24、抒情
天璃は比呂美の存在を忘れてしまっていた。
「どうしてもっと早くに相談してくれなかったの?」
病院へ行こうと言われた天璃は、頑なに首を横に振る。
比呂美は、不破が飛び出していったことを聞いただけで、天璃のもとへやってきたわけではない。
仲間内からのメールが、どれも天璃の躰を気遣うものばかりで、様子を見に来たのだ。
仕方なく入ったカフェの一角で、比呂美は盛大なため息をつく。
「だったら言ってみて。私なら、話せる内容だと思うけど」
そう言われ、天璃はがっくりと肩を落とす。
不破に話せない部分が多々あるため、やはり比呂美も差し控えることを選ぶ。
「ばってん乳井室君、君も悪い。はっきりしてあげないから、みんな傷ついてしまっとる気がする」
情けない顔で頷く天璃を見て、比呂美は思わず吹き出してしまう。
「何がおかしか」
「何も」
「笑ってるやろ」
「ごめん。そぎゃん顔ばしとる乳井室君見とると、高校時代ば思い出すのよ。なんかいつでんそぎゃん顔ばして、うちのわがまま聞いとったなって」
「そぎゃんことなか。ぴしゃーっとしよったやろ」
涙を流して笑う比呂美を見て、天璃は冷静さを取り戻す。
特盛パフェが目の前に置かれ、涼しい顔をした比呂美が、アイスコーヒーを啜りながらニコリとほほ笑む。
「瑠璃には、また歌を歌って欲しい。あいつの生き生きしたあんな顔見るの、ここ最近、なかったから」
「確かにそうね。まぁ泣かせている原因は、あなただけどね」
萎れてしまう天璃を見て、比呂美は八重歯を出して笑う。
比呂美の横暴ぶりは健在なのである。
「よかこと思いついたとよ。いっそんこと兄妹で駆け落ちしたらどう?」
この唐突な発想に、天璃は思わず顔をしかめる。
「冗談ば言っとる場合やないんやけん。菅しゃんは本気で二人のことば暴露しようとしとったんやけん。そん証拠品が見つかっていない以上、おちおちとしていられんけん。こぎゃんことが世間に出回ったら、瑠璃だけやない、両親だって傷つけられる」
「冗談なんか言っやないよ。もうこぎゃんのたくしゃんばい。あんご両親なら、きっと分かってくれるとよ。こぎゃんに思いあっとるのに、無理するからこじれるんばい。どっか遠くの国へ行って、自由に二人で暮らせばよか。よそが嫌なら、地方にでも行ってさ」
「もう決めたんやけん。俺は節子と颯太の家族になるとよ。それがいっちゃんなんだ」
力なく微笑む天璃を見て、比呂美は再びに盛大なため息をつく。
ばかげた話だと比呂美は思った。
しかし、それ以上は何も言うまいと思い、席を立ちあがる。
「そう言えば、もうそろそろ瑠璃の誕生日よね」
伝票を持ちながら言う比呂美に、天璃は頷いて見せる。
「今年はどうするの? 美希も渡米するみたいだし、乳井室君も結婚控えているからそれどころじゃないか」
「やります。それだけは、あいつのためにもやってやろうと思います」
「そう。だったら今年はわが家を提供するわ。あなたの家っていうのもねぇ。あと、瑠璃ちゃんからのプレゼントのリクエストを承っているんだけど」
天璃はそれを聞いて苦笑してしまう。
大概は直接言われるのだが、高価なもののお強請りをする時は必ず人伝で言ってくるのだ。去年は美希からの口から聞かされ、二人で共同出資してジュエリーを贈ったのだが……。
「歌詞を書いて欲しいそうよ」
思わず、はぁと聞き返した天璃を見て、比呂美は再びゆっくりとした口調で繰り返す。
「あいつは何を考えているんだ? 俺に書けるわけないだろ」
「そんなの知らないわ。でも、もし書いてくれるなら、もう一度歌うこと考えてみるって言ってくれたの。これはチャンスだと思わない? 乳井室君だって、さっき瑠璃にはもう一度歌って欲しいって言ってたでしょ。お願い。美希と瑠璃に抜けられると、本当にうち、パンクしちゃうの」
笑うしかなかった。
勝手な言い分を残し、比呂美は帰っていき、天璃は一人、呆然としていた。




