28、揺蕩う
天璃の容態は依然不安定のままだった。
不安に明け暮れる瑠璃のもとへ、くたびれたスーツ姿の男が桐田と名乗り頭を下げる。
警察手帳を見せられた瑠璃は息をのむ。
「間に合いませんでしたか」
苦々しく、集中治療室のドアを見ながら、桐田はつぶやき、やがて下関の一件のことを、瑠璃に聞かせたのだった。
忽然と姿を消してしまった節子が下関に戻っていたのだ。
狂言自殺の騒ぎの後、桐田は独自で節子の身辺を探っていたと言う。
そして、すべての真相を知ることになる。
矛盾だらけの事件だったと話す桐田の顔は、明らかに疲れていた。
小さな事件に、どうしてそこまでこだわるのであろう。
ぼんやり、そんなことを思いながら聞いている瑠璃の胸の内が分かったのであろう、桐田は口角を少しだけ上げて見せる。
「許せんのです。命を軽んじる奴は。それが自殺であろうが、他殺であろうが、わたしにはどうしても我慢が出来んのです」
人間臭さを覗かせた桐田は、重々しく、節子があのアパートへ一人で舞い戻り、何者かの手によって殺されてしまったことを告げたのだった。
山口県警の人間が、ここまでやって来るには、何かある、とは思っていたが、まさか節子の訃報を知らされることになるとは思わなかった瑠璃の瞳は、みるみる涙でいっぱいになる。
その捜査線上に、一人の男が浮かび上がったのだと言い、桐田は一枚の写真を瑠璃に見せたのだった。
「この男に、見覚えがありますか」
その写真の男は間違いなく、瑠璃の部屋に侵入してきたその人物だった。
瑠璃は絶句してしまう。
下関の二つの事件と天璃が刺された事件が関連していたのだ。
信じられない事実に、瑠璃は耳を疑う。
すべては菅の思惑であろうと桐田は告げながら、苦々しく、集中治療室へと目をやる。
SNS。
聞きなれた単語に、瑠璃は顔をしかめる。
ローズヒップスのファンサイトで知り合った二人は、互いの目的を知り、利害関係を結び、犯行に及んだ。
あの夜、待ち伏せしていた菅は、天璃を追いかけ部屋を飛び出してきた節子を、振り向きざまにナイフで一突きにしたのは、菅だった。
弱気になった天璃へ迫るつもりだった菅の計画は、まんまと裏切られてしまう。
仕方なく、もう一つ用意していた計画を実行したのだ。
詐欺の被害届を出したのは、金原である。
節子にお金の匂いを充分、匂わせたのは金原の方からだった。
大手会社勤務。女に飢えた独身男。気さくで明るい節子にご執心。
その設定に、節子はあっさり引っかかり、身の上話をするまでの関係になってしまうのに、そう時間はかからなかった。
金原は、ある日分厚い封筒を節子に何も言わず手渡す。
忙しい時間帯である。
中身を確認する暇もなく、ようやったそれが札束だと分かった時には、、金原は帰ってしまった後だった。
それからしばらく金原は店に顔を出さなくなり、節子に間がさす。
節子は、そのまま姿をくらませようと企んだのだ。
金原は店で会うだけの客。
連絡先も知らない。
向うにも同じことが言える。
しかし、すべては菅と金原の厳密な計画の上に成り立っていた。
小泉の振りをして電話をしたのも、何を隠そう、金原自身である。
何も知らない節子は一人、下関に戻り、颯太と新しい生活を始めるための準備を始めていた。
その日も、面接へ出かけようと、何の気なしにドアを開けた節子の心臓は、一気に凍り付く。
「お久しぶりね」
目深に帽子をかぶった女が微笑む。
薄れていく意識の中、見たあの笑みである。
帽子を取った女が、満面の笑みで楽しそうに、あなたがいけないのよ。と呟く。
真っ赤な口紅を塗った菅だった。
慌ててドアを閉めようとする節子の目に、もう一人の人物が映る人物がいた。
ゆっくりと朽ちていく感触を味わった菅へ、冷酷な笑みを浮かべた金原は、ご褒美を施す。
木に吊るされた節子の遺体は、山菜取りに訪れた男性に見つけられることになる。
発見当初、自殺と思われたこの事件は、思いがけないことから他殺事件と発覚することになる。
狂言自殺の時、第一発見者とされた隣室の男、牟田が逮捕されたのである。
容疑は、麻薬所持だった。
入手先が菅だったことが判明。
一気に事態が動く。
「おそらく、乳井室さんはある程度、分かっていたのでしょうな」
目を見開く瑠璃を見て、桐田は首をすくめる。
「根拠はありません。刑事の勘てやつです。何となくそう感じただけです」
だが桐田の言葉を聞いて、瑠璃はようやく、天璃が急になぜ、二人の楽園を探しに行こうなんて言い出したのか分かった気がする。
すべて、私をを守るため……。
瑠璃は息ができなくなり、そのまま気を失ってしまう。




