表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

四話目

誰かが、泣いている。あいつ……また近所の悪ガキとケンカしたのか。

お前も女の子なんだから、あんまり無茶すんな。

あぁもう、怪我してるじゃないか。跡が残ったらどうする気だ。

尻拭いするのだって、大変なんだぜ。本当に、お前といると——


「俺の人生、ハードモードなんだか……ら?」


天井が高い。ヒノキっぽい匂いがする。——そうだ、眠くなって。

だんだんと頭がさえてくる。寝言で起きるとか、久々だ。


俺は囲炉裏の近くにいたはずだが、布団に寝ているな。

シャツも着てる。どうやら、なし崩し的に泊めてもらったらしい。


ところどころ、壁に穴があるようだ。

そこからもれた、わずかな灯りが室内をぼんやりと照らしている。


近づいてみる。それは丸く加工され、はめ込まれた障子だった。もともと、そういう設計らしい。障子紙が破損したら大変そうだな。


あれは街灯、いや松明なのか。そういえば、寝ずの番をすると男たちが息捲いていたな。不規則に光が行き来している。持って見回りをしているのだろう。


思考していたせいで、目の前の目に、気づくのが遅れて。

心臓が口から飛び出るそうなくらい、びっくりした。


「おまっ……もう少し存在感を出してくれよ。幽霊かと思ったじゃねぇか」


宙にふわふわ漂うオレンジ色の火の玉——いや、ウィスプ——からは、楽しそうな感情が伝わってくる。まるで、イタズラに成功した子供だ。

そういえば、こいつも変な奴だよなぁ。火の玉っつたら、ふつうは怨念とか、おどろおどろしいものだろ。なのにウィスプ……いわゆる、光の精霊だなんてな。ゲームかっつうの。


いや、ウィスプがこっちでも光の精霊なのか知らねぇけどよ。昨日の言われようだと、善良な性質みたいだしな。それに認められる……ねぇ。なにもしてないぞ。桃はやったけど、俺にも見返りはあるしな。


障子から差し込む光は、柔らかく暖かい。日の出のようだ。鶏が朝を告げる鳴き声がやかましい。かすかにいい匂いがしてきた。ドスドスと不機嫌そうな足音が近づいてくる。襖が乱雑に開けられて。


「起きろ、疫病神。飯だ」


「おはようございます。すぐに伺いますね」


「……ふん」


昨日つっかかってきた門番が、床をきしませながら立ち去る。好印象をもたれるはずもねぇが……なんで村長の家にいるんだ。監視か。まぁ、考えても仕方ねぇな。いい加減、まともな飯を食わねぇと倒れそうだ。いや、倒れたけどよ。


ウィスプを伴い、廊下を進む。寝室は、囲炉裏のある部屋の傍だったらしい。奥の台所では、孫娘のリサちゃんがめまぐるしく働いている。それにしても、視線が痛い。門番が、親の仇のように睨みつけてくる。いや、仇みてぇなもんか。


「おはようございます。昨日はすみません。ご迷惑をおかけしました」


「おはよう、ミズキ。具合はどうだい」


「ぐっすり眠れました。おかげさまで、ピンピンしてます」


「さすがに、若いと回復も早いね。さぁ、朝食にしよう」


「はい」


寒いし囲炉裏をはさんでキヨ村長の対面に座るかね。たぶん、ここが下座だろ。

火にかけられた鍋からは、煮立つ音が聞こえてくる。この香りは味噌汁だろうか。さすがにインスタントとは、匂いの質が違うな。


この世界で、初めて他人と摂る朝飯は、とても重苦しいものになった。

とにかく気まずい。リサちゃんも門番も、終始無言だ。いや、飯食ってるときは無言になるけどよ。たまにキヨ村長が、有益な話題を振ってくれるのが救いかね。


柔らかく炊かれた、薄味の粥。魚のすり身とじゃがいもに、ほうれん草の味噌汁。そして箸休めのお新香。俺と門番の胃を労るようなメニューは、とてもうまかった。


淹れたばかりのお茶に浸かるウィスプは、気持ちよさそうだ。お前は目玉の親父か。桃といいお茶といい、こいつが重なると旨味が増す気がする。どういう仕組みになってるんだろうな。


「ご馳走様でした。おいしかったです」


「……お粗末様でした」


おぉ、初めてリサちゃんがしゃべった。そのまま、逃げるように食器を集め、洗い始める。迷惑そうな表情は妹そっくりだな。さすが姉妹。まぁ、こんな状況じゃ仕方ねぇよな。


「おい、疫病神。なにリサに色目使ってんだ」


「色目だなんて、とんでもない。おいしいご飯を提供して頂いたので、感謝の意を伝えただけですよ」


「……チッ」


それは、聞き逃してしまいそうな、小さな舌打ちだった。俺がなにをしても、なにを言っても気にくわないというやつだろう。もし、俺も同じ状況に置かれたなら……彼のように自制できるだろうか。


「村長、リサもご馳走様。じゃあ俺、訓練の時間だから」


「ハルト、気をつけるんだよ」


「行ってくる」


「待って、ハルト」


戸を開け、まさに出ようとした門番を呼び止めたのはリサちゃんだ。スカートの裾を、ひるがえしながら駆け寄るリサちゃんの生足が眩しい。腰まで届く髪が、軽やかに跳ねている。そういえば、村長は着物だけど他の人は洋服なんだよな。おかげで、俺もあまり浮いてないけどさ。


「あの。これ、お守り。……あげる」


「ウサギのしっぽじゃないか。いいのか、もらっても」


「うん。厄除けのまじないをかけたの。だから、その……怪我しないでね」


「おう! ありがとう。じゃあ、またな」


「行ってらっしゃい」


ちりり、と清らかな音が駆け足とともに遠ざかっていった。名残惜しそうに、小さく手を振るリサちゃんの耳は真っ赤だ。ウサギのしっぽと鈴は、ともに魔除けのアイテムとして重宝されてるが、こっちでも同じらしい。


ウサギは、子孫繁栄や愛情の意味もあったはずだ。つまり彼氏と妹と姉の三角関係だった、ということなのだろうか。まだ若いのに、昼ドラみたいな展開だな。

ウィスプが、ピンク色になってリサちゃんの手にすり寄る。リサちゃんの肩が、大げさなくらい跳ねた。


「——洗い物、してきますね」


少し戸惑ったような声が、台所に戻ってゆく。

あとには、食器を洗う音だけが響いた。


「村長。今、お時間よろしいでしょうか。いくつか、お伺いしたいことがあるのです」


「私に答えられることなら」


「質問は四つです。まず、一つ目は、ウィスプのことについてですね。これは、どういう生き物なのでしょうか」


「ウィスプは神の使いと言われているよ。神に認められた、善良な死者の魂という説もあるね。それに懐き、好かれる……つまり、澄んだ心の持ち主だという証拠だよ」


「なるほど。では、次に二つ目です。昨日、魔力がゼロになって昏倒したのですが、あの症状をご存知ありませんか」


「それは魔力切れだね。魔力は、魔法を使うための力さ。原因は不明だが、それが空っぽになると、アンタみたいに気絶したり、頭痛や吐き気に襲われたりするんだよ。だから、魔力を使い切らないようにすることだね」


ゲームでそういう値がゼロになると死ぬゲームがあるが、それと似たようなものか。まぁ、死なないだけマシだな。一昨日も昨日も、魔力切れで寝たということらしい。だが、計算があわねぇな。一昨日は二回、昨日は三回しか魔法を使ってねぇぞ。どういうこった。


「ありがとうございます。三つ目ですが、その魔力消費を調べる方法はありますか?」


「ステータスを呼び出してごらん」


「スライドさせて……はい、出ました」


「魔法名を、なんでもいいから長押ししてごらん。それでポップアップウィンドウが出る」


おおっ、こりゃ凄い。パソコンみたいだな。


「こういう仕組みなのですね、よくわかりました。最後の質問なのですが……」


果たして、これを聞いてもいいのだろうか。

だが、疑問を抱えたまま仕事してミスをしては、目もあてられない。なぜ聞かなかったと雷が落ち、危機管理能力を疑われ信用も失う。そんな社会人を、いやというほど見てきた。こんな殺伐とした異世界では、生死を左右しかねない。


「リサ。仕事を頼まれてくれないかい? キリエが、腰を痛めてね。立つのも辛いとこぼしていたんだよ」


「わかりました。行ってきますね」


「頼んだよ」


あまり人に知られたくない内容だ。そんな俺の心中を、見透かしたようなタイミングで、この采配。この婆さん、読心術でも心得てんのか。二人きりになった部屋は、やけに広く感じられる。


「しばらくは帰ってこないよ。それで? なにを聞きたいんだい」


「…………スティールという魔法を、ご存知ですか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ