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時間も時間だし、作り置きの冷凍おかずを使って夕飯を作りたいな、と思いまして。手抜きと呼ぶなかれ、これは時短と言うのです。

成田さんの家に向かう前に、ちょっと我が家に寄ってもらえないか、とお願いしたところ、「それならミリの家で作ってもらえませんか?」と王子様スマイルでお願い返しをされてしまった。


「でも、食べた後ゆっくりできないですよ?」

「ミリの家でミリの手料理を食べられるなら、それだけで疲れなんて飛んでいきます。それに、オレの部屋だと1人になった時に余計に寂しくなりそうですから。」


そこまで言われては、断る必要性を感じない。それに、少し帰りの事も心配だったし。

私は何としても1人で帰るつもりだったけど、成田さんがそれを許すとは思えなかったりするのだ。想像の中でも難しいのなら、現実的にはもっと厳しいだろう。

疲れを癒してもらう為に料理の一つでも、と思っているのに、寛ぎの時間にまた家まで送らせるとか本末顛倒過ぎるな、と心密かに悩んでいたところだったこともあり。


という訳で、脳内検証を行った結果、お言葉に甘えて狭い我が家で夕食といきましょう。

お客様用駐車場なんてない我が家ですから、ひとまず先に家の前で降ろしてもらい、彼が近くの駐車場に車を置きに行っている間に料理に取り掛かります。

まあ、作り置き料理ですけど。でも、手料理には違いないはず。ちょっと作ったのが今日じゃないだけですよ。


冷凍の炊き込み御飯は焼おにぎりにしようかな、後は野菜スープと豆腐ハンバーグでも焼こうか。レンジや鍋で手早く解凍しつつ料理に取り掛かっていると、インターホンが鳴ったので急いで鍵を開けに行く。


「はい、お待たせしました。」


ドアを開いて「中へどうぞ。」と手でドアを押さえていたら、なぜか成田さんはその場に固まったままじっとこちらを見つめてきた。


「成田さん?」

「あの、ちょっと抱き締めてもいいですか?」

「ダメです。そんなことより、早くご飯にしましょう。」


ドアから手を離してキッチンに戻る私の後を、施錠の音が聞こえた後パタパタとスリッパの足音が追い掛けてくる。


「じゃあ、おかえりなさい、って言ってもらえませんか?」


その言葉に思わず足が止まった。なるほど、新婚ごっこか。男性にとってはやっぱり憧れるシチュエーションなのか?


くるりと振り返って、何て答えようか少し迷う。言うのは簡単だ、でも何だかそれは違う気もした。だって、ここは私の家であり彼の家ではないから。

そんなに大袈裟に考えることじゃなくて、彼の疲れを癒すという目的の為に料理を作るくらいなら、これくらい軽く言ってやればいいのに。それを出来ない自分に軽い違和感を感じた。

たかが言葉一つ、だけどそれを言えない自分の本音はどこにあるんだろう?


「……ようこそ我が家へ、成田さん。」


せめて歓迎の意を伝えると、端整な顔に一瞬寂しげな笑みが浮かぶ。でも、すぐにそれは消えて代わりに王子の笑みが貼りついた。


「良い匂いがしますね。手料理楽しみです。」

「あまり期待しないで下さいね。本当に普通の家庭料理ですから。」


とりあえずソファーに座ってもらい、テレビ前の我が家唯一のテーブルに出来上がった料理を並べていく。

手伝おうと腰を浮かす彼を押し留めて並べ終えると、申し訳ないけど床上の座布団へと移動してもらった。


「本当大した物じゃないですけど、どうぞ召し上がれ。」


お茶を注いであげながら言うと、端整な横顔がほんのり赤く染まる。

はい、美形の照れ顔いただきました。


「いただきます。」


手を合わせて食べ始めるその姿もどこか品がある。こんな人が私の家でご飯食べているとか、妄想でもしたことないなぁ。


ぼんやり食べている姿を見ていると、不意にこちらを向いた成田さんが嬉しそうに微笑んだ。


「ミリ、すごく美味しいです。」


真っ直ぐな褒め言葉に何だか胸の奥がむず痒くなる。

こんな人だったかな……

ふと昔々の姿と今の彼が重なる。嬉しそうに食べる顔は同じ、「美味しい」と微笑んでくれた顔も同じ。


ぼんやりそんなことを考えていると、不意にインターホンの音が部屋に響いた。


「こんな時間に誰だろう?」


急いで立ち上がりながら受話器を掴むと、何故かすぐ隣に成田さんが立っている。ちょっと驚きながらもとりあえず「はい」と答えれば、耳を寄せてきた彼にドキッとして意識を持っていかれたその瞬間。


「こんばんは! 成田くんもそこにいるんでしょう?」


耳に響いたのは聞き覚えがある声。


「……雪野、何しに来たんだ。」


耳元で呟かれた低い低い声に、思わず体がぶるっと震えたのは仕方ないことだと思いませんか?




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