七話目
馬から降りて来たのは、一人の男性だった。あと二人、こっちに来てるな。村長の言ってた救援だろうか。未だ頭上にウィスプを乗せたままのハルトが駆けよる。
「ハルト、魔獣はどこだっ」
「ミズキが退治したぞ。ほら」
彼が振り返り、焦げた臭いと煙の製造機と化した元・魔獣を指し示す。遅れてきた二人も含めて、あごが外れそうなくらい口を開けている。なかなかいいリアクションだな。
狼は、すでに一部が炭化している。血抜きもしてねぇのに、よく燃えるこった。魔法を併用した炎の効果なのかもしれない。
「おい、ウィスプ。そっちに行ったら危ねぇぞ」
なんだって、狼の近くなんかに。ウィスプの姿が煙で隠れる。揺らめく煙の奥で、なにか光ったような……気のせいかね。もしかして、狼を焼き肉だと認識してるのか。
ハルトが馬にまたがり村へ戻ってゆく。人を呼びにいったのだろう。男が一人、こちらへと歩いてきた。
「話しは聞いたよ。村を守ってくれてありがとう」
「——座ったままで失礼。私だけの手柄ではありませんよ。彼らが、命をかけて時間を稼いでくれたからこそ、倒せたのです」
「そうか。顔色が悪いが、大丈夫かい?」
「……えぇ、肩を痛めまして」
「どうにかしてやりたいが、この村は医師が不在でね。村長たちも応急処置しかできない。大きな街から救援が来るまで、辛抱してほしい」
「貴方たちが救助隊ではないのですか?」
「まさか。俺たちは村の者だよ。少し前に、笛を吹いて馬を駆っていたのが俺さ」
さっきの三人組か。人懐っこく笑う彼は、確かに首からホイッスルを下げている。
「さぁ、あとは俺たちに任せて休んでくれ」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
右腕は、シャツの上からでもわかるくらい変形していた。おまけに、ホッカイロを押し付けているように熱を持っている。だが、ゆっくり歩くくらいなら、問題ないだろう。
立ち上がった俺に反応するように、焼け焦げた臭いをともない、ウィスプがすり寄ってきた。短槍を引き抜いて持ってくるあたり、ちゃっかりしている。左手で受け取った槍は、ほんのり暖かい。これなら持てるだろう。
後始末を開始した彼らに一礼して、村へと戻る。気持ちのいい風が、桜の花びらを青空へと舞いあげていった。
しかし、そんな情緒を台無しにする悪臭が、ウィスプにまとわりついている。この状態で汁物遊泳されちゃかなわん。禁止を言い渡すと涙目で見つめられた。昔のコマーシャルみたいな手には、のらねぇよ。
村はとても慌ただしい。死人も出たし、柵も壊されたからな。せめて魔力が回復すれば、柵の修繕なり工作なりできるんだがな。
前方を、荷台をひいた馬が歩いている。あれはハルトじゃねぇか。向こうもこちらに気づいたらしい。馬を止め声をかけてきた。
「もう立って大丈夫なのか?」
「少しマシになったよ。心配かけたな」
「あまり無理するなよ。あぁ、そうだ。さっきの件、聞いてみたんだけどさ」
「村長はなんだって?」
「村長もキリエ婆も、そんな事例は知らないらしいぞ。よかったな」
「そうかい。ありがとよ」
「じゃあ、俺は手伝いに行ってくる。ゆっくり休めよ」
まぁ、そういう魔法があるとしても、不思議じゃない気がする。なにせ不死や呪いが魔法扱いなんだ。死体や骨を操る魔法があってもおかしくない。いつか調べてみねぇとな。
駆けずり回る村人をヒラヒラと避け、村長宅へと向かう。しばらく歩くと、いかにも薬らしい匂いが漂ってきた。この世界にもエタノールはあるらしい。学校の保健室を思い出すな。家の前で、出かけようとしているリサちゃんと鉢合わせた。
「あっ、ミズキさん」
「ちょうどよかった。すみません、ここで手当てをして頂けると伺ったのですが」
「そこから右手奥に進んだ庭で、治療が受けられますよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「あのっ」
「はい。なんでしょうか?」
「大叔母さまを引き止めてくれて、ありがとうございます。あなたがいなかったら、また後悔するところでした」
「どういたしまして」
「ここを自分の家だと思って、くつろいでくださいね。それでは」
瞳をうるませて走り去ってゆく彼女を見送り、目的地へと向かう。そこでは何人もの兵士が、治療を受けていた。皮鎧を着込んでるとはいえ、生身で柵を壊したんだ。怪我くらいするわな。
地面に敷かれたゴザにも兵士が座り込んでいる。さきほど槍を貸してくれた婆さんが、豪快に消毒液をぶっかけていた。……あっちには並ばないようにしよう。縁側の最後尾に並んでいると、村長が近づいてきた。
「待ってたよ、ミズキ。さぁさぁ、そんなとこにいないで、お上がり。診てあげよう」
「いえ、私はあとからで——」
「今日一番の功労者を診ないで、誰を診ればいいんだい。それに、そんな顔色で無理するんじゃあないよ。ほら、おいで。キリエ、あとは任せたよ」
天を仰ぎ泣きそうな顔をする縁側組に、心の中で謝罪しながら廊下を進む。槍まで持ってきちまった。あとで返しに行かねぇと。
たどり着いた部屋は、今朝とは違う部屋だった。六畳より少し広い。壁際には、使い込まれたタンスが一竿たたずんでいる。エル字型の机もあるな。……机だけ現代風って、違和感がすげぇな、おい。仏間にはラベンダーが飾られていた。俗に言う、落ち着く空間というやつだろうか。
「これは……手酷くやられたね」
カッターシャツを脱がされ、あらわになった腕を見て、村長が眉をひそめる。右肩から手首にかけて腫れ上がり、黒ずんでいる。内出血かね。これだけ腫れてるなら熱いのも頷ける。それだけ衝撃が大きかったということか。
「ふーーむ。打撲は間違いないね。もしかしたら、骨にヒビが入ってるかもしれないから、固定もしておくよ」
村長は押し入れから救急箱を取り出すと……待ってくれ。
「それは?」
「これは打撲とすり傷、火傷に効くのさ。塗ってよし飲んでよしの必需品だよ」
紫色の薬を、積極的に飲もうとは思わねぇよ。ドン引きする俺をよそに自称薬は瓶から豪快に滴り、肩から先をぬらす。……あぁ、こういうところは姉妹だよな。これ、畳に付いたらシミになるんじゃねぇか。
しかし勢いはどこへやら、ゆるやかに患部が覆われてゆく。液体だと思っていたが、スライムのような性質もあるらしい。なにより、見た目ほど冷たくない。ほとんど人肌と変わらないような……いや、俺の体温になじんだのか。
そして薬の上から、包帯っぽい物が巻きつけられてゆく。うぉっ、なんだこれ。巻かれたところが冷えていく。包帯もどきには、等間隔でカラフルな模様が書かれていた。もしかして、これも魔法なのか。
「不思議な布ですね」
「魔法陣を印刷してあるのさ。水をはじき、患部を冷やす効果がある。あとは三角巾で吊って、と。さぁ、できた」
「ありがとうございます」
「なに、かまわないよ。その格好じゃあ、この服は着れないだろう。息子のお古がタンスに入ってるから、好きに使うといい」
「ですが、それでは息子さんが」
「いいんだよ。村の若い子たちにも、貸し出しているからね」
「そうなのですか。では、お借りします」
「それじゃあ、私は庭に戻るからね」
「はい。——あっ。すみません村長、一つお伺いしたいことがっ」
出て行きかけた村長を慌てて引き止める。
「魔力を回復させる方法を、教えていただけませんか?」
「それなら、もうアンタは開始しているじゃあないか」
「はっ? ……つまり、休息をとればいいのですか?」
「そういうことさ。わかってると思うが、無理をするんじゃあないよ。症状が悪化したら、匙を投げることになる」
「…………善処します」
「本当にわかりやすいね、アンタは。ウィスプ、しっかり見張ってておくれ」
村長は呆れたようにため息をつき、退室した。ウィスプもウィスプで、気合い入れて燃え盛るなよ。信用ねぇな、俺。しばらくは大人しくしてるって。
せっかくだし、少し情報を整理するかね。
初期に投稿したものだから粗が目立ちますね……。
一区切りついてるし、伏線とか風呂敷とかブン投げて打ち切りとさせていただきます。
お読みくださりありがとうございました!
次回作はきちんと完結させます!