秘密の関係バレちった♪
初々しい二人のイチゴ色ゆるふわ小説(自称)。
六畳ほどの空間に、シングルベッドと勉強机、部屋の真ん中にはテーブル。ハンガーには母親がチョイスした上着が掛かっています。
何てことのないフツーの部屋ですが、ゴミ箱の中でカリフラワーのようにこんもりしているティッシュの山が、異質といえば異質でしょうか。
とはいえ部屋の主であるコウ君は、十五歳の健全な中学三年生。ゴミ箱を妊娠させんとする勢いで放たれる欲望の塊は、ある意味では正常の極みと言えるのかもしれません。
ガチャリ、と部屋のドアが音を立てました。中に入ってきたのはコウ君でした。
リンスの類は使っていないのに、耳が隠れる程度に長い髪はサラサラしたものでした。まつ毛の長い目はパッチリとしていて、全体的に女の子のような雰囲気は、セーラー服でも着れば様になりそうです。しかし今、彼が着ているのは学校指定の学ランでした。
彼はいそいそとした動きで、部屋の中を整頓し始めました。床に散らかっている漫画はまとめて本棚に押し込み、ベッドに放られたシャツはハンガーに掛けます。そしてゴミ箱に設置されているビニール袋を取り出すと、その口をキュッと縛り、ベランダへポイッと投げ捨てるのでした。
「キョーコちゃん、どうぞ」
コウ君がそう言った数秒後、「おじゃましまーす」という声と共に一人の女の子が中に入って来ました。
セーラー服を着た彼女は、赤縁の眼鏡を掛けた小柄な少女でした。小さな丸顔をおかっぱの黒髪が縁取っており、彼女を小学生のように幼く見せていました。
彼女は部屋の中を一通り見渡して、こう言いました。
「けっこうキレイにしてるんだね」
「慌てて片付けたんだけどね、あは……そ、それより座ってよ」
コウ君のぎこちない笑い方は、その緊張っぷりを面白いほどに表現していました。女の子を部屋に連れ込むなんて初めての経験ですから、無理もありません。
「し、失礼します……」
キョーコちゃんの方も男の人の家に上がり込むのは初めてなのか、その声は若干上ずっていました。まさに初々しさを体現したかのような二人です。
彼女はテーブルの前の床に腰を下ろしました。スカートが広がってしまわぬよう、しっかり抑えるのを忘れません。
「そうだ、飲み物持ってくるから! ちょっと待っててね」
コウ君は部屋を出ていきました。一人になったキョーコちゃんは、ベッドの縁に背を預け、「ふぅ」と息を吐きました。
辺りをキョロキョロやっています。本棚に並んでいる漫画や、コウ君が普段着ている上着を、彼女はぼんやり眺めています。
「あっ……」
何気なく目をやったベランダに、パンパンに膨れ上がったビニール袋が放置されているのを見つけました。ただのゴミ袋だったら興味も無いでしょうけれど、うっすらと透けている大量のティッシュがあまりに自己主張激しいので、彼女の視線は釘付けになってしまいました。
「あ……あのティッシュは……」
コウ君のハレンチな姿でも思い浮かべているのか、キョーコちゃんはゴミ袋をまじまじ見つめながら嘆息しました。顔は若干紅潮しています。
どこで調べたのか、男子のティッシュの秘密を知っているキョーコちゃん、可愛い顔して意外とムッツリです。
「お待たせ」
「んひゃんっ!」
何の前触れもなくコウ君が戻ってきて、キョーコちゃんは変な声を上げてしまいました。
「あっ、おか、ただいまなさいコウ君」
慌てすぎるあまり、脳の言語を司る部分まで浸食されたキョーコちゃん。そんな彼女に、コウ君もどうしていいか分からないようでした。
「お、オレンジジュース、どうぞ」
「あ、ありが、あざましゅ!」
両手で持ったコップを口につけ、キョーコちゃんはコクンと喉を鳴らしてジュースを飲みました。プハァと一息つくと、彼女の緊張もいくらか落ち着いたようです。
「えっと……宿題、しよっか」
「あっ、うん」
コウ君の提案に、キョーコちゃんは頷きました。二人は鞄から数学のノートを取り出し、テーブルの上に広げました。
無言の時間が流れます。
コウ君は問題を解きながら、一問を終えるごとにチラッと横目でキョーコちゃんを見ます。見るだけで、何も話しかけません。
キョーコちゃんもキョーコちゃんで、一問終えるごとにチラッ。でも話しかけません。
二人の『チラッ』のタイミングが重なりでもすれば、そこから会話も生まれるのかもしれませんが、そう都合よくはいきませんでした。
数式の計算を間違え、コウ君は消しゴムに手を伸ばしました。そしてキョーコちゃんもまた、問題を間違えたところでした。
都合よくいきました。
「あっ」「ひゃっ」
消しゴムの上で触れ合う、二つの手。キョーコちゃんの小さな手と重なれば、男子にしては小さなコウ君の手も、やっぱり男の子っぽく見えるのでした。
「ご、ごめんキョーコちゃん」
「あ、こ、こちらこそ」
不意に、二人の視線が合いました。真剣な表情になった二人でしたが、コウ君が耐えきれないといった様子でクスッと笑みをこぼしました。するとキョーコちゃんも笑いました。
消しゴムで消された字と一緒に、二人の間に漂っていた沈黙も消えました。それから他愛のない話しをしながら、二人は宿題を続けていきました。
「コウ君はチワワとマルチーズ、どっちが好き?」
「うーん、チワワかな。キョーコちゃんは?」
「私もチワワ派。可愛いよね、チワワ」
「うん。マルチーズもいいけどね」
他愛なさすぎるだろ。女子小学生かお前ら。
そしてしばらくの時間が経ち、二人は同じタイミングでシャーペンを置きました。宿題が終わったのです。
その後二人はチワワの良さを語り合いながら、ゆるい時間を過ごしていました。しかしキョーコちゃんがこんなことを言った時には、ゆるい空気が少しだけ張りつめました。
「ねえコウ君、私たち付き合い始めてもう三か月になるね……」
「えっあ、そうだね」
「コウ君は、私のことどう思ってる?」
「す、好きだよ! キョーコちゃんは可愛いし、性格も素直だし、それに……」
コウ君は決して多くないボキャブラリーをフルに使い、キョーコちゃんのことを誉めました。キョーコちゃんは時々嬉しそうに口角を上げ、その頬も徐々に赤みを濃くしていきました。
「私も、コウ君のこと好きだよ」
はにかみながら、キョーコちゃんは言いました。
コウ君は優しく、キョーコちゃんの肩に手を置きました。キョーコちゃんは目を閉じ、コウ君を受け入れる準備を整えました。
そして二人は目を閉じると、互いの唇を重ね――
『ゴシャリ』
――そこまで見たところで、私は画面に拳を叩き込んでデジカメを粉々に破壊しました。
まったく、コウ君の部屋にカメラを仕込んでおいて正解でした。私が仕事にでかけている間、部屋であんなことがあったなんて驚きです。
「ねえコウ君、私に内緒で浮気ってどういうことですか?」
手足を縛られたコウ君は、目に涙を浮かべながら必死に何かを訴えようとしていました。しかしタオルを噛まされているので、モゴモゴとした意味のない言葉しか出せていません。
私はこんなにコウ君のことが好きなのに。好きで好きで仕方ないのに。彼は私の気持ちに応えてくれないどころか、裏切るような行為さえしてみせるのです。これってダメですよね。
「浮気ってイケませんよね、コウ君。お姉ちゃんすっごく悲しいです。どうしてあんなことしたのかな?」
手が勝手に動いてしまいます。
「ねえどうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。……………………コウ君、どうして?」
コウ君がジタバタして、ハッとしました。私は自分でも気付かない内に、コウ君の首を思い切り絞めていたのです。
危ない危ない、可愛いコウ君を感情のままに殺してしまうところでした。
鼻の穴を大きく広げて空気を取り込むコウ君が、何だか急に愛らしく思えてきました。
「ごめんねコウ君、息が出来なくて辛かったですね。でも私の心も辛かったから、これで恨みっこなしですね」
コウ君を思い切り抱きしめると、彼はそのままグッタリしたので、お姫様抱っこでベッドに連れていってあげました。ベッドの上でも、もちろん手足は縛ったままです。
さて。
風呂場の水は、そろそろ貯まった頃でしょうか。
浴室の扉を開けると予想通り、浴槽の水が溢れちっくになっていました。蛇口を捻って水を止めます。
浴槽の底には、既に呼吸の止まった女の子がいます。全身をガムテープでグルグル巻きにして、完全に動けない状態で浴槽に横たえ、そこに水を貯めだしたのです。
少しずつ増していく水カサに、彼女は何を思っていたでしょうか。少し気になりましたが、しかし彼女はもう口を開くことが出来ないから、それも聞けませんね。
本当はこんなことしたくなかったけど、私の可愛いコウ君をたぶらかすようなマネをするから、仕方無いですよね。
水の中で揺れる黒髪がワカメのようで、ちょっと笑ってしまいました。そうだ、明日の朝食はワカメの味噌汁を作ることにしましょう。
可愛いコウ君のために。
お読み頂きありがとうございました。
今度はもっとストレートでまっすぐな作品を投稿します。