22、変転
夏から秋に変わり、暦は冬を告げようとしている。
ローズヒップスの活動休止前、最後のライブツアーが始まろうとしていた。
未だにそのことになると、天璃と瑠璃はぎくしゃくしてしまっている。余計なことは言うまいと思うのだが、ついつい顔を見ると言いたくなってしまう天璃なのだ。
「何も、休むこともないだろ」
「解散するつもりだったんだから、それよりはいいでしょ」
「お前な、他のメンバーのことも」
「あぁ止め止め。こんな堂々巡りしちゃう話、もう嫌っ。りっちゃんの言うこと訊いて、百歩以上譲って、福岡に戻るんだから、それでいいでしょ」
それを言われてしまうと、天璃は黙るしかなかった。
ごたごたが収まってしばらく経ったある日、珍しく松人が二人を訪ねて、東京へやって来た。
いつになく神妙な松人を前にして、二人は顔を見合わせてしまう。
上京してきた松人のために用意した、レストランの席である。
「俺がここへ来よることは、おじしゃん達には内緒だぞ。おじしゃんには黙っていろって口止めされとったけど、相当に具合が悪い。二人に連絡が来ておるかどうか知らんけんけど、先週も検査入院しとったんやけん。天璃、じぇんぶ貴様のせいだぞ。いろいろ心配かけるから。口では平気なふりしとるけど、あら相当堪えとるな。やけん、無理してでもどちらか、こっちに戻って来てくれんけんか。おばしゃんも相当に参っとるみたいやけん、支えてやって欲しい。頼む。こん通りやけん。俺たちにも限界があるんだ。だから……」
唐突に言われ、面を食らった二人は始終顔を見合わせてしまっていた。
困ったのは天璃である。
一度、家業を継ぐと言って辞めた身。二度目はそう容易く口にはできない。が正直な気持ちである。
責め立てるような松人の視線を浴び、いやな汗をかきだす天璃を見て、瑠璃が投げやりなため息をついてみせる。
「ああしょうがないなぁ。はいはい。うちが帰ればよかんでしょ。12月の最終ライブが終われば、超暇人やろから。喜んで行かせてもらうけん。ああうちはよか娘ね。親孝行もんだわ。爪の垢ばせんじて、誰かしゃんへ飲ませてあげたい。松人、それでよかと?」
「よかよか。よほど天璃が戻ってくるよりそっちのほうが、断然おじしゃんは喜ぶ。決まりだな」
そう言うと松人は残っていた料理を大急ぎでかきこみ、勢いよく立ち上がる。
「何だ? 騒々しい奴だな」
「行くぞ」
口に物が残ったままでいう松人に、呆れるように二人が声をそろえ言う。
「どこに?」
「せっかく東京に出てきたのやけん、大人の夜ば楽しまなければな。損ってものやろ。とりあえず、浅草にでも繰り出してだ」
「おいおい」
天璃が眉を垂れ下げるのを無視して、松人が一人盛り上がり、さっさと出て行こうとした次の瞬間、ぎくりと振り返る。
「ああもしもしうちやけど。松人、いるいるとよ。今、三人で食事しとるところやったんやけど、せっかくの東京やけん、羽ば伸ばすって言っとるんやけど……」
「ああ美優。オレ。ああ、なんとか話し合いがついて、瑠璃が戻ることになりよったとよ。羽ば伸ばすって、ちごうとるって、そうやない。めったに来れんけんから東京見学へ行きたいって話しただけやけん。瑠璃がそれば面白がって。行かいない、吉原なんて、ばかなこと、言っやないで。ああはいはい。せからしかな。天璃と代わるから 」
慌てて瑠璃から電話を奪い、言い訳をしていた松人に電話を回された天璃は、自分を指さしがら、目を丸くする。
「美優しゃん、今晩は。こぎゃん時間に申し訳ない。瑠璃が酔っ払っちゃって、悪ふざけしてしまって。ええ勿論ばい。行きません。ああそん節はお世話になったけん。颯太も無事、母親の手元に戻されましたとよ。結婚? いえいえ当分は……。わかったんやけん。本人によく言っておきます 」
目の前で松人に拝まれた天璃は、苦し紛れで言い逃れし、電話を切る。
男二人がぐったりする中、瑠璃だけが腹を抱え大笑いをする。
「冗談きついすぎ。瑠璃、心臓に悪いよ。勘弁してよ」
「おかしか」
「あきらめて、おとなしく俺んちでゆっくり休んでいけ。明日の新幹線、何時なんだ?
浅草寺くらいなら、俺が連れて行ってやるから」
「人形焼き買って、おとなしく帰ればよかんやろ。まるっきし洒落にならん。心臓とまるかと思ったわ」
一頻り笑った後、一足先に瑠璃と松人が店を出て、会計を済ます天璃を待つ。
ビル風にあおられ、立っているのもやっとだった。
ふと誰かに見られているような気がした瑠璃が振り返り、繁みへと目を凝らす。
「どうした?」
「んん、何でもない」
「お待たせ」
風の強さに、顔をしかめた天璃はタクシーを止める。
いやな胸騒ぎがする瑠璃は、再び繁みへと目をやるのだった。




