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18、迷霧

 先延ばしにされてしまっていた集まりが出来たのは、菅がようやく下関に戻った翌週だった。

 にぎにぎしく天璃の部屋に思い思いのものを持ち寄って、人が集まるのは久しぶりだった。

 瑠璃もツアーが一区切りし、昨日から戻って来ていた。

 酒が振る舞われる中、誰もが見知らぬ顔に、一瞬戸惑いを見せる。

 ソファーに大人しく座る颯大と、愛想を振りまく節子の姿がその要因だった。

 毎年恒例行事になっている、花火大会の鑑賞会である。今年は下塚夫妻も参加している。

 全員揃ったところで、天璃はみんなから注目を浴びている節子と颯大を紹介したのだった。

 美希を気遣い、大ぴらに祝福する者はいなかったが、天璃をもみくちゃにし、笑みを溢す。

 森岡の長男は人懐っこく、言葉を話さない颯大にも分け隔てなく話しかけ、夜空に開く花火を見ながら、トウモロコシをかじる姿に、天璃は目を細める。

 「すっかり、父親の顔になっちゃって」

 比呂美に冷やかされ、天璃は苦笑いをして頭を掻く。


 節子の掛けられた容疑は、証拠不十分で不起訴になっていた。颯大に対する虐待疑惑も、少し手間取ったが、天璃が後ろ盾が効して、何とか一時預かりさせられていた施設から、引き取ることができたのだった。


 ソファーで不貞腐れるようにして酒を煽っているすばるをチラッと見て、瑠璃は小さく笑う。

 解散という形ではなく、一時休止という形で、来年からの活動を控える。

 それが、事務所とメンバーとで話し合って、出した結論だった。

 天璃は丁度いい機会だからと言って、瑠璃を実家に戻らせようとしていた。

 瑠璃にはそんな考えはない。

 東京を離れ、自分のことを知る人が居ない国にでも行って、しばらく過ごすつもりなのだ。

 誰もが夜空に咲く花に夢中になっているさ中、ワイン片手に部屋の隅で座る美希に、節子が近づいていく。

 「良かったのかしら?」

 唐突に言う節子に、美希は首を傾げる。

 「あの人、凄く優しいから」

 「のろけ言いに来たの? それ趣味悪いわよ」

 「違うの。そうじゃなくって、いいのかなって思って」

 「良いんじゃないですか。だって天璃さんが選んだのは私じゃなくって、まりかさんだったってことだから、胸、張ればいいと思います」

 「本当に、そう思ってくれているの?」

 しばらくまりかを見詰めた美希が、フッと微笑む。

 「やせ我慢、してますよ。めちゃくちゃ悔しいし、泣きたいですよ。でも泣きません。だって……」

 美希はソファーに座り、仲間たちとじゃれ合う瑠璃を見やってから小さく笑う。

 「負けは負けだもの」

 まりかがホッとするように微笑み、天璃の元へ戻って行く。

 誰かが、瑠璃の歌が聞きたいと言い出す。

 酔いが回ったすばるが、よっしゃとギターを引きだし、瑠璃は困ったように笑い歌い出したのだった。

 バンド仲間もそれに合わせハモる。

 盛り上がりを見せる中、チャイムが鳴り、天璃が応対しに出て行くのを、瑠璃は目で追う。

 招待客は全員揃っている。

 隣人からの苦情であろうか。

 だが外はお祭り騒ぎで、瑠璃の歌ぐらい、気にならないはず。

 そう思いつつ、二曲歌い終わったところで瑠璃は、眉間に皺を寄せる。

 天璃が戻って来ないのだ。それに誰も気が付いていない。

 瑠璃はトイレと言って、リビングを飛び出して行く。

 玄関で突っ立っている天璃を見つけ、声を掛ける。

 「今晩は」

 天璃の影から、菅が満面の笑みを覗かせる。

 振り返る天璃に、どういうことと瑠璃は尋ねた。

 「なんか楽しそうですね。天璃さん、こういうの教えてくれないから。私、簡単なものだけど作って来たの。絶対に美味しいから、みんなで食べて」

 余裕の笑みを見せる菅を、瑠璃は睨みつける。

 「瑠璃さん、怖い。なんかお邪魔みたいなので、今日のところは帰ります。またお会いしましょうね。じゃあ天璃さん、おやすみなさい」

 玄関から出て行くなり、瑠璃は天璃に詰め寄る。

 「何なのあの女。りっちゃんもりっちゃんだよ。何であんな奴ここまで通したの?」

 呆然としている天璃が、瑠璃に手にしている物を突き出す。

 「何?」

 瑠璃はそこで初めて、天璃の顔が青ざめていることに気が付く。

 「貰った。引っ越しの挨拶だって」

 愕然とした瑠璃が、すぐさま玄関を飛び出して行く。

 「乳井室君、どうかしたの?」

 二人がなかなか戻って来ないことに、疑心を持った比呂美が様子を伺いに来たのだった。

 「瑠璃ちゃんも見えないみたいだし……。あれ、その料理は?」

 勢いよく玄関が開き、息を切らした瑠璃が飛び込んでくる。

 「あった。一つ下の階。菅芽衣子って表札が出ていた」

 二人の会話についていけない比呂美が、キョトンとなる。

 「りっちゃん、どうするの?」

 「比呂美さん、ちょっといいですか」

 天璃は比呂美の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張って行く。

 下塚夫妻と歓談している庄司も呼び寄せ、天璃は自室へと二人を連れて行く。しばらくして、不破と森岡も呼ばれ、残された者同士顔を見合わせていたその時だった。

 化粧させられた天璃が部屋から出て来て、大爆笑が起こる。

 森岡の機転だった。

 その場を繕い、客人を送り出した天璃は節子を自室へと招き入れる。

 颯大を預かった瑠璃が、不安げにドアを見詰めるのだった。


 数日後、森岡夫妻が住む家の傍に部屋を借り、節子親子が移り住む。


 一旦は、一緒に暮らそうと話していた天璃だったが、急に環境を変えてしまうのは良くないと言い出したのだ。

 瑠璃にも、なぜか早急に出ていくように勧め出したのだった。

 理由をはっきり言わない天璃を見て、瑠璃は愕然となる。

 親子三人で暮らすには、自分の存在が邪魔なのである。言われなくても承知していたこと。頼まれなくとも、自分の部屋へ帰るつもりでいた、瑠璃にとって憤慨の何物でもなかった。

 荷物を運び終えた瑠璃に天璃は、ここへは近寄らないでくれと告げる。

 瑠璃は天璃の頬を強く叩く。

 「邪魔なら邪魔ってはっきり言えばいいでしょ。どうぞお幸せに」

 

 エントランスで肩を窄める天璃に、近寄る影あった。

 菅である。

 勝ち誇るように歯を見せる菅に、天璃はそこはかとない恐怖を覚える。

 「あなたに選択する余地はないの」

 菅は天璃の手を取り、部屋に戻るように促す。

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