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昔食堂をやっていた影響があるかどうかは知らないが、私はこう見えて料理好きだ。

なので、昼は必ずお弁当。あの会社で食べたくないっていうのもあり、会社近くの公園でのんびり自分の作った弁当を食べる。これが良いストレス解消だったのに。


「あれ? 山田さん、こんなとこで食べてたんだ」


背後から聞こえてきた声に思わずびくりと反応してしまう。

振り向きたくない、切実に。だけど、私の葛藤なんてまったく無視で、今屋さんはあっさりといつもの笑顔で私の前に現れた。


「いつもいないから何処に行ってるんだろうって思ってたんだ」


それはいいけど、なぜ隣に座る。腕が触れ合いそうな距離に慌てて座り直して離れた。


「ねぇ、それってもしかして手作り?」

「そうですけど……」


弁当を覗き込まれて仕方なく頷くと、少し垂れ目がちの甘い瞳がキラキラと輝いた。


「めちゃくちゃ美味そう! 山田さんって料理上手なんだー」

「そんなことないです。簡単なものばかりですし」

「そうなの? いや、でも絶対美味いと思う。見ただけで分かる!」


そんな涎を流さんばかりの勢いで見つめられたら、一口どうですか? と聞かなきゃいけない雰囲気になるじゃないか。いや、もちろん言いませんけどね。


鬱陶しいくらいの熱視線に晒されながらも気にせずに弁当を食べていたら、隣からごくりと唾を飲む音が聞こえてきた。


「山田さん、一口下さい!」

「無理です」

「ええっ!? 何で?」


何でって聞き返す君に何で? と聞きたい。


「私の昼ご飯が減りますから」

「あ、じゃあ、これと交換して」


差し出されたのはコンビニのビニール袋。中を見てみると、新発売のプリンが入っていた。


弁当一口とプリン、悪い取引ではないけど。

私の心の揺らぎに気付いたのか、今屋さんは頭を下げながら私に向かって両手を合わせる。


「山田さんっ、お願いします!!」


弁当一口の為にそこまでするのか。ある意味尊敬するよ、部下1。


「……分かりました、一口どうぞ」

「っ、ありがとう!」


本当に嬉しそうに私から弁当を受け取って、今屋さんは迷いに迷ったあげくに残り一つの唐揚げを口の中へ放り込んだ。


「……うわっ、美味ーい! スゲー、今まででナンバー1かも!」


あまりの喜びようにこっちの方が驚いてしまう。


「山田さん、めちゃくちゃ美味いです。あの、もう一口ダメですか!?」

「はあ、まあよかったらどうぞ」

「やったー! 山田さん、太っ腹」


それは女性への誉め言葉ではないと思うけど、こんなに喜んでもらえるならなんかもういいかと思えてくる。


「オレ、実は味にうるさいんだ。昔ずっと通ってた食堂があって、最初は仕方なく通ってたってのが本当だけど、結局はそこの味にヤラれちゃって。で、山田さんの料理の味はその食堂の味になんか似てる。またこの味に出会えるなんて感動だなー」

「そんなに好きならまたその食堂に行ったらどうですか?」


私の弁当に興味持つ暇があったら本物のところへ行ってくださいよ。何なら愛しの雪野さんに再現してもらえばいいじゃないですか。


思ったままを言えば、今屋さんは目に見えて元気を無くす。私に弁当を「ありがとう」と小さく呟いて返すと、分かりやすく項垂れて落ち込んでいた。


「もう、食べれないんだ。オレらが失敗したせいで二度と食べれない。自信満々で守る気でいたのに怪我まで負わせて、それでもあの時のオレはまだ大丈夫だと思ってたんだ。バカだよなー、本当」


懺悔が始まりました。

これで分かったのは部下1は頭があまり良くないってことか。感情に左右されやすいタイプなんだろう。


だってこれ、私が前世の関係者じゃなかったら、その歳でどんな暗い過去背負ってるんだとか、一体今までどんな生活してたんだとか、疑問噴出しまくりですよ?


でもまあ、つまり部下1は私の食堂にこっそり来ていたってことか。で、あの何とか令嬢が罠にかかるのを待っていた。そのついでに私の警護をしていたということだろう。


それにしても、部下1にとって、いやもしかしたら成田さんや部下2にとっても、前世の出来事はまだ過去のことじゃないのかもしれない。


彼の懺悔を聞いて私はふと思った。

あの時、もしも彼らがきちんとミリファを守ってくれていたら、ミリファは全部を知った後どうしたんだろうか?


「あの、山田さん? 弁当食べないの? なら、オレにくれない?」

「食べます」


人が君のせいでちょっとセンチメンタルな気分になっていたっていうのに。


一気に現実に戻されると同時に、公園の時計がふと目に入る。

昼休みが終わるじゃないか。大変、と急いで食べ始めた私を見て、「残念」と呟いた今屋さんはベンチから立ち上がった。


「じゃあ、先に帰ってるねー。山田さん、ご馳走様。今度また食べさせてね」


無理です。そう答える暇なく、部下1はいつもの顔に戻って帰っていった。



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