六話目
ウィスプが、例の民家に向き直る。どうしたよ。
「リサ、はやくおいき。魔獣なんて、私の槍で一撃さ」
「大叔母さま、無茶よ。一緒に避難しましょう」
家から出てきたのは、はちまきをしめ鉄製の短槍を手にした、老婆だった。ニッカポッカのような服装が堂に入っている。あの家系は、男勝りな淑女が多いらしい。
「お孫さんの言うとおりですよ。あの魔獣は、とても足が速い。屋外にいては危険です」
「アンタだね、半裸で来た旅人というのは。よそ者が口をはさまないでおくれ。可愛い姪孫の仇をとらなきゃ、私の気が済まないんだよ」
「その可愛い姪孫さんを、また悲しませるつもりですか?」
目元を腫らしたリサちゃんは、すでに目を潤ませている。そんな彼女を見て言葉に詰まったおばあさんへ、更にたたみかける。
「これでも私は魔法使いです。それにハルト君たちもいます。どうか、無理なさらないでください。では、先を急ぎますので失礼」
「——待ちな。丸腰で行く気かい? これを持っておいき」
「お借りします」
受け取った槍は、見た目より重い。全長は一メートルってとこか。きちんと刃に樋もついている。使い込まれたらしい柄は、手に吸い尽くようだ。……鉄か。追いやるように手を振るおばあさんと、静かに頭を下げるリサちゃんに見送られ、俺は目的地へと急いだ。
人を避け走ること数分。たどり着いた村の出入り口は、すでに封鎖されていた。回り込む時間が惜しい。走る速度を緩めず、片腕を支点に飛び越える。おっと、危ねぇ。勢いがよすぎて、村人を跳び蹴りしかけた。
ぎょっとした表情でドン引いてるのは、ハルトだった。周りは困惑した兵士たちで満ちている。遠くで赤い狼煙があがっているな。誰が上げてるんだ。
「なんだ、疫病神か。逃げるなら今のうちだぞ」
「こんなときでも、口の減らねぇ奴だな。まぁ、それでも度胸は俺以上だ。若いのに、たいしたもんだよ」
せっかく誉めてやったのに、ハトが豆鉄砲くらったような顔するなよ。
「狼はどこだ?」
「俺もわからない。親父が偵察に出てる」
騎乗した兵士が首をかしげながら、草原を引き返してきた。
「魔獣が見つからない」
「すると、見間違いなのか?」
「罠は反応したんだぞ。赤だから、かなり危険だ。どこかに隠れているのかもしれない」
「目のいいやつが、魔獣を見たらしい。警戒を怠るな!」
なるほどな。赤い狼煙は罠だったらしい。多少なだらかな斜面があるとはいえ、周りは草原だ。隠れるようなところなんて……。
「おい、向こうのようすぎゃ」
警告は、水しぶきと何かが潰れるような音で途切れた。
「ちっ、川の方からだ! 隣との連携を忘れるなよ!」
誰かが指示をとばす。水煙が晴れる前に、またひとつ悲鳴があがった。狼の嗅覚はどれくらいだったか。とにかく、足を止めないとズァイトッカイ村の二の舞だ。見よう見まねで、槍を構える。ハルトの隣に、いさせてもらうとするかね。
狼の位置さえ把握できれば、こっちのもんなんだが。魔力の無駄使いはできねぇしな。俺たちの左斜め前で絶叫があがる。やっと視界がクリアになった。
『耕耘』
姿を露わにした狼が、頭部と身体の一部を残して地面に埋まる。スティールが触れることで発動するならと、地面に手をついてみたのだが、どうやら当たりだったようだ。ふふん。柔らかい土で機動力を奪えば、こっちのもんよ。
もがく狼が抵抗するように吠えた。魔法で深く耕した範囲は、直径三メートル。兵士たちの槍なら、充分攻撃できる距離だ。だが、あまり刺さってねぇな。穂先は、ほとんど跳ね返されている。体毛のせいなのか。
魔獣。魔法。……吠えることが詠唱なのかね。そういえばズァイトッカイでも、あまり武器は役に立ってなかったな。つまり、魔法で防御力を底上げしてるのか。それなら。
『加工』
手にした槍が、少しずつ形状を変えてゆく。狼がまた吠える。すると、急に兵士たちが逃げ出し始めた。くそっ、身体が震えて加工に集中できねぇ。周りを見渡す。残ったのは三人。俺と、昨夜の大男。そしてハルトだけだ。
振り返った先では、柵を壊す勢いで乗り越え……いや、実際に壊している。おいおい、なにやってんだ。
「リーダーさんよ。どうなってやがる。諦めるのが早すぎねぇか?」
「おそらく威嚇の魔法だろう。混乱か、恐慌も付与されていると思う。兄ちゃん、解除魔法は使えないのか?」
「すまん、覚えてない。準備が終わるまで、もう少しかかる。足止めを頼んでもいいか?」
すでに狼の前足が片方、露出している。
「任せてくれ。ポチの仇は、俺がとる!」
がっしりした体躯に見合う、太く長い槍が狼の右斜め横から迫る。狼が吠え、槍がリーダーごと真っ二つになった。血飛沫が草をぬらす。あいつ、遠距離攻撃もできるのかよ。
「もう終わりだ。みんな食べられる!」
「情けねぇな。さっきまでの威勢はどうしたよ」
「なに言ってんだ。アンタも見てただろう。あんな奴に勝てるわけっ」
「お前が言ったんじゃねぇか。俺は、疫病神なんだろう? 俺と会ったのが、魔獣の運のツキってこった」
ハルトが振り返り、俺を見上げる。
「頼む。あと少し時間を稼いでくれ。そうしたら、あとは俺がやる」
胸ポケットにいたウィスプが、オレンジ色に発光し始めた。そして、うつむいたハルトの頭に着地する。狼の前足が、両方とも露わになった。ちりり、と鈴の音が鳴る。清らかな音は、何度も戦場に響き渡った。
「……俺は。俺は、もう誰も見捨てない!」
槍がしなり、狼の身体を殴打する。あとは一方的だった。後方からの執拗な打撃が、狼を打ち据える。イラついたのか、狼が地面にむかって吠えた。周辺の土が吹き飛び、狼が拘束から解き放たれる。
土塊とともに飛ばされてきたハルトを受け止め、後方へ突き飛ばす。狼が俺に向き直り、右目で睨みつけてきた。ともに地を蹴った俺と奴の距離が、一瞬で詰まる。
『発火』
右肩にはしる衝撃とともに、肉と骨を貫く感触が伝わってきた。狼は不規則に痙攣している。奴の左目に突き刺さした槍は、持てないくらい熱い。肉と脂の焼ける臭いが、鼻についた。
『スティール』
やはり、魔法で抵抗力を高めていたようだ。火が体毛をなめ、瞬く間にその勢いを増してゆく。掘り返した土の上だし、そうそう延焼はしないだろう。槍を引き抜き、石突きを地面に突き刺す。柄にセットしていたライターも取り外しておかねぇとな。愛用しているし、簡単に壊すのは惜しい。
「た、助かった……。俺、生きてる」
「おぅ、ハルト。突き飛ばして悪かったな。けがしてねぇか?」
「特には。少しひじを擦りむいたくらいだ」
「そいつぁよかった。あとの奴らは……まだパニック中か」
さすがに、逃げ惑い泣きわめく奴らを、どうこうできる気力はない。燃え盛る狼から距離を取り、草地に座り込む。右腕がとても痛んだ。変な音がしたし、骨が折れたのかもしれねぇな。……ひいき目に見ても、病院はなさそうだ。そもそも医者はいるのかね、ここ。
「ああいう魔法は、術者が死んでも解除されない。他に魔法使いもいないし、時間経過に任せるしかないぞ」
「そうか。ところでよ、ハルト。生き物が、ゾンビやスケルトンになって動き出すことって、あるのか?」
「俺は聞いたことないな。人手を連れてくるついでだ。村長に聞いてみるよ」
「あとは任せる。手当てができる人も連れてきてくれると、嬉しい」
「苦しそうなところ、悪いけどさ。医者がいるように見えるか?」
「だよなぁ……」
予想を裏切らない展開に、思わずため息がもれる。村の方から馬が駆けてくる音が聞こえてきたのは、そんなときだった。