腹黒王子にご用心
雪野さん視点の話です。
後半は本編から暫く経った後となります。
なぜ!? なぜ、私がこんな目に……っ!!
前世の私はその言葉ばかりを呟きながら処刑された。
美貌の伯爵令嬢として蝶よ花よと育てられた私は、自分が望めば叶わないことはないと思っていた。
見目麗しく、王としての資質も高く民からの信頼も厚い。完璧なあの人に相応しいのは私しかいませんわ。
心からそう思っていた前世の私にバカでしょう? と言ってやりたい。
あの王子様が欲しいのは分かる。そりゃこれ以上ない物件だもの、自分のものにできる可能性があるなら手を出したいって誰もが思うはず。
だけど、少し調べれば王子の愛は手に入らないって分ったでしょうに。
さっさと割り切って正妻の座を手にしたらよかったのよ。
同じ失敗は二度と繰り返さない。策を巡らすのなら自分の手は汚さないし、引き際はちゃんと見極める。
そうやって私は今の立ち位置を掴んだのだ。
どちらかと言えば可愛い寄りの完全無欠の美女、誰にでも優しくて仕事はできるけど少し抜けている部分もある。
一番好感を抱かれやすい女性になるべく努力をしてきたんだから。
努力した分だけ結果を求めたっていいでしょう? この会社に入って成田くんを見た瞬間そう思ったの。
私は彼が欲しい。だけどまずは下調べが先。昔みたいに自惚れて自爆したくないし。
そうやって少しずつ彼に近付いていく内にふと気付いたのだ。
彼はあの人だ、と。
何で今まで気付かなかったんだろう? だから、こんなに惹かれたのかな?
気付いた瞬間、彼のことはもう止めようかなって思った。だって、縁起悪いし。
だけど、彼や彼の友人たちもまだ私のことには気付いてないみたいで。もしかしたら今世では私を選んでくれたりするかも。そんな思いが脳裏を過った。
一か八か、前世もさりげなく匂わせてみて、手応えを感じていたそんな時のことだった。
ベテランの事務員さんが寿退社をすることになったのは。
そして、一時的にヘルプで来てくれることになったグループ会社の女。
初めて見た時は敵にもならないと思った。どう見たって私の方が可愛いし、歳だって若い。
だけど、それは間違いだとすぐに気付く。だって成田くんの態度が他のコと違う。今屋くんは私を優先してくれるけど、仲井くんも様子見って感じで旗色不明だし。
歓迎会で知った彼女の名前がキーワードになったのか、それからどんどん成田くんは彼女に近付いていった。
もしかして彼女も前世の関係者? まさかあの平民女じゃないでしょうね?
なんて疑いから、嫌々飲みに誘ってかまかけてみたけど、特別怪しい様子もないし。
悔しくて、私のファンという名のストーカーをそれとなくけしかけてみたりもしたけど効果なし。
じゃあ次の手でいくか、と思っていたら成田くんからお誘いがあった。
「単刀直入に言うね」
二人きりの誘いに喜んだのも一瞬だけ。
食事じゃなくて、時間が無いからってお茶になった時点で嫌な予感はしてたのよ。
「山田さんに何かあったら消すよ?」
いつもと変わらない笑顔と優しい声で言われて、意味を理解するまで時間が掛かった。そして理解した瞬間、背筋にぞくりと震えが走る。
「……一体、何の話? 山田さんがどうかしたの?」
「雪野が知らない振りをしようが、言い訳しようが、例え本当に知らないんだとしてもどうでもいいんだ。ただ山田さんに何かあれば、君も無事じゃいられないとだけ覚えといて」
そんな理不尽過ぎる。そう思ってもあまりの迫力に言葉が出て来なかった。
固まる私の前にお札を置いて、成田くんは「じゃあ、お疲れ様」と店を出て行った。
「……何、あれ。あんな危険な奴だった訳?」
成田くんの気配が完全に消えて、やっと言葉を発することができる。
普通のイケメンじゃないとは思ってたけど、あんなの私には手に負えない。
自分の命の危険を実際に感じて、私はやっと彼から手を引くことを決めた。それからは残り数日を穏やかに過ごす為に、彼女への嫌がらせを止めることに全力を注ぐ。
ま、先に何かしらの手を打たれてたっぽいから大した手間じゃなかったけど。それに雪野さんは優しい、と噂が広まったからヨシとするわ。
そして、やっと彼女がここから去る日に落ち込む今屋くんを慰めていたら、彼の口から彼女がやっぱり例の平民女だったと教えられたのだった。
もしかしたら手に入るかも、と思ってしまった浅はかな勘違い。でも、今度は最悪には至らなかったわ。
それに……
「ご愁傷様って言ってあげるわ。生まれ変わってもあんな厄介な男から逃げられないなんて、あんたも大変ね」
「ゆ、雪野さん、大分キャラ変わりましたね……?」
久しぶりに彼女を飲みに誘った。もちろん今度は心から飲みに行きたくて誘ったのよ。
焼酎を飲みながら話す私に、山田さんは笑顔を引き攣らせている。
「あんたの前でぶりっこしてもメリットないでしょ」
「まあ、確かに……」
「一応ちゃんと謝っとこうと思って。バカな前世の私が悪かったわ。でも、あんなお嬢様がタイマンで喧嘩売ったんだからまだ可愛いもんじゃない? まあ素手じゃないし、それは謝るべきだけど、あの後そりゃもう情けない目に遭って処刑されたんだから許してやってよ」
「処刑、されたんですか?」
「そりゃそうよ。直接手を下したのは私じゃないけど、そのキッカケを与えたのは間違いないし。そんな奴をあの腹黒王子が許す訳ないじゃない」
「……腹黒王子」
私の言葉にプッと吹き出す。
ふーん、笑うと結構見られるわね。こういうとこがウケるのかも。参考にしよう。
「許すも許さないも、もう私には関係ないことですから。全部過去のことです」
そんな風に言い切れるのは成田くんの執着、じゃなくて愛のおかげかしら。まあ教えてなんてやらないけどね。
「そう、じゃあ、これからのミリと私の関係をより良いものにする為に男を紹介してよ。成田くん繋がりの超ハイスペックな良い男をね」
「雪野さん、それはちょっと難しいかも……」
「やる前から難しいなんて言ってちゃダメよ。あ、それと雪野さんじゃなくてアズサでいいから」
時間は戻らないから、新しい私で一歩前へ。
今世は腹黒じゃない最上級の男を捕まえてやるんだから。