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放置国家  作者: 水芦 傑
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―偶然の決意―4

「失礼します」

 部屋に入ったのは十人の男女を連れてきた眼鏡の男だった。十人はそれぞれ私服に着替えてからこの部屋を訪れていた。

私服はそれぞれの個性が垣間見れるもので、久保は地味な服装を、高瀬は若者らしい服装を、草場はスーツという服装をしていた。

「総理、お連れしました」

 十人の前には現在の政府の頂点、内閣総理大臣が座っていた。その存在に驚く者もいたが、緊張のせいか、表情は誰一人として変わらなかった。

「すまないね。お呼び立てしてしまって。迎えに出てきたものは少なかっただろう?」

 総理に返事をする者はいなかったが、頷いていた者は何人か見受けられた。

「宇宙旅行はどうだったかな?と感想を聞きたいところなのだが、なにせ私には時間がないものでね、早速だが本題に移らさせてもらうよ」

 ――本題?

 十人の内、たった一人船長を務めた男、柳島やなしまを除いた九人は誰もが同様に心の中で呟き、疑問符を頭の上に浮かべた。それを船長がしなかったのはその本題の意味がなんなのか理解していたからだろうか。

「君らにはまず、今の日本の現状を説明しないといけないだろう。実は…法治国家である日本は放置されたのだ」

 ――はっ?

彼らが頭の上に抱えていた疑問符は更に増えた。

それと同時に総理の言葉はダジャレなのかどうか、そしてそれに対して笑っていいものなのかどうかの戸惑いが生まれた。総理の表情はダジャレではないと思わせる程真剣だった為にそれが更に彼らを迷わせた。

「詳しいことについては首席秘書官の彼から聞いてくれ」

 十人を連れてきた眼鏡の男が総理に言われ、説明を始めた。

「貴方がたも知っている通り、今の日本の経済はそのものが破綻してもおかしくない程の不景気です。今の現状を打開するには大胆な政策を打ち出し、経済の活性化を図る他はないと考えました。そして半年前、ちょうど貴方がたが宇宙に旅立つ頃にある政策が施行されました。その政策とは経済全般の法改正です。具体的な例を挙げますが、貴方がたにも分かりやすいよう端的に言います。流通が禁止されている物資の一部解禁や金融においての規制の廃止などです。つまり、我々政府は経済に介入する幅を極端に縮小し、それを総理が放置と言い表したのです」

「というわけだ」

 黙って聞いていた彼らは未だ理解が追い付かずにいた。確かに今の話は理解出来たのだが、本題についてはまだ一切触れていないので、それは当然のことだろう。

久保と草場は真面目に話を聞いていたのだが、高瀬は相変わらず素っ気ない雰囲気のままで話を聞いているのかも定かでない。まるで、自分は無関係であるかのような態度だった。

「あの、それが何か関係あるんですか?」

 気になっていたことを堪え切れず、久保が八人の気持ちを代弁するように秘書官に問い掛けた。

「それはこの政策によって起きた様々な問題にあります。その中の一つに経済の犯罪の急増があるんですが、今の警察や公正取引委員会だけでは対応しきれない程にまで膨れ上がりました。それを見越して、我々はある計画を進行させていました。それが今回本題というわけです」

 秘書官は本題を避けるように遠回しに話した。

「ある計画?」

「経済的犯罪対策用人員の訓練プログラム。それが今回の宇宙旅行に隠された本当の目的なんですよ」

 突如、柳島が一歩踏み出てそう言い放った。

「そうですね。ここからは私より責任者の柳島さんに説明してもらった方がいいでしょう。柳島さん、お願いします」

 秘書官が一礼すると、柳島が話し始めた。

「僕を含めて宇宙旅行に行った十人は経済的犯罪対策用人員の訓練プログラムの被験者ということなんですよ」

「犯罪対策?」

「どういうこと?」

 九人、いや、無関心でいる高瀬を除いた八人は柳島の話でざわめき始めた。何も聞かされていなかったのと、その難しく意味深な計画名に不安を煽られていたのだ。

「僕の話はまだ終わっていませんよ」

 柳島の言葉で一気にざわめきは収まったが、彼らの不安が拭い切れた訳ではない。

「詳しく説明しますと、宇宙旅行中に様々な厳しい訓練を行いましたよね?あれがプログラムの内容です。君達は体験したからどんな訓練かまでは説明しませんけど、この訓練プログラムによって君達は人間の常識では考えられない超人的な身体能力を手に入れました。まぁ実感はないと思いますけど。それと、先程に首席秘書官の彼も言っていましたが、今回の経済的犯罪対策用人員の訓練プログラムの責任者はこの僕ですから」

 最後の言葉には少し誇らしげな表情が柳島から窺い知れた。

「すみません」

 草場が不意に手を挙げた。

「なんですか?草場さん」

「一つ質問をしてもいいでしょうか?何故、責任者である筈の貴方が宇宙船に乗る必要があったんでしょうか?」

「いい質問ですね。それは君達の状態管理と経過報告をする為ですよ。僕も訓練には参加しましたから、色々忙しかったんですがね」

「それともう一つ。何も知らされずにそのなんとかプログラムに参加してしまった私達にこれからどうすれと?」

 草場の質問には僅かだが、皮肉のようなものが含まれていた。それは、訳も分からずに今の状況に追い込まれたことに対する些細な抵抗なのだろう。

「それについては、私から説明させていただきます。この訓練プログラムの目的は経済的犯罪対策用人員を作り出すことにあります。つまり、貴方達には犯罪を取り締まってもらいたいんです。貴方達のその圧倒的な力で経済に関する犯罪を取り締まることによって発生する抑止力は計り知れないものとなるでしょう」

「そういうことですか…ですが、今ここで簡単にはいと返事をすることは難しいでしょう。私だけではなく、皆さんそうだと思いますよ」

 草場は他の八人を見渡した。誰もが、戸惑いと不安を受け、表情は素直にそれを現していた。今まで黙ってやり取りを見ていた総理大臣がその口を開いた。

「このことについては強制するつもりはないし、今すぐ答えを出せなどと言うつもりもない。猶予として君らには一週間、期限を与える。その間に考えてもらい、もし了承してくれるならばその時は―――」

 総理大臣が言葉を一度区切る。

「君らが思う正義をその手で実行して欲しい」

 力強く、総理は十人に言い放った。その瞬間の存在感はまさに日本の頂点であるという威圧感があった。

「それに当たって、君らには渡しておかなくてはいけないものがある。おい、頼む」

「はい」

 秘書官は返事をすると、この部屋を出ていった。秘書官は台を押しながらすぐに帰ってきた。

その台の上には大きく質素な木箱が置かれている。その台を十人の前まで持ってきた。

「君らの能力を考えると、これが一番合うという柳島君の意見でね、用意させたんだ」

 箱が開けられると、その中には様々な刀が並べられていた。

どれも、光を受けた鞘が輝いているように光っていて、それはまるで自分が普通の刀ではないことを主張しているようだった。

「刀?」

「日本刀…?」

 その存在を実物で見たことある人は少なく、見たことがあるとは言ってもそれは博物館などでガラス越しにという程度のものだった。その為か、日本刀に興味を抱く者や驚く者がいた。

「柳島さんがその超人的な身体能力を最大限に生かすには拳銃などではなく、日本刀の方がいいと言うことでしたので、各地にあった名刀を集めました。天下五剣や最上大業物などを揃えました。古くなっていたものは全て名工に鍛え直してもらいましたので、御安心ください」

「君らにはこれともう一つ、犯罪を取り締まる上で与えなければいけないものがある。それは、権限だ。幾ら超人的な力を持っていたとしても、組織を相手にする場合には人数が圧倒的に少なすぎる。そのせいで、多少の無理も出てくるだろう。だからこそ、君らには犯罪者を調査などに関しては法を犯さなくてはならなくなると思う。その為に、君らには超法規的権限とでも言うべき国家権限を与えておく」

「権限、ですか?」

 誰かが、総理大臣に聞き返した。

「あぁ。こんなことを総理大臣である私が言うべきではないのだろうが、もし罪が重く君らの正義に反するような事があるならば、その罪人を殺しても構わない。それくらいでなければ抑止力も働かないだろう。この権限はそれを許す為の権限でもあるということと、今の日本の現状がそこまで来ているということを忘れないでもらいたい」

 日本刀とは違い形のないものの為か、十人はあまり実感が湧いていなかった。柳島もこのことに関しては聞かされていなかったのか、驚きを隠せないでいる。そんな十人を意に介せず、秘書官が何かを思い出したように言葉を紡いだ。

「言い忘れていましたが、もし犯罪を取り締まることに関して受けていただくことになりましたら、貴方がたと、貴方がたの家族の生活を政府が一生保障することが決定していますので」

 権限や日本刀、それに生活保障などの情報を一気に貰った十人は軽くではあるが、理解が追い付かずに混乱していた。

「一週間後、君らが正義を実行し終えたら、また私のもとを訪ねてきて、その答えを直接聞かせて欲しい。それと、最後に一言だけ言わせてもらう」

 総理はじっくりと間を溜めてから、その言葉を口にした。

「君らの正義を信じたい」


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