで刺さっていたのだが、父親は自ら前に踏み出て最後までその刀身を受け入れた。
そして、父親はそっと久保を抱き寄せた。
「すまない…な、忠。こんな、不甲斐、ない、父親、で…」
「父さん…」
久保は父親の言葉に一気に涙が溢れて出していた。
「俺は、お前に、何か、してやれ、た、か?」
「父さん、もう十分だよ…後はゆっくり休んで」
久保の声は今の感情を表すように震えている。
「あ、あぁ…寂し、い、思い、をさせ、て、しまって、悪かっ……」
父親は体に日本刀が刺さったまま、絶命した。久保は日本刀を抜き取ると、父親の体を受け取って床に寝かせた。
「い、嫌よ。私は絶対に死にたくない!」
母親の精神は限界に達したのか、既に正常には程遠い異常をきたしていた。この状況で普通にいられる方が狂っているのかもしれないのだが。
「母さん、今すぐ父さんのもとに行かせてあげるからね」
「い、い、い、いやああぁぁ!!」
母親は錯乱しているのか、突然近くにあったアサルトライフルを手に取ると、目標も定めずに乱射し始めた。久保は近くにあった物陰に隠れて銃弾をやり過ごした。
数発撃っただけでその華奢な体が反動に耐えきれず、母親は僅かに吹っ飛び、その場に倒れた。
久保は母親のもとまで行き、日本刀を振り上げる。
「い、いや…やめて…私は貴方の母親なのよ。そんなこと―――」
久保の目は涙を流しているが、その奥には感情を感じさせない冷たさがあった。母親はそれを感じ取ったのか、言葉を止めた。
久保は無言のまま、日本刀を振り下ろす。日本刀は綺麗な刃筋を描き、母親の体を袈裟切りした。母親は体から鮮血が飛沫をあげて飛び散り、絶命した。
久保の体は血飛沫で赤く染まったが、久保自身はそれを意に介することはなく、それよりも自分のしたことの意味に迷っていた。
血に染まったことを喜んでいるかのように輝く日本刀が久保の力無い手から零れ落ちた。そして、久保はその場に力が抜けたように座り、呆然としていた。
――僕のしたことは正しかった?これで、僕は納得できる?
自問自答しても達成感や正義を貫いた満足感などが湧き上がってくることはなく、虚無感だけが残っていることに気が付いた。
――僕は、僕は、自分の両親を―――――
「う、う、うわわあああぁぁぁぁ!!!」
自分が壊れそうな感情を叫ぶことで吐き出したが、その感情は際限なく湧き上がってくる。それは吐き気を引き起こし、久保は胃の中のもの吐き出した。
「うおえぇ、うぇ……」
一度吐き出しても久保の嘔吐は胃の中のもの全てを吐き出すまで止まらなかった。そして、全てを吐き出すと久保はゆっくりと呼吸を整えた。
「はぁ…はぁ…はぁ」
しかし、それでも負の感情は収まりきらなかった。
久保は感情に身を任せ、動き出す。
「うわわわあああぁぁぁぁ!!!」
久保は叫び続けながら日本刀を振り回し、次々と銃器を切り捨てていった。それはまるで悪夢を断ち切るようだった。
銃器には豆腐のように柔らかいのかと思わせる程、鮮やかな切り口が残されていた。
半分を切り終える頃には久保の体力は限界を通り越していた。しかし、久保はそれでも動き続け、殺戮の原動力を切ることを止めなかった。狂ったように何かに没頭することで何も考えない為だろうか。
久保は更に日本刀で残骸を築いていく。そして、最後の一つを切り終えると共に床に倒れ込んだ。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
久保は息を切らして、額には大量の汗が噴き出していた。それは久保の涙を隠すように流れていく。
それから、久保はその場でずっと子供のように形振り構わず泣きじゃくっていた。