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三話目

「そこの怪しい奴、止まれ!」


おぉ、血気盛んなこって。

槍の穂先を突きつけられちまったし、大人しく従っておくかね。

まぁ、夕方に半裸の男と火の玉を見たらビビるわな。


門番はまだ若い。少年といってもいいだろう。

柵ごしに見える村は、かなり慌ただしい。あの狼煙を見たのだろうか。

皮鎧で武装した者が多いように感じる。


「怪しくありませんよ。ただの旅人です。至急、村長さんにお会いしたくやってまいりました」


「そんな格好でか? ふざけるな。さっさと身分証を見せろ」


「身分証ですか。実は狼から逃げてきたので、なにも持っていないのです」


「——! そこで待ってろ、村長を呼んでくる」


青ざめた門番が、村の中へ駆けてゆく。いや、仕事は放棄するなよ。


火の玉に桃を与えていると、門番が戻ってきた。彼の後ろをゆっくり歩いてくる老婆もいる。


「お初にお目にかかる、ウィスプに好かれし者よ。村を治めておるキヨと申す」


「お忙しいところ、ご足労いただきありがとうございます。私はミズキと申します。昨日、ズァイトッカイ村に狼が出たので、知らせに参りました」


「……あぁ、狼煙を見たよ。しかし、村まではどんなに急いでも三日はかかる。馬もないようだが、どうやって来たのかね?」


「走って参りました」


うぅっ、視線が痛い。二人だけでアイコンタクトをかわさないでくれ。


「……まぁ、疑う気持ちはよくわかります。そこで、ぜひ実際にご覧になっていただきたい」


返事を待つのも面倒だ。彼らの前で、四キロほど往復する。調子にのってバク転宙返りも織り交ぜてみた。初めてやってみたが、意外といけるもんだな。彼らの顔色をうかがうと、驚きに目を見開いている。


火の玉だけが、自慢げに飛び跳ねていた。ういやつめっ。


「この身体能力で、逃げ切ったのです。信じていただけますか?」


「……ふむ。おいで。ちょうど話し合いを始めるところだったのさ」


俺と火の玉、そして門番がキヨ村長に付き従う。

いや、お前は仕事に戻れよ。気になって振り返ると、別の男が立っていた。

交代の時間だったらしい。


ひときわ大きな、木造の家に通された。緊張した面もちで囲炉裏を囲む男たちの表情は、硬い。一人だけ女の子もいるな。キヨ村長の孫娘ってとこかね。


俺の持っている情報と、彼らの情報をすりあわせる——っつても、たいしたことはねぇ。大きさと、あとは左目に怪我を負っているということくらいしか言えることはないからな。


「なぁ兄ちゃん。その狼の左耳に、かじられたあとがなかったかい?」


「すみません、そこまでは覚えてないですね」


「そうか。だが、ある程度はヤツと一致するな。村長、どうします?」


リーダーなのだろう。仕切っている強面の大男が、眉間にシワを寄せながらキヨ村長へと向き直った。場に重たい空気が漂う。

少女が配膳してくれた緑茶が、胃に染みわた……痛い。ストレスで胃をやられていたらしい。ろくに食事もとってなかったしな。


「村にいる馬だけでは、村人全員を逃がすには足りない。逃げたところで、魔獣に襲われては元も子もないしね。ここは防衛しかなかろうて。そういえば、ミズキは魔法が使えるのかい?」


「はい。生活魔法を少し」


スティールのことは、えげつない魔法だと言っていた。悪党の代名詞だと。ただでさえ俺は半裸なんだ。変に警戒される要素を増やすこたぁない。


「ふむ。いつ狼が来るとも限らない。疲れているところ悪いが、あんたにも手伝ってもらうよ」


「もちろんです」


「決まりだね。みんなは訓練通り頼むよ。ここが踏ん張りどころだ」


キヨ村長が手を打ち鳴らす。男たちが解散し、あとにはキヨ村長と俺に火の玉、そして少年と洗い物をする少女だけが残った。


……この三人は家族なのかね。というか、俺はどうすれば。


「——あんた、ズァイトッカイを通ってきたんだよな」


「えぇ、そうです」


「リサの妹——ミサは俺の彼女なんだけどさ。左目を射ったのって、あいつじゃなかったか」


湯飲みを洗っていた音が止まる。あぁ……そうきたか。

キリキリ痛む胃が恨めしい。暗く鋭い目の少年を、直視できずに目をそらした。


「……少年のような風貌の弓使いなら、見ましたね」


「さっきの話だと、そいつは死んだんだよな」


「…………そう、ですね」


「なに、一人だけ逃げてんだよ。助けてもらって、なに見殺しにしてんだよ! ウィスプが認めても、俺は認めない! 認めてたまるか! お前は、ただの疫病神だ!」


少年は、泣きながら戸に体当たりをするように飛び出して行った。

……疫病神、か。


「すまないね、ミズキ。あの子は、孫のミサにベタ惚れだったんだよ」


「……見捨てたのは、事実です。彼が怒るのも無理はない」


「そうか。私からも、ひとついいかい。あんたのステータスを見せてほしい」


「構いませんよ。どうぞ」


生活魔法を少しどころじゃなく使えるのがバレちまう。でも断ったら怪しいしなぁ。しかし、ステータス画面って相手にも見えるのか。


「どうしたんだい? 不可視を解除してくれなきゃ、見えないよ」


えっ、どういうこった。画面には魔法一覧の項目しかないぞ。俺がまごついていると、村長がしたり顔で頷いた。


「やっぱり。あんた、記憶がないね? 自分のステータスは特殊な装置を使わなきゃ、他人に開示できないんだよ。そこらへんの幼児でも知ってる、基本的なことさ」


どうやら、はめられたらしい。上手く立ち回ったつもりだったんたが、どこでバレたんだ。半裸か。半裸だからか。


「そんなに情けない顔をするんじゃないよ。いま、なにが見えてる?」


「使える魔法の一覧ですね」


「左右にスライドしてごらん。個人情報のところにある、状態異常の項目はどうなっている?」


おぉっ、画面が切り替わった。所持品と所持金。まぁ、特筆すべき点はねぇな。

もう一度スライドさせると、俺の名前と顔写真、そしてパラメーターが表示されていた。免許証かよ。


「……呪い、と記載されていますね」


「決まりだね。あんたは、なんらかの理由で呪われた。呪われたということも意識できないくらい、強い呪いにね。名前以外で、覚えていることはあるかい?」


なんだか知らねぇが、いい感じに誤解してくれている。

これは話しを合わせた方がいいな。


「俺は、昨日まで家にいました。気がついたら草原で寝てて、狼に襲われた。あとは、さきほど話した通りです。故郷はどこなのか、ここがどこなのか……なにも、わかりません」


身体能力だとか、魔法のことはややこしくなりそうだ。

スルーしておこう。


「ふーーむ。呪われたあとに転移魔法で飛ばされたのかね。それだけ邪魔だってことなんだろうが、あんたも災難だね。あんなヤツに目を付けられるなんて」


「まるで、呪いをかけた人と知り合いみたいな言い方ですね」


「呪いというのはね、魔法の一種なんだよ。ただの魔法じゃあない。禁術といって、使ってはいけない魔法なんだ。もっとも、適性がなければ扱えないシロモノだがね」


村長が、お茶で唇を湿らせる。俺もつられて飲んだ。うまい。


「その適性を持つ人物こそ、この大陸を三百年も支配している暴君なんだよ」


お茶を噴き出さなかったのは、我ながら偉いと思う。


「三百年って、そんなに寿命が長いんですか?」


「もちろん、ふつうは百年もないよ。これは、あくまでも噂だが——禁術で、寿命を伸ばしているらしい。私の祖母が産まれる前には、もう暴君として君臨していたと、日記に残っているよ」


異世界に転移したと思ったら、なにやらきな臭いことに巻き込まれていたらしい。

記憶がないってのは嘘だが、呪われてるのは疑いようがない。これから先、なんらかの不都合が現れるとも限らんな……。


あぁ、でも、まずは——シャツを着たい。

日が暮れて、だいぶ経つ。さすがに肌寒くてかなわねぇや。

俺の心の声を察したのか、火の玉——ウィスプ——がカッターシャツを持ってきてくれた。桃は堪能し終えたらしい。


しわしわになったカッターシャツに、衛生の魔法をかける。あれ、なんか身体の、力が。慌てる村長の声が聞こえる。なんだ、どうなった。俺は倒れたのか。火の玉がうろたえている。パラメーター画面に映った魔力残量がゼロになって。


くそ、だめだ、眠い……。

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