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ベッドの隣に敷いたお客様様の布団に、美しくも可愛らしい素っぴん美女が包まっている。
「寝づらくないですか?」
「何だか新鮮で良い感じよ」
にこにこと楽しそうなので、きっとその言葉に嘘はないんだろう。
成田さんのお見送りをした後、当然のようにお泊まりセットをテーブルに並べ始めたアズサさんを見た時は本当に驚いた。
まさか泊まっていくとは夢にも思っていなかったんです。だって、あのアズサさん、もとい雪野さんがウチに泊まるなんて。
まあ、お風呂前、お風呂後、寝る前、とその女子力の高さは大変勉強になりましたけどね。
「ねぇ、ミリー」
何とかクリームやら、何とかローションやら、覚えられないカタカナ名を何とか記憶の奥底から捻り出そうとしていたら、布団の中のアズサさんが話し掛けてきた。
「あの時、私がバカなことやらかさなくて、もしミリファが生きていたとしたら、王子様と上手くいったと思う?」
……そんな風には考えたことはなかったな。
電気を消す許可を得て消しながら、私は今更ながらにその事に気付く。
上手くいったか、なんて、そんな未来を思い描いたことはない。
どうだろうか? 改めて、そのもしもを考えてみる。
上手くいっただろうか? もちろん妃になれたとしても側室みたいな、第二、第三の妻だっただろう。ただの食堂の娘が好きという気持ちだけで、後宮みたいな魔窟でやっていけるんだろうか?
どれだけ考えてみても、「無理だろう」その結論に辿り着く。幸せな未来なんて、もしもの中でも描けない。やっぱり生きる世界が違う者同士では苦労するだけだと思ってしまう。
「……無理だったと思います」
もう寝てしまったかも、その可能性を考えて小さな声で暗闇に呟く。
「そうね。私もそう思う」
随分と時間が経った後に返事をしたのに、どうやらアズサさんは待ってくれていたらしい。
「愛があれば身分差なんて。そんなこと言えるのは少女漫画の世界だけよ。でもね、一般的な意見や側から見た他人の想像じゃなくて、もしそんな未来があったなら、ミリファは幸せになれたのかな、と思っただけ。おやすみ」
あっさりと「おやすみ」を告げて、寝に入ったアズサさんに私は何も言えなかった。
幸せになれたのか、なんて、そんなこと誰にもきっと分からない。もしもの世界が本当にあったとしても、幸せだったのか、それとも不幸せだったのかなんて分からないのだ。
だって、そんなの……
暗闇の中でぐるぐると考えているうちに、私はいつのまにか眠ってしまっていたのだった。
ハッと目が覚めて時計を確認すると、ほぼいつもと同じ起床時間。ベッドから下を覗き込めば、アズサさんが可愛い顔してすやすやと眠っていた。
起こさないように、そっと朝の準備に取り掛かる。朝食が出来上がる頃、アズサさんは大きく伸びをして「おはよう」と笑い掛けてくれた。
「おはようございます。朝の準備が終わったらご飯にしませんか?」
「あー、今ミリーを嫁にしたい男の気持ちが分かった気がする」
意味不明なことを叫びながら洗面台へ向かうアズサさんが、ドアを開けながらくるりと振り向いた。
「あ、そうそう。今日は一緒に出掛けるからそのつもりでね」
朝一番に見るには眩し過ぎる笑顔だった。
……うん、今日は一日潰れることを覚悟しておこう。
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朝ご飯を食べた後、急かされるように出掛ける準備を終えて家を出る。さくさくと歩いていくアズサさんの背中に、「どこに行くんですか?」と問い掛けた。
「まずはすぐそこよ」
振り向きもせずにもらえた返事は何とも曖昧なもので、詳細を聞くのを諦める。まあ、いいか、とエントランスを出て道路に足を踏み出したところで、「はい、到着」というアズサさんの声が聞こえてきた。
「……え?」
到着? 聞き間違いかと思って顔を上げれば、アズサさんの前に若い男性が1人立っていた。
「お仕事、お疲れ様です。早速ですけど、あなたの上司にお会いしたいんですけど」
アズサさんに話し掛けられたその男性は、顔を赤くしてあたふたしている。
猫被りなアズサさんの清楚可愛さは凄いから仕方ないよね、青年。
「……じゃなくて、アズサさん。一体どういうことですか?」
やっと振り向いてくれた彼女はやっぱり完璧に可愛い。ふふふ、と笑って、人差し指をピンと立てて見せた。
「女は愛されて強くなるの、大作戦よ」
どうしよう、意味がまったく分かりません。




