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「わー! 美味しい。さすが、ミリーの手料理」
なぜか突然やって来たアズサさんは、ちゃっかり成田さんの隣に座り夕飯を食べている。
「雪野、で、ここに来た理由は何だ?」
「もう、成田くんってそんな顔してせっかちだよね。良い顔も基本ミリーにしか見せないし、本当厄介な男に好かれたもんだよ」
ね? って、私に同意を求めないでもらえますか? 成田さんの目が怖くて仕方ないんですけど。
曖昧に笑顔で誤魔化すと、美人なのにニヤリとしか形容しようがない笑みを返された。
「雪野……」
「もう、そんな怖い顔しないでよ。そりゃ、二人きりを邪魔したのは悪かったけど、私が来なかったら成田くん言い出せないまま帰るんじゃないかと思ったの」
「言い出せない、って?」
気になったアズサさんの言葉を繰り返せば、成田さんが慌てたように「雪野!」と呼んで言葉を遮る。
「成田くんがミリーを会社には呼んだのは、もちろん無事を確認したかったのもあるけど、あることをお願いしたかったからなんだよ」
それに負けることなく、一気に話したアズサさんはお茶をこくりと飲んだ。
「ほら、ここまで言ったんだから、後はちゃんと話しなさいよ」
成田くんに向かって顎で指示する彼女を見て、人って変われば変わるもんだな、と何だか感慨深い気持ちになる。
でもまあ、私は今のアズサさんの方がもちろん好きですけどね。私の名前を伸ばして呼ぶのだけは止めてほしいけど……
「……ミリ」
そんなことを考えていたら、覚悟を決めました風な顔をした成田さんに名前を呼ばれる。
「はい」
向き直って返事をすれば、一息吐き出した後、彼は私を真っ直ぐ見つめて話し出した。
「来週末、藤堂グループ本社の創立記念のパーティーがあります。もちろんオレもグループの一員として参加しますが、パーティーには女性と一緒に出席するように決められているんです。……無理は承知の上です。ミリ、一緒に出席してもらえませんか?」
一瞬言われた意味が分からないくらい、思ってもみなかったことを言われた。
パーティー? エスコート?
あまりにも別世界の話過ぎて、断り文句がすぐに出てこない。
「ミリー、私も藤堂グループの世界なんて分からないけど、ミリー至上主義の成田くんが無理は承知でお願いしてる、ってことを理解してあげてね。成田くんがエスコートする女性はもちろんそういう意味で見られると思う。でも、次期トップのマナーとして女性連れじゃないとダメな訳よ。つまりは、藤堂側が用意した女性がいるはず。そこら辺も考えて決めたらいいわ」
藤堂側で用意した女性……アズサさんの言葉に胸がドキッと飛び跳ねた。
そりゃ、いるだろう。普通に考えれば、この人は想像を超えるような大きな会社の御曹司なんだから。
血迷っていた、そう思うなら断ればいいのだ。そうすれば、彼は彼に似合いのお嬢様をエスコートして、みんなからも祝福されて、私も平穏な生活に戻れる。
「……ミリ、まだあなたの心がオレに向いてないのは分かってます。だから、無理を承知の上なんです。恋人でもない相手の為に、大変な役目をお願いするのは申し訳ないと思っています。でも、ミリ以外をエスコートしたくない。これはオレの我儘なんで、遠慮なく断ってくれて構いませんよ。だからと言って、オレの気持ちは何も変わりませんし。他の女性をエスコートすることもありませんので」
私の躊躇いを見抜いているんだろう。断っても、この関係性は何も変わらないと言ってくれている。それは、つまり、成田さんは私がこの関係を維持したいと思っているということで……
「成田くん、タイムリミットはいつまで?」
黙り込んだ私の代わりにアズサさんが聞いてくれる。
「後3日、かな」
「了解。受けるにしても断るにしても、ちゃんと納得して決めないと意味ないからね。後は私に任せてみない? 女子には女子にしか分からない事情があるのよ。結果は保証しないけど、ミリーが納得できるようにはするから」
なんか勝手に話が進んでる。でも、今のぐちゃぐちゃの気持ちじゃ何も決められないのは確かだ。
思わず成田さんを見つめると、にこりと優しく微笑んでくれた。
「雪野に任せるのは少々癪ですが、ミリが納得できることが一番大事です。どんな結論を出しても、オレがミリを好きなことに何も変わりはありませんから」
「ヨシ、成功報酬はハイスペックな男子との合コンで手を打つからね」
せっかくの王子様的な発言がアズサさんで台無し。成田さんのピクリと動いたこめかみを見て、思わず和んだ。
「ありがとうございます、2人とも。少し考えて、ちゃんと返事をしますから」
「……待ってます」
頷いてくれた王子のお茶を入れかえる為に立ち上がりつつ、いつまでもこのままではいられないことに対する不安が心の奥で渦巻いていた。




