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放置国家  作者: 水芦 傑
3/23

―偶然の決意―2

「ありがとうございました」

 素っ気なさが雰囲気を構築している学生、高瀬優斗たかせゆうとは愛想のいい店員から袋を受け取ると、店員が一礼したことには気にも留めず、すぐに店を出ていった。

 高瀬が買ったものは今日の昼食になる菓子パンと牛乳だった。これは高瀬にとっていつものことだった。しかし、高瀬はそれが自分の運命を変えることになるとは夢にも思っていない。

 高瀬は学校へと歩を向けた。その途中、光が僅かにしか届かない裏路地が高瀬の視界に入った。その奥には高瀬と同じ制服を着た男が四人いた。

 ――何やってんだ?

 高瀬にしては珍しくその状況が気に掛った。人生の全てを悟ったような人間である高瀬にとって、それは珍しいを通り越し、奇怪と言わざるを得ない程のことだった。

 四人の内、三人は残りの一人を囲んでいて、囲まれている男は眼鏡から覗かせる視線を伏せて怯えながら座っている。

「……………」

 高瀬は通り過ぎようとしていた歩を止め、裏路地を軽く覗き込んだ。

「おい、昨日頼んでおいた金はどうした?」

金髪の男が見下ろしながら眼鏡の男に詰め寄った。金髪の男の語気や態度を見る限り、それは脅し以外の何物でもなかった。

「い、いや、あの、その……」

 眼鏡の男は言葉を濁している。それを答えと受け取った金髪の男は冷たく言い放った。

「やれ」

「りょーかい!」

 命令された男は愉しそうに怯えている眼鏡の男を蹴り始めた。

「ぎゃーはっはっはっはぁ!!」

 それから、眼鏡の男は何度も蹴られ、踏み付けられ。それは眼鏡の男が自分の体を庇えなくなるまで続いた。

「おい、調べろ」

「オッケー」

 金髪の男はまた別の男に命令を下した。その男は眼鏡の男の体をまさぐり、内ポケットから財布を取り出した。

「あったぜ」

 その男は財布を金髪の男に見せてから、中身を確認し始めた。

「な―んだ、二万も入ってんじゃん」

「そ、それはぁ……それだけはぁ…」

 眼鏡の男は財布を持った男に手を伸ばした。

「黙ってろって」

「ぐはっ…」

 先程に蹴りを入れていた男が眼鏡の男の胸を踏み付けた。それにひるんだ眼鏡の男の手は力無く落ちた。

「てめぇ、俺様をなめてんじゃねぇぞ!!」

 冷静だったはずの金髪の男は唐突に怒り出し、眼鏡の男に殴る蹴るを繰り返した。

「おい、もういいだろ」

 財布を持っていた男が金髪の男を止め、なんとか収まったが、もしそれがなければ眼鏡の男は死んでいたのかもしれない。それ程までに金髪の男の暴力は度を越していた。

 金髪の男の怒りは急速に消えていき、また冷静な態度に戻った。

「ちっ、たかが十万も用意できねぇのか。だが、もう一度だけチャンスをやる。明日までに残りの八万を用意しておけ。いいな?」

 顔も蹴られた為に眼鏡が割れ、もう眼鏡の男ではなくなった男からの返事はなく、聞いているかさえも定かでない。その男は気絶しかけていて、意識も朦朧しているようだ。

 金髪の男は最後に気絶しかけたその男に唾を吐きかけた。財布を持っていた男も財布から一万円札を二枚抜き取り、財布を投げ返した。

 高瀬はその状況を目の当たりにしても、表情どころか眉一つ動かすことはなかった。しかし、その右手は拳を作り、震えていた。

 高瀬は何事もなかったかのように再び歩を進めた。学校に着き、教室に足を踏み入れると、男が高瀬を出迎えた。

「おっ、おはよう。優斗」

「あぁ、おはよう。桜田」

 高瀬を迎えた桜田はクラスの中心人物で学校の人気者だった。桜田の人気は男女問わないもので女子からの黄色い声援もいつも桜田のもとに集まっていた。

 つまり、どの学校にもいる典型的な目立ちたがり屋ということだ。

「そういやさ、昨日のサッカー見た?」

 桜田が多くの黄色い声援を受けるのは彼がサッカーをしているということも関わっているのだろう。それは決して浅くなく。

「いや、見てないけど」

「マジで?お前さぁ、日本人ならせめて日本代表の試合くらい見れよ」

 ――日本人ってのは関係ないだろ。

 高瀬は言葉を胸の中で呟き、その考えを果てさせた。

「あぁ、そうだな。今度からは見るようにするよ」

 高瀬は流すように適当な言葉を返した。それを見透かしているのか、それとも自己満足の為か、桜田は更に語り出した。

「絶対だぞ!まぁ、お前も一度その魅力を知れば、絶対にはまるぜ。それで、昨日の試合なんだけどよ―――」

 それからも、桜田の雑談は続いた。それが高瀬にとって有益な雑談である筈がないのだが。

 高瀬は嫌な顔一つせず、しかし興味のある顔も一つせず、淡々と話を聞き続けた。右から入ってきた桜田の雑談は高瀬に記憶されるよりも先に左へ抜けていっていた。

耳こそ傾けてはいるが、話自体は聞いていないということだ。

「―――という訳だ。それにしても、喉渇いたな。水でも飲みたいぜ」

 桜田は一通り話し終えたことで、どういった意図があるかは分からないが、そう言い残して満足そうに自分の席に戻った。



昼休みに入ると、それぞれの生徒が自分の弁当に手を掛ける。しかし、それをしない少数派の生徒は昼寝をする者や昼食は食べないと決めている者などがいた。

高瀬は今朝買った菓子パンと牛乳の入った袋を手に教室を後にした。それを追うように桜田が弁当と缶ジュースを持って付いてくる。高瀬はそれを一切気にしていないようだ。

高瀬は屋上へと向かっていて、それは桜田の知るところでもあった。屋上に向かうのは高瀬にとって日常の一つだった。

屋上は事故などを防ぐ目的で周りに金網に囲まれていた。他にも人はいるのだが、そのどれもが男女一人ずつの組み合わせになっている、カップルだった。

 しかし、高瀬は桜田と男二人である為、少し浮いた存在ではあった。高瀬にとってはそんなこと、気にもならないことなのだが。

「お前さぁ、また菓子パンに牛乳?それじゃあ味気ないだろうし、腹いっぱいにならなくないか?」

 高瀬は菓子パンを口にし、飲み込み終えてから返事をした。

「いつもこれだけだから、もう慣れたな」

「慣れるって……慣れるもんなのかよ」

 桜田は呆れとあまり信じられないというような、そんな二つの感情が入り交る表情を浮かべた。

 突然、桜田は何度も屋上を見回した。

「どうかしたのか?別にいつもとそんなに変わんないだろ」

「いや、別に。なんでもない。さぁて、俺も飯にするかな」

 桜田も弁当を覆っていた布を取り、食事を始めた。桜田は食事をしながらも、話を止めることはない。

「なんか暑くない?」

「そうか?夏にはまだ早いし…それよりお前、すごい汗かいてるな」

「なんか暑くってよ。ま、そんなことよりさ、三組の中山達知ってるか?」

「不良気取りの金髪と金魚のフンの三人組、だろ?確か、同じ学年だったっけ?話したことはないけど、知ってるよ。今朝も見掛けたし」

「あいつら、今なんかやばいことに手を染めてるらしいぜ。だから、お前も気を付けた方がいいぞ」

「気を付けるって、何を?」

 いつもなら聞き流す筈の高瀬だが今朝のこともあってか、話に引っ掛かり、桜田に尋ねた。

「これはあくまでも噂なんだけどよ、あいつら薬やってるって聞いたぜ。だから、最近急に弱っちい奴らからカツアゲしまくってるって話だ。それで、その金は全部薬に回してるってよ」

「ん?薬だって?でも、どう―――」

 そこで高瀬の言葉が途切れる。

「どうかしたのか?」

「いや、なんでもない。それより、そういう意味でだったら、お前も気を付けろよ」

「いや、俺は大丈夫だって。腕っぷしには自信あるからよ」

 桜田は言葉の終わりと共に箸を止め、弁当を片付け始めた。しかし、弁当の中身はまだ半分以上残っている。

「もう食わないのか?」

「あぁ、なんか最近食欲なくってよ。それに夜も眠れないから不眠症気味だし……不眠症だから食欲がないのかもな」

 桜田は弁当を片付け終えると、缶ジュースを開け、一気に飲み干した。

「ぷはぁ!美味い!なぁ、その牛乳、一口だけ貰ってもいいか?」

「はっ?今、ジュース飲み干したしただろ。しかも一気に」

「いや、そうなんだけどよ。何だがやたらに喉が乾いちまってさ。食欲はないのにな。昼前の体育のせいかな?ま、なんでもいいけど一口くれよ」

「あぁ」

 桜田は高瀬の言葉を待ってか待たずかの瞬間に牛乳を手に取って、飲み始めた。しかし、言葉とは違い、桜田は牛乳を二口、三口と飲み進める。

 高瀬はそれを眺めるだけで止めようとはしない。牛乳を飲み干されても構わないのか、それとも別の意味があるのか。

「ぷはぁ!牛乳なんて久々に飲んだけど、結構美味いな」

「そういえば、桜田って牛乳苦手じゃなかったか?」

「あれ?そうだったっけ?まぁ、いつの間にか苦手なものを克服出来てたんだし、それでいいじゃねぇか」

「あぁ……そうだな…」



 学校を終えて、高瀬は帰路に付いた。その途中、今朝寄った商店街を通るのだが、今日の商店街はいつもより少し賑わいを見せていた。

 原因は今日行われている商店街の福引にあった。それを横目で見つつも高瀬は歩き抜けようとした。

 ――そういえば…

 高瀬は思い出したように足を止め、ズボンの左のポケットに手を入れた。そうして、取り出したのは今朝買った菓子パンと牛乳のレシート、お釣りの小銭が数枚、それに福引券が一枚。

 ――せっかくだしな。

 高瀬は思い立ち、ちょうど空いていた福引所に歩み寄った。福引の景品は四等が果物の詰め合わせ、三等が商店街の商品券三万円分、二等が液晶テレビ、一等はなんとにわかには信じがたい宇宙旅行だった。

 しかし、高瀬は残念賞でティッシュ箱が一箱当たればいいという、実に欲のない考えだった。

「はい、いらっしゃい」

ハッピを着た威勢のいい男が高瀬を出迎えた。

「あの、これ」

 高瀬は福引券をその男に手渡した。

「はいはい。一回ね。是非、一等当てて帰ってよ」

 男の心ない一言を聞き流し、高瀬は福引では定番のあれに手を掛け、回した。一回転し、二回転目に入ろうとした時に小さな穴から玉が飛び出し、転がる。

 福引で最も重要な玉の色は金色に輝いていた。

 ――金色は……


カランッカランッ!!


 鐘の音が商店街に響き渡り、思い思いに買い物を楽しんでいた人達の注目が一斉に集まった。

「おめでとうございます!!なんと、なんと!一等が出てしまいました!!」

「えっ?はっ?」

 予想だにしない状況を作り出したのは自分なのだが、あまりに唐突だった為か、高瀬自身が状況を読めていなかった。

商店街の客達からは祝福の拍手が高瀬に届いた。その音は高瀬の思考の邪魔となり、状況を理解させようとしない。

 そんな高瀬を勢いに乗ってしまった男が畳み掛ける。

「一等は人類が夢見続けてきた宇宙旅行だ!」

「はっ?宇宙旅行??」


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