表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

25、空虚

 節子は戸惑いを隠せずにいた。

 菅が入院を強いられ、天璃との婚約が正式に決まり、今は家族で暮らすための家探している最中である。

 颯太はすっかり天璃に懐き、今も二階へ案内され、二人で歓喜の声を上げている。

 「節子、お前もこっちに来て観てみろ。結構日あたりがいいぞ」

 都内の戸建を買う。

 夢みたいな話である。

 腕組をする天璃を真似て、颯太もその横で生意気な表情で節子を見る。

 それは泣けてくるくらい、小泉の顔なのだ。

 「颯太はどう思う。俺としてはもう少し広い方が、先々のことを考えると、いいと思うんだが」

 颯太は眉間にしわを寄せ、唸って見せる。

 「良いのか悪いのか、それじゃ分からないよ」

 「いい。ママとパパと住めるならいい」

 ぱっと明るい表情を見せる颯太を見て、天璃の顔が緩む。

 言葉数を増やした颯太は、よく笑うようになっていた。

 だから尚更、節子の胸が痛んでしまう。

 天璃が好きだ、という気持ちは嘘ではない。しかし日を追うごとに、切り離せない思いが胸を締め付けるのだ。

 天璃は、いなくなってしまった小泉のことを聞きはしない。

 数回、無言電話が入っていることも言えずにいた。

 何よりも、天璃が無理をしているのが、節子には痛いくらい伝わってきていた。

 肩車された颯太が奇声を上げ、遅れて歩く節子を返り見る。

 知り合った頃より細くなってしまった天璃は、節子の前では平常を装う。

 作った料理を平らげ、決まってすぐに席を立つ。

 すべてを戻してしまっているのは、気が付いている。それを聞く勇気がないのだ。節子はどうしても、手に入れた幸せを手放せないのだ。


 急になりだした携帯を見た節子は、顔をしかめる。


 目の前では、天璃と颯太が楽しそうに会話を弾ませていた。

 

 「……俺」


 そういって切れてしまった電話を受け取った節子は、気を動転させる。


 確証はできないが、小泉に思えて仕方がないのだ。

 居ても立ってもいられず、天璃にお金の無心をしてしまっていた。


 親戚が急病でいかなければならないと、嘯く節子を疑うことなく、天璃はお金を握らせ、颯太は任せろと胸を叩く。

 当てなどない。

 知り合いを回り、気が付くと見知らぬ男の腕の中で眠ってしまっている自分が居た。

 そんな自分を、天璃はにこやかに出迎えては、労う。

 節子は、颯太の目が恐れた。

 すべてを見透かすような純真な目で節子を見ては、甘えてくるのだ。

 言葉数が増えた分、天璃にいつ告げ口をされてしまうのか、考えただけでも気が変になりそうだった。

 また同じ過ちを繰り返しそうになってしまう自分が居るのだ。

 思いつめた顔で比呂美に、一通の封書を託す。

 そこに詳しい話はなかった。

 ただ預かって置いて欲しいというだけのやり取りだった。

 訝る比呂美を見て、節子は今にも壊れてしまいそうな笑みを浮かべ、頭を下げたのだった。

 

 そんなやり取りがされていることを知らない天璃は、柳井と向かい合いコーヒーを飲んでいた。

 休日である。

 柳井が見かけたという節子の姿を聞かされても、天璃は間に受けようとはしなかった。 天璃は何となく気が付いていた。何かを隠していることも、気が付かないふりをしていた。

 気晴らしをしたいだけだろうと言う天璃に、柳井は声を荒げ、どうしてですかと詰め寄る。

 天璃は眉を下げ、苦笑いをする。

 柳井は怒りを顕わにする。

 「そんなに熱くならんでも」

 そういう天璃を、突き上げるように柳井は見る。

 「室長みたいな生き方、俺、一番嫌いです」

 唖然とする天璃を見て、冷ややかに笑った柳井は言い繋ぐ。

 「自分を殺して、幸せになんか、誰もなれない。なれないんです。そんな生き方、俺は認めない」

 勢いよくテーブルを叩いた柳井は、天璃を残し、一人行ってしまう。

 しばらく唖然となってしまっていた天璃へ一本の電話が入り、顔を曇らせるのだった。

 美璃からの知らせに、天璃は迷わず節子のもとへ向かう。

 重雄に紹介するのは、これが最後のチャンスかもしれないのだ。

 部屋には、颯太が一人で留守番していた。

 顔を強張らせる天璃を見て、颯太はたどたどしい言葉を繋げる。節子を庇おうとしているは、痛いほど伝わって来ていた。

 しばらくして帰ってきた節子を見た途端、天璃は頬を叩いてしまう。

 驚きで、見つめる節子に、天璃は肩を落とし謝る。

 重雄が危篤であることを伝え、一緒に来てほしいという天璃に、節子は頑なに首を横に振る。

 自分にはそんな資格はないと繰り返し、そして、別れを切り出そうとする節子の言葉を遮るように、天璃は部屋を飛び出してしまっていた。

 現実を突きつけられるのが、辛かった。

 瑠璃から電話が入り、節子が呆然と見送っていることも知らないまま、天璃は一度も振り返ることなく行ってしまう。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ