1、ぬくもり
何となく、瑠璃と天璃ってさと、思い立って書きはじめた物語です。
この手を伸ばせば、すぐそばにあなたはいる……。
寝ぼけた天璃に抱き寄せられた、瑠璃が慌てて声を上げる。
「りりりりっちゃん」
夢見心地でいる、天璃は相手が分かっていない様子でいたが、急に我に戻り、飛び起きる。
「瑠璃っ、立ち入り禁止って言ってあっただろう」
「だって、さっきから目覚ましが鳴っているのに、りっちゃん起きてこないから」
「目覚まし?」
「ウワッと今、何時。やばっ。シャワー浴びなきゃ」
慌てふためいて、一旦部屋を出かかった天璃が振り向きざまに念を押す。
「覗くなよ」
「もう」
瑠璃は、天璃目がけ枕を投げつける。
ふっと真顔に戻った瑠璃が、さっきまで天璃が寝ていたベッドに腰を下ろし、深いため息を吐く。
子供の頃に戻れたらどんなに良いだろう、と思う。
キッチンでお湯が沸く音が聞こえ、瑠璃はベッドへ一度身を沈めてから起き上がり、部屋を後にする。
それぞれの新生活を切ってから、もう二年の歳月が経つ。
がんばってがんばって、平静を装うことを覚えた。
リビング。
上半身裸のまま、天璃が誰かと話し込んでいた。
聞かなくても、その相手が誰だか分かる。
天璃と目が合い、ぎこちない笑みを浮かべ、瑠璃は誰と唇を動かし尋ねる。
電話の相手の言葉に頷きながら、天璃も同様、美希と唇を動かす。
分りきっている答えに、胸が詰まらせる。
「……取り敢えず始めてみませんか」
美希の言葉に押されて、二人は何となく一緒にいる時間を増やしていった。
良かったね。と言っときながら、胸が苦しくてどうしようもなく眠れない夜は、瑠璃はいつだって思ってしまう。
神様は意地悪だ。忘れたくたって、忘れられない。無邪気に甘えられていた頃に戻りたい。
静かに天璃の前へコーヒーを置き、瑠璃は自室へ逃げ込む。
天璃から卒業するため、始めた仕事。それがまた二人の暮らしを呼び覚ます。
歌だけでやって行きたかった瑠璃の意図は、あっさり不破社長の策略でひっくり返されていた。
少し、戸惑いが隠せないのは確か。
知名度が上がり、歌を聴いてくれる人が増えるのは嬉しい。
だけどそれに比例するように、虚しさが集ってしまうのも事実。
天璃との距離が、どんどん引き離されて行くようで辛い。
それに、今回のような事件が起こってしまうと尚更、考えてしまうのだ。
誰かの視線は、常に感じられていた。
気のせいかとも思ったが、そんな話をすると、日替わりで瑠璃の部屋を事務所のスタッフが寝泊まりするようになった。その日は、アルバムの作成でだいぶ遅くなり、すばるが部屋まで送ってくれることになった。本当は、だいぶ前から天璃の部屋へ来い、と言われていたのだが、瑠璃はそれを拒み続けていたのだ。
二人っきりってどうなのよ。
そんな話になって、瑠璃は一人でも大丈夫と宣言したのだが、事件は起こってしまった。
どこから侵入したのか、男がベランダに潜み、瑠璃の帰りを待って襲って来たのだ。
間一髪のところで、すばる一人ではまずいという話になったらしく、夜食を買ってやって来たバンド仲間たちの手に寄って、助けられたのだが、これにはさすがに、放っておくことを許さず、天璃は、瑠璃を自分の元へ半ば強制的に呼び戻したのだった。
責任を取って不破邸
に住まわせるという、案も出には出たが、それにはいささか抵抗がある、が二人の同意見で却下。
見事に前へ突き出たお腹を抱え、比呂美がやたら嬉しそうに笑う姿に、二人はゾッとなる。
その笑顔の下に陰謀が、隠されていることを知っているからだ。
これから生まれてくる、双子の面倒を見させられる。
直感的に感じた二人は、顔を引きつらせ丁重に断った。
少し不満げにしていた比呂美だが、ふっと口元をゆるませる。
この顔が曲者なのだ。
思わず不破を交えて三人は、互いの考えを確かめ合うように目配せをして、吹き出してしまう。
笑いごとではないが、今は笑うしかないと言わんばかりに、腹を抱えて笑ったのだった。
細やかな幸福と、躊躇いが不協和音を奏でながら、二人の間を行き来しているのは、痛いくらい伝わって来ていた。
すべてがぎこちないのだ。
どんな理由でも、ここに来るべきではなかった。そう思う一方、胸を張って一緒に居られる、という喜びもひとしお。
部屋のドアがノックされ、着替えを済ました天璃が顔を覗かせる。
きちんと整えられた髪も、皮のロングジャケットも愛する人を迎えに行くためのもの。どれ一つ、自分のためじゃない。
「ぐずぐずするなよ。置いていくぞ」
「待って。すぐに支度するから」
先に玄関を出て行く天璃の腕にしがみつきたくて、伸ばしかけた手をぎゅっと固く握る。
永遠に縮まらない、絶対に縮めてはいけない距離。
エレベーターの中、階数を見上げる横顔が好き。
開くボタンを押して、先に出してくれる時の笑顔が好き。
どれもこれもが眩しい。眩しすぎて痛い。
「りっちゃん」
「ん?」
「何でもない」
どこか、誰もいない二人きりになれる場所、探しに行かない?
決して口には出来ないそんな言葉を、瑠璃は噛みしめる。




