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やっぱり私は血迷っていたんでしょうね。

お気に入りの喫茶店で一人溜息を吐く。


恐る恐る俯き加減で購入した週刊誌には、『結婚したい男No.1、藤堂グループ次期トップのお相手は歳上の一般女性!』という興味をそそるタイトルが大きく印字されている。


そのお相手とやらは、一応目の部分は黒く塗り潰されてはいるけど、見る人が見たら私だってすぐに分かるだろう。

親から上擦った声で電話を貰ったのはつい昨日のことだ。「美里、あんた、変な事に巻き込まれてるんじゃないの?」って、第一声にホッとしてしまった。でかしただの、玉の輿だの、そんな発想の無い母親に安堵した私は、やっぱり今も昔もただの一般人なんだなぁ、って。


「世の中には似た人が沢山いるのよ」と、親を安心させた私は悪くありません。実際問題、私と成田さんはただのお友達なんですから。

でも、本音ではそのお友達という立ち位置さえ後悔し始めていた。


週刊誌の頁を捲りつつ、また溜息を吐いてしまった時、喫茶店のドアがカランと控え目な音を立てた。誰か新しい客が来たんだろう、特に気にもしていなかった私は、気の滅入る記事でなく別の頁を読み進めた。

カツカツと近付いてくる足音がふと耳に入って、何気無く顔を上げようとしたその時。視界に飛び込んできたのは、私が飲んでいたコップを掴んだ綺麗な指先。理解できない出来事に顔を上げるのが遅れた。


「こんな女に……っ!」


怒りに満ちた声と共に水が頭上から降ってくる。一瞬何がなんだか分からなかった。


「身の程を知りなさい。あなたが宰さんに相応しいとでも思っているの?」


水に歪んだ視界の向こうに映るのは、まるで雑誌の中から抜け出てきたような綺麗な女性だった。


「……さっさと別れなさい。これはあなたの為でもあるのよ。あなたみたいな人が藤堂でやっていけるなんて思わない」


彼女は私を睨みながら、バッグから取り出した何かを投げつける。胸元にぶつかったのは綺麗なハンカチだった。


……本当に意味が分からない。

ハンカチを見つめている間に、女性はいつの間にかいなくなっていた。


「……育ちの良い人は、悪人にはなりきれないものなのか」


水を掛けておいて高級ハンカチをくれるとか。

新しい嫌がらせに思わず独り言を溢したら、「あの……」と躊躇いがちに話し掛けられた。


「良かったら、これ使ってください」


店員さんから差し出されたおしぼりとタオルに、心の奥がほんのり温かくなる。


「ありがとうございます。使わせてもらいますね」

「どうぞ。あの、災難でしたね」


それだけ言って仕事に戻っていく背中にもう一度頭を下げた。

心配りが出来るのに過剰にはなり過ぎない。味だけじゃなくて、そういう所もお気に入りだったんだけど……

ここには暫く来ない方がいいだろうな。辿り着いた結論にまた溜息一つ。どんどん居場所が減っていく。そんな気がして息苦しかった。


手早く身形を整えて店を後にする。早く家に帰ろう、そう思った私の行く先の向こうに一人の男が立っている。


黒いスーツに包まれた筋肉が隠し切れていない大柄の男。すれ違う人が必ず目を逸らすくらいに凶悪なオーラを放つ彼は、もう顔見知りと言って支障無いだろうと思う。


本当は赤の他人だと言いたくて仕方ないんですけどね。だからと言って、家に帰るにはこの道を通るしかない訳で、諦めて足を前へと進める。


「仕事をさせないからそういう目に遭うんだ」

「私は頼んでいませんので」


目の前で立ち止まり、いつものように受け応えをする。無視する方が楽なんでしょうけど、仮にも三十路オーバーの社会人です。そこら辺の小娘と一緒にされても困りますよ。


「怒鳴られるのはオレだ」


そんなの私の知ったこっちゃない。という本音は飲み込んで。


「そのお仕事、最優先事項は何でしたっけ?」


にっこり笑って、おまけに小首も傾げてみせて尋ねれば、元々の強面が更に凶悪なものになる。


「山田美里の意思を尊重すること、と認識しています。私の見えない範囲でお仕事される分にまでどうこう言うつもりはないですけど、それ以外で譲るつもりはありませんので。では、今日もお疲れ様でした」


頭を下げて横を通り過ぎると、舌打ちと共に聞こえてくる言葉。


「可愛気の無い女だな」


何でただの顔見知りにそんなこと言われなきゃいけないのか。

腹は立つけど、ここで言い争ったところで何の得にもならない。可愛気が無いことくらい分かってますとも。そう思うなら、あなたのボスに仕事を取り下げるよう進言してもらいたいくらいだ。


本当に私は血迷っていた。

お友達、なんて無理に決まっていたのに。所詮成田さんは違う世界の人間、私と彼の未来は重ならないのだ。

過去も、今も……



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