7、逃避行
比呂美の帰りを待っていたかのように、一度持ち直した母親は、小さな命の誕生を心から喜び、旅立って行った。
美希と天璃、そして少し遅れて入って来た瑠璃を見て、比呂美は小さく笑ってポツリと呟く。
「乳井室君のお陰で、間に合うことができたみたい。ぼんくらしよった娘やったばってん、お母しゃん、大地っち宇宙見てね、やっぱり娘ん子はむぞらしかもんやねっち、ほんなごと嬉しそーに笑っち。ほんなごとありがとね」
美希が天璃の隣で目頭を押さえる。
瑠璃はそれを見て、何も言わず静かに表へ出てきてしまう。
「お悔み、ちゃんと言えたのか」
外で待ち構えていたすばるの質問に黙ったまま、瑠璃は車に乗り込む。
とても、ライブなんて出来る気分じゃなかった。
しかし、遠ざかる街並みを眺めながら、唇をかみしめる。
どうしようもなく、やるせない気分のまま、幕は上がっていた。
ひとたび舞台に立てば、全てを忘れて、自分の世界に魅了させるのが、プロというもの。頭では、重々わかっているのだ。しかし、どうしたって頭から二人の姿が離れてくれないのだ。
ずっとずっとあの横には自分がいる。それが当たり前だと信じていた。例え兄妹の関係を崩さなくしても、永遠に続くものだと。だけど、それは違っていた。
ポツンと空いてしまっている席。
本来なら、そこには天璃がいるはず。
自然と目がいってしまい、思わず込み上げてくるものがあった。
この歌を歌うたび、目に浮かぶのはいつだって、寄り添う美希を庇うように肩を抱く天璃の姿。
どうしてこの選曲をしてしまったんだろうと、恨めしく思う。
春らしい曲。
そんな安易な決め方をしなければ良かった。と桜吹雪の道を二人で歩いたことを思い出す。
偶然を装って美希が出現に、やり場のない怒りが心を占めた。
どうにもならない関係を恨んで、我儘を言って困らせた。約束を破り、天璃の部屋へこっそり侵入した瑠璃は、何度もその唇を奪おうと考えた。けど、出来なくて、一人部屋で泣いた。
あきらめることを決めたのに、二人を祝福しようって決めても、心が叫んでしまう。
遅れて入って来る人影に、瑠璃は驚きを隠せず、目を見開く。
……りっちゃん。
やっぱり、わたし、諦めるなんて、出来ない。
涙が頬を伝い、声が詰まってしまう。
その陰はやがて二つになる。
美希も一緒だった。
「りっちゃん、来てくれたんだ」
楽屋にやってきた二人に、こぼれんばかりの笑顔で言う瑠璃を見て、天璃が頭を掻く。
「比呂美さんに言われて」
天璃は比呂美の名を言う時、一瞬迷った顔をする。
どうにも、呼び名を迷ってしまうらしい。
「美希ちゃんも、ありがとう」
「不破さんの席が余っているから、折角だから、一緒に行こうって、天璃さんが誘ってくれて。良かったのかしら」
「どうして、ちかっぱうれしかったばってん」
「出た~博多弁」
すばるの冷やかしに、瑠璃は笑い声をキャッキャと上げる。
そう、受け入れなくてはならない現実。
じゃあと言って、二人が連れだって出て行く。
「大丈夫か」
水を差し出しながら、二人が出て行ってしまうのを見計らって、すばるが尋ねる。
大丈夫なわけがない。でも……。
「どうして、全然平気だけど」
平然を装い、瑠璃がちょこんと首を傾げて見せる。
「そうか、それならいいけど」
合点がいかない様子のすばるに、盛大に笑顔を振りまく。
そう。これで良いの。
何度も自分に言い聞かせながら、うわぁ。お腹減った。と言い繋いだのだった。




