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6

朝いつも通りに出社して机を開けると、引き出しに見覚えのないペンが入っていた。

会社で使うような安っぽいものじゃない。明らかに高価そうな雰囲気を放つそれを手に取ってみると、ネームが入れられていることに気付いた。


これって……嫌な予感がした時、背後から「あ!」と驚きの声が上がる。

振り向くと、そこには大きな目を更に見開き口に手を当ててこちらを見つめる雪野さんがいた。


「山田さん、……それ、どうしたんですか?」

「机の中に入っていました」


とりあえず事実を伝えるけど、これは信じてもらえないだろうなと内心溜息を吐く。


「そ、うですよね……」


困ったように俯いて立ち尽くす雪野さんに男性陣が気付かない訳がない。


「雪、どうしたの?」


一番に声を掛けたのはやっぱり部下1だった。


「今屋くん……」

「何かあった?」


こちらに歩み寄ってきた部下1は雪野さんに心配そうな視線を送った後、私をまっすぐ見下ろしてくる。


「彼女に何したの?」

「違うの! 山田さんは何もしてないよ。ただ、ペンが……」

「ペン?」


雪野さんの言葉に私が持つペンを見た彼はすっと目を細める。


「あんたか? 成田のストーカーは」

「違います」

「じゃあ、それは何だ? そのペンは特注で、この前成田が無くなったって探してた奴だ。他にも最近物が無くなることが多いって言ってたし。犯人はあんたなんだろ?」


思わず大きな溜息を吐いてしまったのは仕方ないでしょう?

別に信じてほしい訳でも信じてもらえるとも思ってないけど、ここまで決め付けられては何も言う気がおきない。


「……今屋、まだ山田さんと決まった訳じゃないだろ」


席に座ったまま静観していた仲井さんが意外にも庇ってくれた。成田さん苦手オーラを隠さなかった甲斐があったかもしれない。


「じゃあ、何でこのペンを持ってんだよ。それに成田の件はこいつが来てから始まってるんだ」


逆に君に聞きたい。私はそんなに愚かに見えますか? って。

本当に私がやるのなら、こんなにすぐにバレるようにやる訳がない。そんなことも考えられないほど彼の持ち物が欲しかったんだろうって言うのなら、そんなに成田さんに惚れてる要素が私のどこにあったか聞いてみたい。


さあ、どうしようか。そう思った時に、この場を収拾できるだろう唯一の人物がご登場しました。


「山田さん、どうしたんですか?」


珍しく遅めに出社した成田さんが不思議そうな顔でこちらを見てくる。

座ったままの私を囲うようにして立つ雪野さんと今屋さん。成田さんが最初に私の名前を呼んだ瞬間、俯く雪野さんの顔が強張ったのが分かった。


君は私の心配じゃなく、雪野さんの心配をしてればいいのに。そうしたら多分こんな問題も減るんですよ。


「成田、こいつが……!」

「こいつって誰のことを言ってるんだ?」


今屋さんが話し終える前に厳しい声で問い掛ける。普段あまり見せることのない冷たい表情に私は思わず息を飲んだ。もちろん部下1もそれ以上言葉が続かないようだった。


「山田さん、何があったか教えてもらえますか?」


なぜ私に聞くんだろう? 話を聞きたいなら他に三人も、部下1を外したとしても二人もいるのに。


「……このペン、成田さんの物ですか?」

「どうしてそれを?」


ペンを差し出して尋ねると、成田さんは大して驚くことなくそれを受け取った。私に疑いの目を向けるかと思えばそんなこともなくて、ただ事情を聞いているという感じだ。


「なぜか私の引き出しに入っていました。記憶はないですけど、間違って私が引き出しに入れたのかもしれません。すみません」

「そんな、白々しいにも程が……!」

「今屋、少し黙って」


ぴしゃりと言われて部下1は悔しそうに口を噤む。

結構緊迫した場面のはずなのに、部下1は今でも元王子には逆らえないんだな、なんて思ってしまった。


「何で言い訳しないんですか?」


想像していなかったことを聞かれて、密かに驚きながら成田さんを見上げる。こんな時でも呆れるくらいに綺麗な顔だった。


「信じてもらえないんじゃ言うだけ無駄ですから」

「山田さんが違うと言うならオレは信じますよ。短い期間でも山田さんがそんなことをするような人じゃないって理解してるつもりですから」


私を見つめるその瞳に嘘はない気がした。そして、彼の言葉は私の中のミリファを想像以上に喜ばせたようだった。何だか胸の奥がピンク色に染まった気がしてむず痒い。


いやいや、甘いんじゃないのお嬢さん。あんな裏切りにあっておいて、ちょっと信頼を示されたからって。

そう思うのに、実際私自身も嬉しかったんだと思う。私の働きを認めてくれた、ということに素直に喜びを感じた。


湧き上がる想いに頬が緩む。自分の唇が自然と弧を描くのを止めることができなかった。


「……ありがとうございます」

「っ、いえ、別に」


お礼を言ったのになぜか目を逸らされてしまった。少し慌てたように私から視線を外した成田さんは、そのまま今屋さんに目を向ける。


「今屋、感情で動くんじゃなくて状況をしっかり見て判断しろ。じゃないと、また後悔することになる」


その言葉にハッとしたように表情を変えた部下1は、何も言わずに部屋から出て行った。


「わ、私、今屋くんの様子を見てくるね!」


そう言えばずっと黙ったまま大人しかった雪野さんも、部下1を追うように部屋を駆け出していく。

不利と悟って出て行ったのか。でも、部下1を追ったりしたら成田さんに勘違いされる心配もあるだろうに。


そんな要らない心配をしてあげていると、何やら元王子と部下2が小さな声で打合せを始めた。


カメラ、録画、犯人、などなど、漏れ聞こえてきたのは何とも物騒な言葉だった。

もしかして、この部屋に防犯カメラ仕掛けていたりするんですかね。まさか、ね……

はい、私は何も聞いてませんし、聞こえませんよ。



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