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23、破たん

 シーンと静まり返った社長室で、美希と不破は沈黙を保っていた。

 長い話し合いの末の、沈黙である。

 美希の眼には、うっすらと涙が滲んでいる。

 「その考えは変わらないのか?」

 沈黙を破って放たれた不破の言葉に、美希は迷いなく頷く。

 頭が痛い話である。

 二大柱と謳ったタレント両名が、ここから離れようとしているのだ。説得の余地がないと知らされ、何ともやるせない気持ちになる。

 美希は、深々と頭を下げる。

 自分を試してみたい。

 そういう美希を、不破は複雑な心境で見つめる。

 確かにここ最近、目覚ましい活躍を見せている。ハリウッド映画からも声がかかるような、演技派女優へと成長を遂げている。必死で努力して身に着けた語学力も、役立っている。それを生かし、さらに上を目指す。その心意気を分からないほど、不破はちんけではないと自負している。しかし、素直にそれを認められないのは、やはりもう一つの要因のほうが強い。

 天璃との破局。

 これは名実に明らかである。

 そして、天璃が選んだ相手は、悲しいことに自分に深い関わり合いを持つ、まりかなのだ。

 すべてを知っている不破である。

 むやみに反対する気にもなれず、言葉を見つけられないのだ。

 指でそっと涙を拭った美希が、小さく笑い、踵を返す。

 

 ぐったりとした不破は、受話器を手にする。


 こんな時こそ、比呂美の力が必要になる。

 恋多き女を処してはいるが、一途なのは誰よりも知っている。だから惚れたのだが……。

 今、美希にふさわしい言葉を言ってやれるのは、他でもない、比呂美だけだと、不破は思う。


 電話を切った不破は煙草に手を伸ばしかけ、不意に立ち上がり、大股で部屋を出ていく。

 行先は、メディカルパワーである。

 どうしても確かめずにはいられないのだ。電話をするにもまどろこしいと思った不破は、気が付くとハンドルを握ってしまっていた。


 少し肌寒い日である。

 どんよりした空が広がる窓に顔を向け、天璃は人知れずにため息をつく。

 目まぐるしいほどの勢いで、状況が変わっていく。受け入れるには、少々抵抗を感じる部分もあり、食事もまともに喉を通らずにいた。


 「室長、少し良いですか?」

 おもむろに声をかけてきた柳井を、ぼんやりとした眼付きで見る。

 見れば、昼食の時間である。

 銘々が席を立ち始め、食事の準備をし始めているところだった。

 「外に飯、食いに行きませんか?」

 珍しい誘いに、誰もが一瞬、動きを止め、二人の方を振り返り見る。

 「構わんが、できればさっぱり系で頼む」

 「了解です」

 受け答えにいささか問題があるが、今はそんなことを問い詰める余裕も余力もない天璃は、苦笑しながら椅子に引っ掛けておいた上着を羽織る。


 「室長待って。三番に内線です」

 出ていく寸前で設楽に、呼び止められた天璃は顔を顰め、受話器を取る。

 来賓を告げる声は、目白のものだった。

 「柳井悪い。話は急ぎか?」

 「いいえ」

 無表情のままで答える柳井は状況を把握し、頭を下げ、そのまま一人で行ってしまう。

 何とも言えない、後味の悪さである。

 階段を大急ぎで降りて行く天璃に、不破が手を挙げ、近づく。

 「不破さん、急にどうしたんです?」

 「いいから、今から質問することを、俺の眼を見て答えてくれ」

 「え?」

 「乳井室天璃はいったい、誰を愛しているんだ」

 「藪から棒に何ですか?」

 「いいから答えろ」

 「ちょっと待ってください。ここでは何ですから、外へ行きましょう」

 「どうして即答できない? お前と美希が壊れたのは、知っている。修復不能だということも、信じたくはないが、今日改めて認識させられた。だったら、おまえは誰を選ぶ。あの篠原って女か? だったら、ウグググ」

 大慌てで不破の口をふさいだ天璃は、表へと連れ出す。

 駐車場の脇まで連れ出した天璃の手を振りほどいた不破が、再びほざき始める。

 「どうにも納得いかない。瑠璃はわけのわからない理由で歌やめたがるし、美希は美希で渡米するって言い出すわで、うちの事務所が破たんしたら、乳井室君、責任取ってくれますか?」

 「何、大げさなことを言っているんです。おたくはそう簡単に潰れないでしょ。美希がどうしたって? ああ渡米って言ってましたっけ。そんなのはついこないだだってしていたし、あっちの仕事が楽しくなっただけで」

 「お前、本気で言っているのか? 美希もしばらく女優業は休むそうだ。実質引退だと思ってくれて構わない。そんなことを言わせてまで選んだ相手を本気で愛しているのか、俺には知る権利がある」

 胸ぐらをつかまれた天璃は、目を大きく見開いたまま、何も答えようとはしなかった。

 「もういい。お前が悪いんじゃない。分かっているんだ。俺だって分かっている。だけど、悔しいんだ。瑠璃も美希もいい芽を持っていた。それなのに、咲かせてやることができなかった自分が、悔しくって悔しくって」

 苦痛にあえぐ不破を目の前に、天璃の胃がちくちく痛み出す。

 「不破さんは悪くないです。たぶん、俺がここにいるからいけないと思います」

 驚きのまなざしを上げ、天璃を見る。

 そして改めて、天璃の様相に気が付いた不破は、肩を強く掴む。

 「しっかりしろ、乳井室天璃。俺がお前を救ってやる。だから何でもいい。話してみろ」

 「あなた」

 その声に不破が振り返る。

 血相を変えた比呂美だった。

 「美希はどうした?」

 「明日、会うことにしました。それよりどうかしたの? ものすごい勢いであなたが飛び出していったって、秘書の子が心配していたわよ。乳井室君も大丈夫」

 「俺は」

 「大丈夫じゃないよな? 今、そんな目をしていたよな」

 「あなた興奮しないで。ここは私に任して。ね、お願い。あなたは仕事に戻って」

 比呂美の痛切な願いに、不破は渋々だが応じ、踵を返していく。

 しばらく無言で不破を見送った比呂美が、天璃の腕をつかみ、尋ねる。

 「今日、早退できる?」

 手に込められた力を感じながら、天璃は観念して頷く。

 


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