25、空虚
節子は戸惑いを隠せずにいた。
菅が入院を強いられ、天璃との婚約が正式に決まり、今は家族で暮らすための家探している最中である。
颯太はすっかり天璃に懐き、今も二階へ案内され、二人で歓喜の声を上げている。
「節子、お前もこっちに来て観てみろ。結構日あたりがいいぞ」
都内の戸建を買う。
夢みたいな話である。
腕組をする天璃を真似て、颯太もその横で生意気な表情で節子を見る。
それは泣けてくるくらい、小泉の顔なのだ。
「颯太はどう思う。俺としてはもう少し広い方が、先々のことを考えると、いいと思うんだが」
颯太は眉間にしわを寄せ、唸って見せる。
「良いのか悪いのか、それじゃ分からないよ」
「いい。ママとパパと住めるならいい」
ぱっと明るい表情を見せる颯太を見て、天璃の顔が緩む。
言葉数を増やした颯太は、よく笑うようになっていた。
だから尚更、節子の胸が痛んでしまう。
天璃が好きだ、という気持ちは嘘ではない。しかし日を追うごとに、切り離せない思いが胸を締め付けるのだ。
天璃は、いなくなってしまった小泉のことを聞きはしない。
数回、無言電話が入っていることも言えずにいた。
何よりも、天璃が無理をしているのが、節子には痛いくらい伝わってきていた。
肩車された颯太が奇声を上げ、遅れて歩く節子を返り見る。
知り合った頃より細くなってしまった天璃は、節子の前では平常を装う。
作った料理を平らげ、決まってすぐに席を立つ。
すべてを戻してしまっているのは、気が付いている。それを聞く勇気がないのだ。節子はどうしても、手に入れた幸せを手放せないのだ。
急になりだした携帯を見た節子は、顔をしかめる。
目の前では、天璃と颯太が楽しそうに会話を弾ませていた。
「……俺」
そういって切れてしまった電話を受け取った節子は、気を動転させる。
確証はできないが、小泉に思えて仕方がないのだ。
居ても立ってもいられず、天璃にお金の無心をしてしまっていた。
親戚が急病でいかなければならないと、嘯く節子を疑うことなく、天璃はお金を握らせ、颯太は任せろと胸を叩く。
当てなどない。
知り合いを回り、気が付くと見知らぬ男の腕の中で眠ってしまっている自分が居た。
そんな自分を、天璃はにこやかに出迎えては、労う。
節子は、颯太の目が恐れた。
すべてを見透かすような純真な目で節子を見ては、甘えてくるのだ。
言葉数が増えた分、天璃にいつ告げ口をされてしまうのか、考えただけでも気が変になりそうだった。
また同じ過ちを繰り返しそうになってしまう自分が居るのだ。
思いつめた顔で比呂美に、一通の封書を託す。
そこに詳しい話はなかった。
ただ預かって置いて欲しいというだけのやり取りだった。
訝る比呂美を見て、節子は今にも壊れてしまいそうな笑みを浮かべ、頭を下げたのだった。
そんなやり取りがされていることを知らない天璃は、柳井と向かい合いコーヒーを飲んでいた。
休日である。
柳井が見かけたという節子の姿を聞かされても、天璃は間に受けようとはしなかった。 天璃は何となく気が付いていた。何かを隠していることも、気が付かないふりをしていた。
気晴らしをしたいだけだろうと言う天璃に、柳井は声を荒げ、どうしてですかと詰め寄る。
天璃は眉を下げ、苦笑いをする。
柳井は怒りを顕わにする。
「そんなに熱くならんでも」
そういう天璃を、突き上げるように柳井は見る。
「室長みたいな生き方、俺、一番嫌いです」
唖然とする天璃を見て、冷ややかに笑った柳井は言い繋ぐ。
「自分を殺して、幸せになんか、誰もなれない。なれないんです。そんな生き方、俺は認めない」
勢いよくテーブルを叩いた柳井は、天璃を残し、一人行ってしまう。
しばらく唖然となってしまっていた天璃へ一本の電話が入り、顔を曇らせるのだった。
美璃からの知らせに、天璃は迷わず節子のもとへ向かう。
重雄に紹介するのは、これが最後のチャンスかもしれないのだ。
部屋には、颯太が一人で留守番していた。
顔を強張らせる天璃を見て、颯太はたどたどしい言葉を繋げる。節子を庇おうとしているは、痛いほど伝わって来ていた。
しばらくして帰ってきた節子を見た途端、天璃は頬を叩いてしまう。
驚きで、見つめる節子に、天璃は肩を落とし謝る。
重雄が危篤であることを伝え、一緒に来てほしいという天璃に、節子は頑なに首を横に振る。
自分にはそんな資格はないと繰り返し、そして、別れを切り出そうとする節子の言葉を遮るように、天璃は部屋を飛び出してしまっていた。
現実を突きつけられるのが、辛かった。
瑠璃から電話が入り、節子が呆然と見送っていることも知らないまま、天璃は一度も振り返ることなく行ってしまう。




