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30、離陸

 静かな朝、天璃は目覚めていた。


 逃亡を続けていた金原が捕まり、事件の全貌が明らかになった、三日目の朝の出来事だった。

 

 「乳井室君」

 比呂美の問いかけに、天璃は穏やかな笑顔を向ける。

 いろいろなことがありすぎて、気持ちの整理がつかないままでいる天璃へ、比呂美は一通の手紙を差し出す。

 かつて節子が比呂美へ預けたものである。

 そこには節子の、切なる思いが綴られていた。

 「これは?」

 「節子さんが居なくなる前、これと颯太を預けて行ったの」

 「でも」

 天璃が不破邸を訪ねた時、颯太の姿はなかった。

 「ごめんなさい。乳井室君、少し冷静さを失ってみたいだったから。私も節子さんもね思いは一つだったの。あなたがあなたらしく居れる場所を探して欲しい。それがたとえどんな逆境でもね」

 「みんなして……」

 比呂美が悪戯っぽく笑い、一石二鳥というかと口ごもらせながら、目を細める。

 颯太の預け先は、下塚の家だった。

 もともとお飾りでいる社長であった奥さんが、会社に顔を出さなくても不思議ではない。実質的に、副社長の下塚が動けばいいこと。

 節子の葬儀も下塚夫妻が手厚く執り行った話を聞かされ、天璃は申し訳なさでいっぱいになる。

 仮にもそんな人たちを、天璃は裏切ろうとしていたのである。

 瑠璃の願いを叶えたのち、誰にも行き場所を告げずに消えてしまおうと思った自分が恥ずかしかった。

 「乳井室君てさ、悪い癖だよね。何でも一人で背負い込んじゃってさ、よーくその目を見開いて見てみなさい。あんたには守ってくれる人も、守らなければならない人もたくさんいるでしょう。その人たちを悲しませること、わたし断じて許さないから」

 きっぱり言い切った比呂美は、天璃の部屋のカギを返し、出て行ってしまう。

 

 --そして、瑠璃の復活ライブの幕は上がる。


 実に3年ぶりのステージである。

 自分のせいで多くの人が亡くなり、一時は歌を歌うことが怖くなってしまった瑠璃だったが、天璃同様、救ってくれたのは颯太のまっすぐな笑顔だった。

 一番辛い思いをしたはずの颯太は、落ち込んで立ち上がれない瑠璃のそばに来て、歌い出したのだった。

 調子外れであるその歌は、瑠璃の心に浸み渡っていく。


 泣いても笑っても……。


 瑠璃は一度目を閉じ、静かに歌い始める。

 誰の心にもある翼で大空に飛び立てるように、静かに強く願いを込めながら……。


 

 そうだねいつだって

 僕は一人じゃなかった

 そんなことも気が付かず

 ソクラテス気取りで

 顔をしかめていたんだ


 雨上がりの交差点

 ちぎれては流れていく雲

 

 愛していると言えずにいる

 僕のそばで君は幸せだったの?

 

 散りばめられた時間ときの中

 たくさんの君があふれている

 この思いはどう説明すればいいの?

 君が笑う 君が泣く

 さりげなく交わす言葉

 いつの間にか

 そんな一コマ一コマが

 当たり前になっていたんだ


 いくつ季節が目の前を

 通り過ぎればこの心は

 自由になれるの?

 雨のしずく光る樹々

 折れた翼抱え

 飛び立てずにいる愚かな僕は

 もしも時間が巻き戻せるなら

 馬鹿げているけど

 本気で考えたりしているんだ


 願いは叶わないって

 知ってるよ いくつもの愛

 はがれて行ったよ 息がうまくできないよ

 もうこんなの嫌だよ 目を閉じれば……

 

 そうだねいつだって

 僕は一人じゃなかった

 どうして気が付かずにいつも

 ソクラテス気取りで

 顔をしかめているんだろ


 人があふれる地下鉄

 鳴り響く発車のベル

 

 ビロードの夜合わせた唇

 君は幸せって言うの?


 散りばめられた時間ときの中

 たくさんの君があふれている

 この思いはどう説明すればいいの?

 空は高く 光満ちて

 君がいるそれだけで

 輝いていた

 そんな一コマ一コマが

 当たり前になっていったんだ


 折れた翼で向かう先に

 愛がある自信はないけれども

 地面蹴って舞い上がれ

 僕らならきっと大丈夫


 たとえどんなことが

 待ち受けていても……


 この空を駆け抜けて行け

 風は上々気流

 土ぼこり舞う乾いた

 この場所から翼広げ

 当たり前のだけど特別な

 愛に向けて今 take off 

  

 「りっちゃんはひどい人だよね。瑠璃の誕生日プレゼントなのに、あれって美希ちゃんのこと、思って書いたでしょ」

 戸惑うようにしている天璃を見て、瑠璃はケラケラと笑い出す。

 「もうよかよ。充分愛されていること分かったけん」

 瑠璃は天璃にそっと背をむかせる

 「乳井室天璃、テイクオフ。目指すは最上美希。OK?」

 「瑠璃」

 「振り向いちゃダメ。いい、この場所から私たちの未来が始まるの。だからりっちゃんは行くの。男ならつべこべ言わずに、愛へ走れ」

 「瑠璃、ごめんな。ありがとう」


 ……ったく。

 

 瑠璃はそっと目頭を押さえる。


 よく晴れ渡った空だった。

 天璃を乗せた飛行機を見送り、瑠璃は小さく息を吐き出す。

 「りっちゃん、バイバイ」


 車で迎えに来たすばるに、瑠璃は満面の笑みで手を振る。

 「……瑠璃、今度こそちゃんと卒業できたか?」

 「もちのろんだよ」

 いきなりキスをされたすばるが、目を瞬かせる。



 天璃は勇気を振り絞りベルを鳴らす。

 美希の大きな瞳から大粒の涙が流れ落ちる。


 「ただいま」

 「おかえりなさい」

 「愛してる」

 感極まって、美希は両手で顔を覆う。


 美希の後ろに隠れてしまった少女へ天璃は手を差し出す。


「初めまして」


 こんなはじまり方も悪くないと、天璃は思う。

 

 心のままにテイクオフ。


 にっこり微笑みあう天璃と美希は唇を寄せ合う。

 

 幾度も繰り返される、新しい一日の始まり。

 ただそれだけである。

 難しいことじゃない。


 白い教会のドアが開き、小さな天使に付き添われ愛を誓い合う。

 そこにはもう迷いはなかった。

 颯太と璃杏りあんに挟まれ、天璃と美希の笑顔が輝く。


 「比呂美さん、これで本当に良かったんですか?」

 ライスシャワーを浴び満面の笑みで通り過ぎていく二人を眺めながら、柳井がそっと耳打ちをする。

 「良いの良いの」

  

 花火大会の後、柳井は何回か不破夫妻を訪ねていた。

 天璃の様子を伝えるためである。

 

 「あんなこと言って、逆効果になってしまったらどうしようかと思いましたよ」

 比呂美がふっと笑みをこぼす。

 「それならそれでいいじゃない。愛に形はないんだもん」


 比呂美は、だんだん思いつめていく天璃が心配で仕方なかった。

 荒療治が必要だと考え、

 「あんた役者目指しとるんでしょ。それなら見しぇてみんしゃい、一世一代の名演技ば。シナリオは……」


 「この事実、知ったら室長、怒るんだろうなぁ」

 「血の雨が降るかもね」

 嘆く柳井を一瞥し、比呂美がにやりと笑い意地悪く言う。

 「マジっすか」

 ひきつり笑いする柳井に、比呂美は軽く肩をぶつける。

 

 「本気で役者目指すの?」

 「もう少し、乳井室天璃を観察したくなりました」

 聞く比呂美へ、柳井は照れくさそうに答えた。


 窓を開け放った瑠璃は、まだ眠たそうに眼を擦っているすばるへ、振り返り微笑む。

 「なんかさ、恋したくなるようなきれいな空だよね」

 「分かったから、まじめにやれよ」

 「はいはい。でも、いいじゃない。だって本当に、そんな気分なんだから」

 ギターをけだるそうにかき鳴らすすばるに合わせ、ぶかぶかなシャツを羽織った瑠璃が口ずさむ。 

 

 天璃はゆっくり流れていく雲を眺め、幸せを噛みしめるように電車へ乗り込む。

 いつもと似た今日の始まりである。

 だけどそれは、何にはなくとも代えがたい、大切な一日の始まりに間違いはない。


  〈Fin.〉 

 


最終話です。

えっとですねー、実は天璃と瑠璃を結び付けてあげたくて書きはじめたのですが、何となく、そう何となくなんですけど、二人の関係は純のままでしてあげたいなと思い直し、こんな物語になってしまいました。

へたっぴな文章ですが、凝りもせず言葉を紡いでしまう愚かな私におつきあいくださいまして、ありがとうございます。


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