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15、ループ

 ――ライブ会場の片隅。


 ポツンと座る瑠璃の傍へすばるがやって来て、缶コーヒーを渡す。

 そのまま、何も言わずに隣に座ったすばるに、瑠璃が何の気なしに呟く。

 「ねぇすばる」 

 「うん?」

 瑠璃を見たすばるは、目を大きくする。

 「どうした?」

 自分でもよく分からなかった。

 急に涙があふれ出して来てしまったのだ。

 ひたすらに首を振り、瑠璃は必死で涙を袖で拭う。

 「天璃さんのことか」

 目を見開く瑠璃に、すばるは苦笑する。

 「いろいろ大変だったもんな。もう落ち着いたんだろ?」

 どうしようもなく、好きであることを思い知らされてしまう。天璃が離れようとすればするほど、追いかけたくなってしまう。

 そんな瑠璃を見て、すばるが真顔で言う。

 「あのさ、一応言っとこうと思うんだけど、俺、本気で瑠璃のこと惚れてんだわ。そろそろ、振り向いてはくれませんでしょうか?」

 「何それ?」

 泣き笑いしながら訊く瑠璃を、すばるは思わず抱き寄せてしまう。

 「マジ、好きなんだ。お前さ、好きな奴、他にいんだろ? でも俺、絶対そいつに負けないくらいの愛で、お前を愛せる自信、あんだわ。だからさ、そんな振り向かない奴なんて忘れて、さっさと俺の女になっちまえよ」

 「ばかちん。でもありがとう」

 しかしその優しさが、今の瑠璃にとって、苦しくて痛いのだ。

 すばるを突っぱねる様に胸を引き放した瑠璃が、プイと横を向く。

 「わりぃ。やっぱ無理か」

 前へ向き直ったすばるが、おどけて言う。

 悪いのは自分。

 好きになってはいけない人を忘れられずに、ぐずぐずしている。こんな自分が嫌い。大嫌い。

 「私たち、解散しよう」

 思い付きじゃない。ずっと考えていたことだった。ずっと言うきっかけを探していたのだ。 

 「え?」

 予想外の言葉に、すばるは目を大きくする。

 決して報われることのない思いに苛まれながらそれでも、今までは美希という防波堤が、その思いを食い止めてくれていた。

 美希ちゃんなら仕方がない。美希ちゃんとなら、りっちゃんは幸せになれる。

 そう自分に言い聞かせることで、この虚しさを紛らわせてきた。だがそれがなくなってしまった今、瑠璃の押さえようもない気持ちを、止められるものが何一つないのだ。

 少し前の自分のように、思いのたけを存分に言えたのなら、どんなに楽だろう。

 どう足掻いても縮まることのない距離。

 「解散して、どうするんだ?」

 「まだ考えていない」

 「マジで言っている?」

 コクンと頷く瑠璃を見て、すばるは目を見張る。

 「どこでも良いんだ。一人になれる場所なら」

 言葉を詰まらせながら言う瑠璃をどうすることも出来ずに、すばるはただじっと見つめるだけだった。


 その頃、天璃とて、朝から内心穏やかではいられなかった。

 少し早めに出社した天璃は、が愕然とさせられてしまう。

 一足先に出社していた菅の笑みに出迎えられていた。

 鈴木女史が退職後、飾られることがなかった花が窓辺に活けられ、デスクの上が綺麗にされていく。非の打ちようがない動きで、短時間で済ませた菅は、当然のように天璃へコーヒーを運び、にこやかに話しかける。

 他愛のない話である。

 近況報告を一通り済ませた菅が、天璃に顔を近づけてくる。

 「すいません」

 出社してきた梶山が慌てて、引っ込む。

 「取れた。天璃さんまつ毛長いから、ごみ付きやすいんですね」

 誤解をした梶原が、恐る恐るドアを開ける。

 「良いすか」

 「あら、梶山さんでしたっけ、おはようございます」

 「どどどどどうして、俺の名前知っているんすか?」

 天璃はチラッと見られ、手を小さく振り否定をする。

 「昨日、目白さんに伺ったの。とても背が大きいのね」

 目じりを下げ聞かれ、梶山の顔もおのずと緩む。

 「大学までバレー部でした。ひざを痛めて辞めちゃったんです」

 「あらあら、それは辛い思いをなさったのね。でも、そういう方が天璃さんのそばにいてくださると、安心ね」

 「天璃さん?」

 気まずさに、天璃が咳払いをして見せる。

 「梶山さん、コーヒーはブラック? それともミルクとか入れます?」

 「ああそれじゃあブラックで」

 にっこりして出ていく菅を見届けた梶山が血相を掻いて、天璃に尋ねる。

 「二人って、そういう仲なんすか?」

 天璃は苦々しく顔を顰め、違う。と一言で片づける。

 まさに、暗礁に乗り上げてしまった気分だった。

 渋い顔で森岡と伊万里が揃って入ってくるのを見た天璃は、思わず時間を確かめてしまう。いつもよりはるかに速い出社である。

 二人が天璃に話しかけようと近づいていくが、すぐに阻まれる。

 菅に声をかけらてしまったのである。

 二人は顔を見合わせてから、作り笑顔で挨拶を返す。

 

 異風に晒され、物々しい雰囲気が漂う朝になってしまったのは言うまでもない。

 全員出社したところで、改めて菅をみんなに紹介をしたのだが、自ずと伏せ目がちになってしまっている天璃に、森岡が問う。

 「なぜこのタイミングで研修? ていうか出張も俺、反対したよな。何を考えているんだあの古だぬき」

 森岡がこんなことを言うのは珍しい。余程自宅で何か嫌な事でもあったのかと、天璃は森岡の顔をまじまじと見てしまう。

 そこへ割って入るように、伊万里が咳払いを一つする。

 「大変、ご迷惑をおかけしてスイマセン。わたくし長年、キャビンアテンダントをしてまいりましたが、ご縁あってこちらと同様の工場の運営に携わることになりました。この業界のことは、全く存じ上げません。ましてや、責務に就くとなりますと、いささか荷が重く感じた次第でございます。そんな折、天璃さんの仕事をする姿勢に触れ、わたくし、これだと思いました。お恥ずかしいお話ですが、わたくしと従業員との間に垣根がございまして、そこをどうかしなくてはと、もがけばもがくほど、溝が深まると言いますか……、悩んでおりました。しかし、天璃さんと知り合って、気が付かされたのです。わたくしに何が足りないのか、そしてこれからわが社に何が必要なのか。これは是非、御社の紀綱と社風に触れさせていただきながら、天璃さんの元で、是非学ばせて頂こうと考えた次第でございます。ご多忙とは存じますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 菅は、深々と頭を下げたのだった。

 「紀綱って……」

 絶句してしまう天璃を余所に、頭を上げた菅は満足げに笑みを振りまく。

 「天璃さんだぁ?」

 森岡の呟きに、菅が両頬を手で押さえ、はにかむ。

 放っとくと、余計なこと言いかねない雰囲気に、天璃は慌てて口を挟もうとするが、それより早く菅が答えてしまう。

 「あらわたくしったらまた。ごめんなさい」

 やめてくれー。そう叫びたい天璃を、誰しもが冷たい視線を送る。但し、設楽だけが違っていた。感銘をしてしまったらしく、目を輝かせ、席に着いたばかりの菅に話し掛けている。

 「もしかして乳井室室長と菅さんって、何かあります?」

 「何かって?」

 満面の笑みで訊き返す菅の目の前に、資料を乱暴に森岡が置く。

 びっくりした顔をする菅に、森岡が冷ややかな笑みを浮かべる。

 「取り敢えず、この資料を種類別に仕分けして、ファイリングしてください。あと、設楽に教わって、全員分のお茶淹れもよろしくお願いします」

 その行動に、誰よりも天璃が一番驚く。

 いつもと、のりが違うのだ。

 「主任?」

 隣の席に座る仙石に顔を覗き込まれ、森岡はブスッとした顔をする。

 「気にくわん。ああいう女、俺、苦手」

 「主任にしては珍しいですね」

 首をひねりながら言う仙石に、森岡が鼻を一つ鳴らし、菅を見やる。

 設楽に連れられて丁度、給湯室へ向かうところだった。

 「おいテンちゃん、まさかあんな女と一緒になるなんて言わないよな?」

 森岡に鼻を膨らましながら聞かれ、天璃は苦笑いをしながら、手をひらひらさせ否定をする。

 「じゃあこうしよう。今夜、テンちゃんの家にて、ザ、報告会。一人3000円会費」

 「て、何で俺ん家で、そんなことしなければいけないんだよ」

 「行ける奴は手を挙げて」

 伊万里の提案に、そこに居合せた巻下と柳井を除く全員が、賛成の声を上げる。

 こういう話は、相変わらずまとまりが良い。

 銘々が酒やつまみを買って、集まる。

 そう決まった途端、森岡は早速、妻へメールを送る。

 速攻戻ってきた返事を見て、ツカツカと森岡が天璃の席の傍まで行き、携帯を差し出す。

 予定変更をしろと命令が下ったのだ。

 森岡家にあえなく変更されてたのだが、みんなに予定変更の旨を話そうとした時、二人が給湯室から戻ってくる声が聞こえ、ひとまずお預けをした森岡が自分の席へ戻る。

 

 断然、張り切りだした仙石を見て、柳井が首を傾げ梶山に尋ねる。

 「あああれね。仙石、瑠璃さんのファンだから、会えると思って嬉しいんじゃねーの」

 「瑠璃さんって?」

 「お前は知らないのか」

 様子をうかがうように天璃を見やってから、梶山は小声を更に小さくして教える。

 「いずれ知ることだから教えるけど、あんまり言いふらすなよ。ローズヒップスってバンド、知ってるか?」

 「はい知ってます。良く聞きますけど、え?」

 柳井はピーンときたらしく、珍しいことに驚きの声を上げてしまっていた。

 その声に顔を上げた天璃と目が合い、柳井は慌てて首を引っ込める。

 「ばかっ。声がでかい。ヴォーカルしている瑠璃って、室長の妹さんなんだ」

 「驚きですよね。わたくしもつい先日知ったばかりなんです」

 お茶を配りに来た菅に話し掛けられ、梶山が肩をビクッとさせる。

 「室長に聞いたんですか」

 コーヒーを一口飲んだ柳井に尋ねられ、菅はにっこり微笑む。

 「ごめんなさい。今はまだお話しできないの」

 チラッと天璃を菅は見る。

 誰が見ても、それが何を意味しているのか分かる。分からないとしたらこの人だけだなと、柳井は鼻の下を伸ばす梶山を見て、呆れてしまう。

 「かわいい&ビューティフル」

 巻下に、香水の匂いがきつすぎると注意されている菅の顔を見て、柳井はえっと思ったがそれまでだった。

 

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