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ファンクラブからの攻撃が地味に進化しました。
「あ、ごめんなさい」
トイレで手を洗っていると、背後から軽くぶつかられた。そして、それと同時に膝裏辺りにチクッと小さな刺激が走る。
ハッと顔を上げて鏡を確認したら、数人の別の部署の女性たちに頭を下げられた。
「……いいえ」
しまった、またやられたか。
この攻撃、地味にダメージを受けるんです。彼女たちが個室に消えたのを確認して、自分のストッキングを見下ろす。
やっぱりかー。口から漏れそうになった溜息を飲み込んで、私はロッカーへ向かう為にトイレを出た。
見事な伝線、上下に立派な筋が入ったストッキングは最早隠したいとか思うレベルのものじゃない。
これが最近流行っている嫌がらせ、ストッキング伝線大作戦です。幾ら消耗品だと言っても、1日に2、3回も履き替えるとなると結構な出費になる。
あのチクッと感はマジックテープか何かかな。一体誰が考えたんだか。微妙にへこむ部分を的確に突いてくるなんて敵も中々やるなー。
そんなことを考えながら急ぎ足で歩いていると、「山田さん」と渋い美声に呼び止められた。
声だけ聞けばかなり好みの声、残念ながら振り向かなくても誰だか分かる程度にあのメンバーに馴染んでしまったみたいです。
「仲井さん、どうかしましたか?」
声の方へ振り向けば予想通りの仲井さんがこちらに向かって歩いてくる。両手には何か荷物を抱えているようだ。荷物持ちなんて珍しい。
彼が近付くにつれ荷物の詳細が分かる。冊子かな、と思ったけど、どうやらビニールで包装された薄いB5サイズ程の何か。それらを十数枚程積み重ねた状態で抱えているが、大きな彼が持つと荷物が小さく見えた。
「ちょうど良かった」
そう呟いた仲井さんがその荷物を私に差し出してきた。
え、まさか私にそれを運べと?
まあ、やれと言われればやりますけどね。ただ先にロッカーに行きたいんですよ、私。
さて、どうやってその希望を伝えるべきか。とりあえず受け取りながら何となくその荷物へ視線を落とすと、視界に飛び込んできたまさかの品物に言いたかったことがどこかに吹っ飛んでしまった。
「仲井さん、これは……」
「オレたちからのプレゼント。考えたのは成田だ」
それは、こんなことオレは考えねぇよアピールですか? サラッと元王子批判なんですか?
私が受け取った荷物は何と大量のストッキングだった。
「山田さんが嫌がらせを受けているのは知っている。大きなものは事前に止められるが、小さなものは中々難しくて本当に申し訳ない」
大きなものって何だろう。一体何が私に起こる予定だったのか。
怖いけどちょっと気になる……
「だから、ひとまず代えのストッキングを用意してみた。この状態はオレたちが止められなかったせいだから、遠慮なく使ってくれ」
だからって、こんな高級そうなストッキングを買ってこなくても。
どう見ても一つ千円以上しそうなものばかりだ。
「ここまでしてもらう理由がありません」
ストッキングの束を返そうとしたら、仲井さんは首を振りながら一歩後ろへ下がる。
「山田さんが受け取ってくれなかったら、責任取って自分で使えと言われている。ちょっとそれは勘弁してもらいたい」
「自分で、って……」
このストッキングを仲井さんが……?
思わず想像してしまい、差し出したストッキングを自分の胸元へ引き寄せてしまった。
それはスゴい罰ゲームだ。そう言われちゃ受け取るしかない。さすが成田さんだとある意味感心した。
「あの、それじゃありがたく使わせてもらいます」
「そうしてくれ」
何があってもほとんど変わらない表情がホッとしたのか少し緩んだものになる。精悍な顔立ちが不意に少年っぽい表情に変わり、それを見れてちょっと得した気分になった。何せいつもほぼ無表情だからね、レアです。
部下2は基本穏やかだ。仕事ではもちろん厳しい一面を覗かせるが、大体は静かに黙々と仕事をこなしていくタイプ。それが良いところだと言えば良いところ、面白みがないと言えばそれもまたそうだろうと思っていたけど。
「ちなみに、一番上の物は成田が推していた物だ」
「え……?」
そう言われて抱えた新品ストッキングに目をやる。成田さんおススメは割と無難な物だった。清楚で足首にワンポイントの飾りがある。
「その下の物は今屋が選んだ。オレはそれはどうかと思うが、今屋は履いてきたら成田には秘密で教えてほしいって言っていたぞ」
二番目の物は一瞬見ただけでスルーした。私がガーターベルトなんてつける訳ないでしょう。よし、部下1には今まで以上に近付かないことに決定。
ということは、この流れでいけば三番目が部下2推薦の物か……
「その下がオレが選んだ物だ。良かったら履いてきてくれ」
「……網タイツ、ですか」
なんか仲井さんの違った一面を見れた瞬間だった。
でも、これって成田さんしか得してない気がするのは気のせいだろうか?