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5、決着

 瑠璃を一人残し、天璃は下関へと旅立つ朝、柴田が訪ねて来ていた。

 あの、偶然の再会を果たした三日目の出来事だ。

 恐縮する柴田を家の中へ迎え入れた美璃は、二人の前にお茶を出すと、さっさと席を外す。

 ソファーで新聞を読んでいた重雄も、何かを感づいたようで、美璃の後に続くように退座して行くのを、柴田は目で追い、それを含めて改めて頭を下げる。

 用件は、言われなくしても分かる気がする。

 そんな天璃も、苦笑いで頭を下げ返す。

 

 どこから切り出していいものか、探るように天璃を見ていた柴田が、重々しく口を開く。


 「比呂美は今どこさ」

 「実家です。お母さんの具合が悪いようで」

 「お母しゃんの、どこの悪かんやか」

 「すいません。詳しく聞かされていないんです」

 柴田の表情が少し変わるのを見届けた天璃が、躊躇するように訊ねる。

 「そげなこつ、聞くために来よるけんはなかちゃね」

 砕けた言い方をされ、柴田も話しやすくなったらしく、一呼吸を置き口を開く。

 「比呂美っちな、いつからたい」

 予測していた通りの質問に、天璃は苦笑いを浮かべ応える。

 「高校時代にちょっと」

 「そいな、前に比呂美から聞かしゃれていましゅ。そーではなく、一緒になるきっかけな、やはり、ここでん再会やったけんしょうか」

 来た。と、天璃は思った。

 薄ら惚けても、そこはま逃れられない筋道。


 不破の運転でここへ戻って来る道中、天璃は柴田との経緯を報告していた。

 穏やかな顔のまま、始終、天璃の話しを聞いていた不破が、口を開いたのは、瑠璃が先に行っているね。と、車を降りて行ってしまってからだった。

 門扉が開かれ、瑠璃が家の中へと消えて行く。

 不意に鼻歌を始めた不破を、きょとんとしたまま天璃がいると、それはすぐに笑い声へと変わる。


 「おそらく、そんな事だろうと思いました。ウチの嫁さん、何でも僕に話すくせして、そのあたりのことになると、途端に口が重くなっていたんです。まぁ、中には聞きたくはない内容とかもあって、もしかしたら、あなたも聞かされているんじゃありませんか?」

 不破の質問の意図が読めず、天璃は首を傾げる。

 「バカな女だと、正直思いました。子供、降ろすなんてとんでもない話です。だから僕、言ったんです。そのままの言葉を。嫁さんも、ああそうだねって、泣き笑いをして、どうしようもない、最低な女だよね。だから、私、あなたとは結婚できません。てな。ああやっちまったって思って、慌てて言い繕いましたけどね。後は泣くばっかで。しょうもないけど、放っておけないって言いましたけどね。本当に、バカなんです。くだらないことで、いつまでもくよくよして。だから、僕の傍に居ればいいんだって、後は力ずくですよ、天璃が何ぼのもんじゃ。その不倫相手も、ボコッてもいい。けど、お前だけは、そのままでいいから、僕から離れないで欲しいって。ああ、何を言っているんでしょう。顔から火が噴きそうだ。とにかく、良いんです。それがあいつで、それがあいつの良さで。スイマセン。話し、まとまりません」

 「大丈夫。大体のことは伝わりましたから」

 

 ――そして、沈黙。

 

 「柴田さん、蒲池の相手、俺じゃありません。妹の瑠璃がお世話になっている事務所の社長です。あの日は、たまたま俺の家にも用事があって、寄って行っただけなんです」


 疑いの眼を向けられ、天璃は頷いて見せる。


 あいつの苦しみが、一つでも減らせればそれでいい。そう言って、不破は笑った。

 比呂美が苦しんでいたこと。

 夫への隠し事と、偽り。そして疑心。

 

 深く深く、柴田が息を吐き出す。

 「朝から気が悪くする話ばしにやって来てしまって、ほんまに申し訳ない。ばってんくさどうしても確認しておきたかったんばい。僕は、比呂美のことば心から愛しておったとよ。ボウズがいない夫婦なんて、なんぼでもいるし、そん寂しさば埋めてやれる、自信はあったつもりなんばい。やけど、あいつは僕の元から去って行ってしもうたとよ。それはあんたへの思いがあったからやないかって、ずっと疑っておった」

 「そいはちごうとると思います。俺が? そぎゃんことある訳ないやろ。比呂美しゃんは、あんたのことばほんまに惚れとったんだと、思います。ただ、ボウズが出来ないのは、辛かったようやけど」

 「矢張りそいやろか」

 徐に頷く天璃を見て、柴田はがっくりと肩を落とし、深いため息を吐く。

 「恐かったんばい。事実ば知ることが。どうしようもない男ですぼくは。母が、比呂美ばそんことで攻めとるのも知っていて、見てみないふりばしとったんばい。最低ばい。僕がしっかり支えてやらなければならんのに、仕事に格好つけて逃げとったんです。やけんわざわざボウズなんて見せつけに、比呂美はやって来よるけん。それほど、嫌われてしもうたってことやろか」

 「柴田さん、もしかしてまだ」

 「情けない男でしょ。比呂美は僕にとって、勿体ない女やったとよ。いつでも笑ってなんでもないふりばしてくれる、器の大きな女やったとよ。あいつの心の中にいる、あんたの存在も知っておったとよ。他に、隠し事ばしとるのも、なんとなくやけど、気が付いとったんばい。だけん、僕はそれでもよかと思っとったとよ。ほんまに好いとぉたから。比呂美がどう思うと、なんと言おうと、手放すんやなかったって今でん本気で思っています」

 自分を思っていたかは置いとくとして、本当に、その通りだった。

 不破の言葉を借りるならば、比呂美は浮ついているようで、一途な女。柴田への思いは、本人が想像している以上に大きかったと思う。だからこそ、夫を説得できず、義母に話す勇気が出なかった自分を責めた。そして、苦渋の決断をしたのだ。その上に自分の幸せは成り立っている。そう考えた比呂美は、いつまでも別れを引きずる元旦那のため、また再び会いに来たのではと、ふと天璃は思いつく。 

 腕時計に目を落とした柴田が、行きましゅ、と立ち上がる。

「柴田さん、一つだけ聞いてもいいですか」

 ん? と言う顔をする柴田を見上げ、天璃はさりげない口調で尋ねる。

 「自分の躰のことで、何かあるんですか?」

 一瞬の躊躇いが流れ、柴田はぎこちなく笑ってみせる。

 「職業柄、神経ば凄く使うんばい。もしやっち思っちおったとよ。転勤も多か職業で……、てしろごつたい。ほんとは母は知らんたいんやけどの、25歳ん時、おたふくば患おったとよ。そい、なしても比呂美には話しぇましぇんやった。逃げたんたい。母親と比呂美からのいざこざから。情けなか話たい。やけん、愛想ばつかされても仕方がなかったんだと、思います」

 「これから、どこへ」

 「母に会って来ます。はっきりと言って来ようと思います。今更だと思おるっちゃけど、こんまま比呂美が悪く思われとるのが、僕は辛い。せめてもの償いばい。」

 柴田は、静かにそういうと深々と頭を下げ、出かけて行くのを見送りながら、辛い話だと、天璃は思った。


 新幹線の時間ぎりぎりになってしまい、天璃は、松人に頼み駅まで送ってもらっていた。

 「にしゃはいつでん忙しいな」

 そういう松人に、苦笑で答えた天璃は新幹線へ飛び乗る。


 瑠璃は、一度も起きては来なかった。

 席に着き、落ち着きを戻した天璃は、着信があったことに気が付く。

 もしやと思ったが、それは意外な人物からのものだった。

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