第一章 異世界にて【決意】
ただいま、そんな返答に対しておかえり~と気が抜けたような声が居間から聞こえてくる。
こんなやり取りは、ここに住み始めてから何度も何度も繰り返してきた。
ほっと、今日の出来事を振り返りつつここに帰ってきた事がうれしい自分がいることを自覚する。
どうやらここ数か月で、この家が俺の居場所になっているようだ。
うれしいような、これから自分はどうなるんだろうか、などのもろもろの感情を抱きながら彼女がいるであろう部屋の扉を開ける。
「お帰りヒナ」
「ただいまエレナ」
お互いに目と目を合わせながら、俺たちは会話を始めた。
他愛ない話ではあるが、今日の出来事も含め今俺が思っていることを一通り話す事にした。
これはつまるところ、俺にも分からないことがたくさんあるし、相談相手としてエレナは誰においても信頼足りえる人だからだろうか。
それとも単に、彼女に甘えての行動なのだろうか。彼女ならば俺の問いに答えてくれる。そんな依存めいた確信があったからだ。
「ふぅん、それでヒナは何がしたいの?」
「できれば彼女と最後までその依頼を達成したい」
「それは何故?確かに私はあなたに討伐任務を受けるように言ったわ。しかしそれはあなたのスキルアップと冒険者というものを理解してもらう為よ。別に誰かのトラウマを解消するために出した命令ではない。今すぐパーティーを解消して、いい相手を見つけるべきじゃない?」
彼女の言い分は至極当然の事だった。
俺はカレンを助ける義理はないのかもしれない、そもエレナの出した俺の指令は討伐任務の達成にあるのだ。だったらエレナ自身が俺のパートナーになってくれさえすればいいのだろうとは思うが、攻撃特化の彼女の力は今の俺と組んだところで、俺自身の経験には結びつけられないだろうという。
日々ダンジョン攻略をしている彼女にとって、たかが森に潜む魔獣の討伐なぞ取るに足らない、指を一振りすれば塵と化す存在なのだ。
それは分かる。
だからこそ、今回俺はまずパーティー探しから入ろうかというところでエルシーさんの紹介によってカレンとパーティーとなり今に至るのだ。
「でも、俺はカレンを知ってしまった。このままにしておくことは出来ない」
「知ったら何が何でも助けるのね貴方、でもねそれは一人前になってから言っていいセリフなのよ。攻撃の手段もない、守るすべもない、誰かを導ける力もない。そんなあなたに何ができるのかしら?」
これもまた彼女の正論だった。
カレンは、今後も討伐任務を受けるだろう。それは生活の為であり彼女が生きるためである為だ。
しかし、そこに自分がついていったところで結果は何も変わらない。
攻撃の要であるカレン事態に問題がある以上、攻撃の術を持たないサポートは居ないのと変わらない。
ならばカレン事態の問題を何とかできるのか、そこもまた俺は無理だと答えるしかないだろう。
出会って間もない俺と彼女では何に問題があるのか、何を機をつければいいのか、何を解決すればいいのか分からないからだ。
まず、時間そのものが足りないのである。なぜ時間がないのかと言えば、カレンは目が覚めればまたすぐにでも討伐クエストを受けるのは目に見えているからだ。理由は簡単明白、彼女には生きる資金はもうこのクエストしかないという事にある。
この世界は異世界であり、俺が定義するところにファンタジーである。しかしファンタジーとは夢でなくてはいけない。現実であれば必ず死があり救いはないからだ。
この世界はファンタジーではあるが、現実でもある。
統治国家の枠組みではあるが法治国家ではないのだ。金銭なく、衣食住の保証もないこの現実異世界においてカレンのような存在は多くいる。
この数か月で否応となく見てきた人たちの一人がカレンだ。
カレンの年はたぶん、15かそこらだ。この世界の成人は俺のいた世界と変わらない20からだ。
そしてまた、冒険者になる、仕事に就く、何かを研究する。などという将来の職業に就くのは早くて18歳からだ。
ならばカレンのようなあの年齢の冒険者は何か?それは孤児であり、救いはなく、手を差し伸べてくれるものがいない人たち。
「知らない誰かを助けようってわけじゃない、知っている誰かを救う。それは間違ったことか?」
これはこの世界では甘い考えだろう
「人として、というならばそれは正しい救いかもしれないわ。でもね冒険者の救いというのは見返りがなくてはいけないのよ。例えば君と私の関係とかね。ヒナは私と出会うときは冒険者ではなかったし、力もなかった。でも、持てうる限りの技能で私を救ってくれた。それは冒険者にとって借りであり、それもあって私は君を救ったしこうして相棒として認識している」
ほかにも理由はあるんだけどね。という彼女の小さなつぶやきがあったのだが日向にはそれは聞こえなかった。
そんなエレナとは対照的に、日向は一瞬呆気に取られてた。あの出来事を救ってくれたと認識していたことに対してだ。
事、あの出来事は力を持っていなかった日向にとって救いであり、その過程の出来事は結果的に自分の力で彼女を少しは助けられたという認識であり、どちらかと言えば勇者時代の力があればという申し訳ない罪悪感があったのだ。
自分はサポートだから役に立てない。これは今のコンプレックスの一つであった。
「エレナの言いたいことは分かった、私の声に答えてくれてありがとう。・・・でも、俺はカレンを見擦れられない」
それは日向の信条であり、彼の性格からして当たり前の答えだった。
数か月、日向と共に過ごしたエレナも彼の答えは分かっていた。
だからあえて、自分の率直な意見を日向にぶつけたが、それでもこいつはゆるがないだろうな。
そう考えるほど、日向とエレナの関係は深まっていた。
「・・・そう言うと思った。ならやることは一つね」
そういってエレナは立ち上がると、ちょっと待っててと言い残し部屋を出ていく。
その後10分後、彼女は大きな獲物をもって部屋に戻ってきた。
率直に言って、それは弓であった。
「弓?」
そんな日向の疑問を無視しエレナはそれを日向に手渡した。
渡されたほうからすれば、これでどうすればいいの?状態であったが、まぁそういう事なのかと数秒後には察する事が出来た。
「詰まるとこと、あんたの今のコンプレックス?課題?どっちでもいいけど、必要なのはサポートではない自分で攻撃する術でしょ?なら貴女は弓を使うべきね」
「・・・ああ、確かにそれは正論だ」
エレナはエンチャント魔法という希少な力の使い道をこのように使うのもアリだと俺に示した。
攻撃職において、エレナもそうなように剣、槍、刀。これらを扱うものは魔法の他に運動能力も並大抵のものではない。経験と勘だけではどうしようもない物はそこだ。
今の俺の体は体力は人並み以上にあるが一般的な女子生徒、それとかわらない。
剣なんてそもそも振るえない、まあそこは魔力による補いでどうにでもなるが、一般戦闘においてそんなことをするのは三流の冒険者だ。
俺には前召喚で培われた経験と勘がある、今召喚で得た能力もある。しかしその経験に見合った能力ではなかったのだ。
つまり前衛と後衛の求められる物の違いである。
前召喚は前衛職、今召喚は後衛職。
しかし、前衛職になりうる剣などの武器はこの体では扱えない、ならばどうするか。
「弓か」
「貴女がいう後衛職なら、これでもいいんじゃない?なるべく軽いものにしたから材料は木だけど耐久力は十分だそうよ」
「・・・・そうだな、うん。ありがとうエレナ」
「い、いいってことよ!!」
ふんっとなぜか顔をそらされたが、彼女の顔は赤く染まっていた。
「で?後の問題は彼女、カレンだっけ?どうすんのよ」
「ああ、いや。まずは彼女とはもっと関わらなきゃいけない。救うにしろ、手助けするにしろまずはそこからだ。・・・だからありがとうエレナ、俺にその選択ができる答えをくれて」
難にしても彼女は救いたい、しかし自分は救う術を持たない。それは力がないのが大きな要因だった。
力とは武器であり、日向にとって救う術だった。
「なら、まず練習からね」
エレナは時計を見る。時刻は夜21時を回ろうかとしていた。
「朝まであと10時間か、コツはつかめるかもしれない」
「え?」
どういうことだと困惑の表情を浮かべる日向、確かに武器は出来た。練習もしなくてはいけない。
しかし彼の甘い処は練習は明日からやろうと思っていた所だろう。
「エレナ、カレンとの討伐依頼はまだ破棄していない。それにエルシーさんにカレンの事は頼んだんだ。カレンが討伐任務にいきそうになっても1日か2、3日は何とかしてくれると思うんだが」
「馬鹿ね、エルシーはギルドの社員ではあるけど冒険者の行動を妨げるようなことはしないわ。だからもしカレンが起きた時、そんなに強く止められないのよ。さて、ではヒナ、今から弓の訓練を始めるわよ」
少し間を置いた後、エレナの真剣な表情を見て先ほどの自分の言葉を反省する。
自分はどうにも人に頼りがちだ。やると言ってお気ながらその癖誰かに期待を寄せている。
「・・・ああ、ごめん。俺が間違ってた。悪いけどエレナ、俺に弓の使い方を教えてくれ」
「こっちはそのつもりだって」
はぁっとため息をつく、じゃ行くわよと日向と共に庭に出るのだった
それにしてもと、エレナは一人思う。
「ヒナって真剣になると自分のこと「俺」っていうのね。」