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平日の唯一の楽しみだった昼休み。私の癒しの時間がすっかり癒しじゃなくなってしまった。


「……山田さん」


背後から静かに呼び掛けられる。

私がここにいることを知っているのは一人だけだ。さて、何をしに来たのか。


予想通り、両手にコンビニの袋を抱えた今屋さんがゆっくりと私の前に現れた。


「あの、山田さん」


その顔にいつものへらりとした笑みはない。座ったままの私からは俯き加減の彼の顔がよく見えた。

変に強張った表情はまるで別人のようだった。


「……すみませんでしたっ!」


急に叫んだかと思うと、何と部下1はその場で土下座をしてきた。


「ちょっ、今屋さん!?」

「疑って決め付けて、勝手な思い込みで酷いことを言ってすみませんでした」


額が土についているんじゃ、と思うくらいに深々と頭を下げた見事な土下座。


人が本気の土下座をするとこなんて初めて見たな……じゃなくて。

ハッとして辺りを見回せば、そんなに多くはないと言え公園にいる人たちの視線を独り占めにしている状態だった。


「今屋さん、とりあえず立って下さい」

「許してくれる?」


それとこれとは話が別です。と言いたいところだけど、これ以上目立ちたくない。


「すぐに立ち上がって土を払って、隣に座って下さい。じゃないと一生許しません」


早口で告げると、甘めに整った顔が青くなる。

私の本気が伝わったのか、今屋さんは素早く立ち上がり素晴らしい身のこなしを見せて私の隣に座った。


「今屋さん、何か色々散らばってますよ」


手に持つ袋のことを無視したスピード重視の動きに、中身が幾つか飛び出し地面に散らばっている。


「あ、うん、すみません」


彼は素直に拾い始めた。ア○ロ、チロ○にカー○おじさん、有名どころの菓子たちがビニール袋の中へと消えていく。


……その菓子が詰まった袋をどうする気なのか。

結果が見えていてもひとまず知らない振りをしておこう。


全部拾い終えた彼は大人しく私の隣に座る。そして、少し躊躇う様子を見せた後、意を決したように話し始めた。


「……朝は本当に、すみませんでした」


座ったまままた頭を下げる。


「すぐにカッとなるのも、思い込みが激しいのも、オレの悪い癖だって何度も言われてるのに。どうしても雪が絡むと抑えきれなくて……」


愛されてるじゃないの雪野さん。部下1にしておいたら?

なんて余計なお世話なことを考えていたら、ついぽろりと考えが口から溢れ落ちてしまった。


「本当に雪野さんがお好きなんですね」

「好き……?」


驚いたようにこちらを見た彼に、こんなに分かりやすいのに無自覚なの? とこっちが驚く。


「好きは好きだけど、何て言うか、妹みたいって言うか……とにかく大事で守らないといけないって思ってる」


あれ? そういう気持ちなんですか。

まあ、部下1のこの想いって、きっとミリファに向けたものだろうから分からないでもないけど。


「だからって山田さんを傷付けていい訳じゃなかった。しかも、……あんたは無実だった。本当に悪いと思ってる。何なら殴ってくれてもいいです」


じっと私を見つめる部下1は今にも頬を差し出しそうな勢いだ。


じゃあ、お言葉に甘えて殴ってみようかな。と、思ったのは一瞬だけです。

手が痛くなりそうだし、何よりファンクラブが怖い。


部下1がどんなにおバカさんでも、仕事は普通以上のレベルでこなすし、顔は甘めなタラシ風美形。モテない訳がないんです。


あの部署の3人はすべてにおいてハイスペックなもんだから、会社内で絶大な人気を誇っている。それぞれにファンクラブがあり、私は小さな嫌がらせを受けていたりもするのだ。


とは言っても、コソコソ悪口を言われたり、挨拶を返してもらえなかったり、と小学生レベルのものなので大して困っていた訳じゃない。

だから、余計に今回のことは驚いた。まさかいきなりこんなにレベルアップした嫌がらせに発展するとは。後ちょっとの我慢なんだから大事にしなくてもいいだろうに。


「殴るのは色々と後が大変なので止めておきます。それよりも私が無実って、犯人が誰か分かったんですか?」

「うん、成田がちゃんと証拠を掴んだから間違いない。犯人は成田のストーカーじゃなくて雪のストーカーだったんだ」

「雪野さんの?」

「そう。前々から雪を変な目で見ているのは知ってたけど、そいつが最近雪が元気ないのは山田さんのせいだって勝手に思ったみたいで、あんたがいなくなればって考えたらしいんだ。影響力の強い成田の物をこそこそ盗んで、疑惑が膨らんだところであんたに罪を着せようとしたらしい」


やるじゃないの、ストーカー。

雪野さんの不機嫌の理由を的確に捉えるなんて、素晴らしい観察眼だと言いたい。しかも、私を追い出す為の方法も中々に有効な手段だと思う。

その能力をこんなことじゃなく仕事に活かせばいいのに。勿体ない。


「まんまとそいつの思う通りに動いて自分が情けない」


ようやく気付いたか。

そう言いそうになったのをグッと堪えて、私は隣で落ち込む部下1に目を向けた。


ベンチでどんよりとした空気を纏う美形。両手にはパンパンに膨れたコンビニのビニール袋を持ち、髪やスーツの膝部分は土で汚れていたりする。


人一倍身形を気にする今屋さんがここまで落ち込むとは。


「もういいですよ。きちんと謝ってくれましたし、疑惑が晴れたならもうそれでいいです。一緒に仕事をさせてもらうのも後少しなんですから、お互い気持ち良く働きましょう」


私の言葉にゆっくりとこちらを向いた彼の目は、何だか少し潤んで見えた。


え、泣いたんですか? 今なら見なかったことにするからあっちを向いて下さいよ。で、さっさと目を乾かして。


こんな場所でこんな美形に泣かれて困るのは私だ。内心一人で焦りまくっていると、その瞳が今度は熱っぽく煌めきだした。


「……あんな風に言ってしまったのは、本当は雪のことだけが理由じゃない。本当は、あんたがちょっと怖かったんだ。オレは何があっても雪が最優先のはずなのに、何でかあんたが気になって……そんな自分が信じられなくて嫌だった。あんたが早くいなくなればまた前みたいに戻れる、何も余計なことを考えずに雪の傍にいられるのに、って考えたオレが確かにいた。成田の言う通り、オレは感情に左右され過ぎる。だから、オレは自分に嘘は吐くべきじゃないって分かった」


えーっと、何だろう、この雰囲気は。

このおバカさん、何かとんでもないことを言い出しそうな気がしてならない。


「今屋さん、あの昼の時間が……」

「雪だけ、って決め付けるからダメなんだよな。雪も、あんたも、気になるなら二人とも守ればいいだけの話だ。これからはちゃんと山田さんのことも守ってみせる。この先何があっても、もうあんたのことを絶対疑わないって約束するから」


……私、そんなに疑われてばかりの人生はゴメンです。


こんなことが何回もあってたまるもんか。大体にして部下1の思考回路はドラマティック過ぎる。


「あの、お気持ちは嬉しいんですけど、自分のことは自分でできますので。それよりそろそろ戻らないと遅れてしまいますよ」


涙を飲んで半分近く残ったままの弁当に蓋をすると、何とも鮮やかな手付きでそれを奪われた。


「山田さんに許してもらうまで帰って来なくていいって言われてるから大丈夫だよ。これ、食べないなら貰うね。山田さんはデザートでもどうぞ」


膝の上に代わりに乗せられたのはビニール袋2つ。やっぱりというか何と言うか、これだけの量の菓子をどうしろって言うんだ。


「プリンと交換してくれたから甘い物好きなんだろうと思って。足りなかったら言ってね、すぐ買ってくるから」


何事にも限度ってものがあると思うんです。

もう長いこと部下1の上司をやってるんだから、元王子もそこんとこちゃんと教育してもらえませんかね?



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