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極稀に前世の記憶がある人もいるらしい。
都市伝説並、信じるか信じないかはあなた次第の世界ですが、普通に私は前世の記憶を覚えている。というか不意に思い出してしまった。
別に魔王を倒した勇者だった訳でも、激動を生き抜いた悲劇のヒロインだった訳でもない。私が思うに、きっと人生に思い残すことがあった人、その中でもそれが特に強く深い感情だった場合、記憶が魂に刻まれて現世に残るんじゃないかと推測します。
人生30年、私は小さな頃から安全安心を望んで生きていた気がする。チャレンジ精神? そんなものよりも大事なものがたくさんあるでしょう。何事も平凡が一番、小さな幸せが最高。そんなどこか冷めた子供だったと思う。
特にそれに対して疑問に思うこともなく、それが私の性格なんだと思ってきたけれど。
「はじめまして、山田さん。3ヶ月間よろしくお願いします」
綺麗としか形容しようがない笑顔を浮かべた男の顔を見た瞬間、腕と顔、そして胸に痛みを覚えた。それと同時に頭の中にある映像が浮かび上がったのだ。
それは私目線で見る、ある少女の金髪王子との出会い。そして恋をして利用されて死ぬまでの短い一生が数秒のうちに脳裏に流れる。
「……短い期間ですが、よろしくお願いします」
平然を装って頭を下げることができた自分によくやったと言ってやりたい。
この時湧き上がってきた感情は怒りか恐怖か焦りなのか。ただ魂レベルで危機感を感じた私は、絶対に今見た映像を彼らに話してはならないと、それだけは心に深く刻んだ。
私に一番近い位置に立つ代表で挨拶をした男は、サラサラの茶色の髪と優しげな色合いをした瞳の持ち主。その少し後ろに立つ男二人は、一人が緩く波打つ少し長めの髪とやや垂れ目の瞳、もう一人は黒髪短髪、切れ長の瞳の和っぽい雰囲気の持ち主だ。
漏れなく全員種類の違う美形。年齢は私より5歳くらい下かなと思われる。
そして、女性も一人いた。微笑む彼女を見て多分仲良くはなれないだろうと瞬時に判断する。こう、私とは違う人種というか、ふわふわの長い髪を右耳の下辺りで緩く結んだ一見優しげな美人。でも、目は笑っていません。この逆ハーレムの中に私が入るのが気に食わないが、まったく敵じゃないと見なし見下している気がするんですよね。こういう女の勘は結構当たるものだ。
「オレは成田です。で、こっちが今屋で、そっちは仲井、唯一の女性が雪野です」
リーダー格の成田と名乗った男が紹介すると、彼らは一斉に頭を下げた。それに対してまたこちらも礼を返しながら、これからの3ヶ月間を思いこっそり溜息を吐いた。
グループ会社の中でも大手であるこの会社で、新しく立ち上げた部署の事務員が急遽結婚で会社を辞めることになった。その人は長く勤めたベテランの女性だったそうで、大変おめでたいけど会社の期待を背負った部署の事務方がいなくなるのは非常に困る。という訳で、新しい人材が見つかるまで一先ず即戦力の社員を貸してもらえないか?
一応グループ会社とは言っても、うちの会社よりも格上で稼ぎ頭である会社から頼まれたら嫌とは言えない。即戦力と言われては能力に不安がある奴を行かせる訳にもいかない。ということで、こっちでベテランの私に白羽の矢が立ったらしいけど。
一体私は誰を恨めばいいんだろう。失っていたはずの記憶が蘇ったのは、彼らに嫌がらせをしてほしいって言う前世の私のお願いなのか? いやいや、あれだけ平穏を望んだ彼女に限ってそれは……
「山田さんってすごい眼鏡だね。目が悪いの?」
少し現実逃避をしていると、聞いてきたのは少しチャラい感じの今屋さん。
目が悪いから眼鏡を掛けるんでしょう、という言葉を飲み込んで「はい」と頷いておく。なぜか眼鏡に向かって伸びてきた指を避ける為に一歩下がれば、その指を成田さんが払ってくれた。
「今屋、山田さんに許可無く触れるな。これから色々お願いしないといけないんだからな」
「許可があればいいんだ。山田さん、触っていい?」
「無理です」
アホなんだろうか、この子。即答で答えれば「そっかー、残念」とあっさり引き下がる。大して興味もないくせに軽々しく触れようとするなと言いたい。
「もう、山田さんを苛めちゃダメだよ、今屋くん。山田さん、給湯室とかトイレとか案内しますね」
ほぼ完璧な優しい美女。雪野さんて言ったっけ。名前も綺麗。
だけど、やっぱり目が笑ってないんだよね。余程私のことが気に入らないとみた。
「よろしくお願いします」
でも、多分こういうタイプはあまりボロを出さないだろう。性格がバレた時に失うものが多いだろうから。それを思えば、3ヶ月ならなんとかやっていけるかも。この時はそう思っていた。