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「え、アズサさん、ここってもしかして……」


何やら有名な洋菓子店で予約済みだったケーキを購入して、なんか普通の個人宅へやってきたと思ったら、その表札に思いきり目を疑う。


「田中誠二様宅よ」

「て、田中課長のお宅じゃないですかーっ!」


何で、田中課長の家を知っているんですか!?

あまりの驚きに所謂普通の一戸建てのお宅をぽかんと見上げている間に、アズサさんは躊躇うことなくインターホンを押してしまう。


「はいはい」


予め来るのが分かっていたのだろう。いつもの穏やかな笑顔で課長が出てきた。


「あの、課長……」

「いらっしゃい、山田さん。そちらは雪野さん、でしたか。狭い所ですが、中へどうぞ」


え、いいの? いいんでしょうか?

迷う間にアズサさんは「お邪魔しますー」と入っていってしまったので、とにかく後に続くことにしました。


「素敵なお菓子をいただきましてありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」


課長の奥様がお茶を入れてくださり、持って来たケーキまで出していただいた。

これぞ田中課長の奥様、と言ったマイナスイオン出しまくりの優しそうな奥様で、もうほんわかしてしまう。もう、ずっとここにいたいです、私。


「山田さん、何だか大変みたいだね。大丈夫かい?」

「課長……」


いつもと同じお茶を飲みながらのふんわり笑顔。あ、何だか涙腺が……


「そちらの会社は大丈夫ですか?」

「ああ、ウチの心配は要りませんよ。藤堂と関連があると言っても、子会社も子会社、知らぬ存ぜぬで通せますから」


アズサさんの質問に何でもない事のように課長が答えているけど、え、もしかして、私の事で会社に何か迷惑掛けているの?


「課長、すみません、私何も知らずに……!」

「山田さんが謝る必要はないよ。いやいや、週刊誌とかの人たちって言うのは凄いね。初めての体験に久々ドキドキしてしまったよ」


楽しそうに微笑む課長が可愛い。じゃなくて、そっか、そうだよね。ああいう人たちが会社を見逃す訳ない。

そんなこと全然気付かずにいたなんて。


「本当に申し訳ありません。もし、会社にこれ以上迷惑掛けるようなら……」

「辞める必要はないからね。山田さんに辞められた方が困ってしまうよ。それに、謝罪も対策プランも藤堂さんに沢山もらっているから」

「成田くんがミリーが困ることに手を回してない訳がないのよ」


何でアズサさんがそんな自慢気なんですかね? 1人でサクサクケーキ食べているし。


「そうそう。山田さんは凄い人に好かれているんだねぇ。ウチの社長はまあ分かるけど、とは言っても社長も慌て過ぎて大変だったんだけどね。なんと私にも挨拶してくださったんだよ。山田さんが尊敬されている上司の方と聞いてます、って。照れちゃったよ」


あ、課長の照れ顔いただきました。


「君が何も気にすることなく、いつもの生活が出来るように、どうかよろしくお願いします、と言われたよ。凄いだけじゃなく、素敵な人じゃないかい。彼みたいな人と一緒にいることは大変だろうけど、山田さんなら大丈夫だと私は思う。私で良ければ、いつでも相談に乗るからね」

「課長……」


涙腺がヤバいです。歳を取ると緩くなるもんなんですよ。

隣からサッとオシャレなハンカチが差し出されたので、受け取って潤んだ目を拭かせてもらう。


「田中さんの株ばかりが上がってしまったけど、成田くんの必死さも評価してもらいたいところだわ」


アズサさんの言葉に課長がうんうんと頷く。


「山田さんの素晴らしさに気付くとは、藤堂グループはこれからも安泰だね」


何だか知らないけど、課長の評価がおかしい。でも、嬉しい。

色んな人に迷惑を掛けてて、そして、知らない間に助けられている。

本当に感謝しなくてはいけない。警護してくれている人たちにも、課長にも会社のみんなにも、気付かせてくれたアズサさんにも。


そして、元凶だけど、私の為に誰よりも頑張ってくれている成田さんにも……



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